桐生七海に詰まった、天狼院書店 店主の狂気(※「殺し屋のマーケティング」ネタバレ有)
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記事:村人F(リーディング倶楽部)
天狼院書店で行われているライティング・ゼミを受けてから、もう4ヶ月も経つ。
それまで文章なんてほとんど書いたことがなかったが、あのゼミを受けてからもう10万字以上も書いているのだから、人生わからないものである。
この事実は同時に、天狼院書店の店主である三浦崇典氏が書いた小説「殺し屋のマーケティング」を読んでから3ヶ月経過したことも示す。
小説を紹介するフレーズとしては仰々しいと思われるかもしれない。
しかし、あの本はそれくらいのインパクトがあった。
なぜか。
覚えているからだ。
3ヶ月前に1回読んだだけなのに、ストーリーの細かいところまで思い出せる。
そんなこと、今までなかった。
大体の本は1週間も経てばその8割は記憶から飛び、部分部分しか浮かんでこないのだが、
この小説にいたっては、未だにどの章がどういった内容なのかを説明できるレベルで覚えているのだ。
どうしてそこまで覚えているのか。
理由は2つある。
1つ目は読みやすさだ。
普段の読書スピードはそこまで速くないのだが、本書を読むときは3倍くらいのペースで読み進めていたと記憶している。
それくらい文章にストレスがないのだ。まるでガラガラの高速道路を走っているかのようにスルスルと読み進められる。
それでいて内容も頭に入ってくる。
理解を妨げる難しい語句もない。誰でも理解できるような言葉だけで物語が進んでいく。
それでいて頭に残るキラーフレーズも随所にある。
この異常な読みやすさが、1回読んだだけでも記憶に定着させる一因なのだろう。
2つ目の理由。
イカれているのだ、桐生七海が。
本作の主人公である女子大生経営者、桐生七海の狂気が僕の記憶に物語を定着させた大きな要因となっている。
それを一番感じたのは、帯に記載されたあのシーンである。
桐生七海は世界一の殺し屋を作るにあたり、警備会社の経営をしていた。
その中でクライアントであり、友人でもある美人チェリスト山村詩織が、目の前で殺されるのだ。
彼女は大きなショックを受ける。これまで順調に進んでいた事業が一瞬で崩れたのだから。それも友人から受けた依頼の失敗という形で。
このとき、彼女に師匠である伝説の経営者、西城潤が語りかけるのである。「これはチャンスだ」と。
狂気を感じたのは、西城が語るマーケティング理論を聞く姿勢である。
輝いていたのだ。
彼の理論を聞いているときの彼女は実に生き生きとしていた。
まるで誰も殺されずに最高の演奏を聞いた後のような心持ちで聞いていたのである。
はたして、このような姿勢で話を聞くことができる人間がどれほどだろうか。
目の前で友人が殺された直後である。しかも自分が経営している警備会社に依頼があったにもかかわらずだ。常人だったらそもそも話を聞くことすらできまい。
それを桐生七海は、強い好奇心と共に聞き入っているのである。
この異常なまでの切り替えの速さに強い恐怖を覚えたのだ。
これこそが3ヶ月たった今でもストーリーを鮮明に思い出せる原動力となっている。
なぜあんなブッ飛んだ主人公を描けるのだろう。
その理由は、著者である三浦氏自身がそういうメンタルの持ち主だからかもしれない。
天狼院書店のサービスを見てみると、その異常な速さに驚く。
ライティング・ゼミだけでなく、動画や演劇、写真など、もはや書店がやるとは思えないサービスをものすごいスピードで生み出し続けている。
そして、その中心には三浦氏がいるのだ。
彼の超絶スピードがこの異常なサービスの原動力なのである。
その元にあるのは、桐生七海のような常人離れした切り替えの速さにあるのではないか。
聞くところによると彼自身、多くの倒産の危機に直面したそうである。
しかし、その都度すさまじい大技を展開することで、これらを打破していったという。
この根底にあるのは、桐生七海のメンタリティだと思うのだ。たとえ友人が目の前で殺されたとしても、即座に気持ちを切り替え最善策へ全力疾走する。これこそが彼の最も優れている部分なのだろう。
そう考えると本書は、三浦氏の経営者としての真髄が詰まった1冊だと言える。
本作に登場する桐生七海などの常軌を逸したキャラクターたちが、彼の凄さを物語っているのである。
それゆえこの小説は、登場人物に感情移入して楽しむタイプのものではない。
三浦氏の狂気を詰め込んだキャラクターたちを通して、達人のマーケティングを味わう作品となる。
天狼院書店がここまで大きくなった理由を知りたければ、本書を読むのが一番手っ取り早い。
彼の描く桐生七海の狂気は、「この店主あってこの書店あり」ということをわかりやすく伝えてくれるだろう。
***
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