ヤクザとピアノと鈴木さんとレイコ先生と私
*この記事は、「リーディング・ライティング講座」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:柴沼由美子(リーディング・ライティング講座)
Youtubeの画面を閉じるとき、私は顔いっぱいで笑っていたに違いない。さっきまで見ていた動画はそれほど楽しく、心が明るくなるものだった。
「やっぱり音楽っていいな」
そう呟きながらピアノの前に座る。ピアノをはじめた頃のドキドキ、ワクワクする気持ちを思い出しながら弾いてみる。
音の響きが楽しい。リズムが楽しい。何かと暗く重くなりがちな心に、春の風が吹いたようだ。画面に向かって思い切り拍手してしまった。
「おめでとう、そして音楽をありがとう」
そんな力を与えてくれた動画の中には、スキンヘッドの強面の男性と一台のピアノ。およそピアノとは縁がなさそうなその男性が弾くのは、ABBAの「ダンシング・クイーン」
ピアノの発表会の動画だ。
男性の名は鈴木智彦さん。ヤクザ専門のジャーナリストだ。
「昭和のヤバいヤクザ」
「ヤクザと原発」
等の著書がある。徹底した綿密な取材を重ね、数々の修羅場もくぐってきた、その鈴木さんが、
「ダンシング・クイーンをピアノで弾きたい」
との熱い思い
を抱きピアノに初挑戦した。その顛末が
「ヤクザときどきピアノ」
という本に収められている。冒頭の動画はその本の読者特典として巻末にQRコードが掲載されている。ある意味ラストシーンと言ってもいいかもしれない。
鈴木さんはダンシング・クイーンをピアノで弾きたいと思ってから、ピアノ教室に片っ端から電話をかけた。そして
「ダンシング・クイーンが弾きたいんです」
と初っ端から希望を告げる。
「無理です」
と断られることがほとんどだった。
「無理なの?」
と読みながら私は突っ込む。鈴木さんは52歳でピアノ未経験、だけど無理ってことはなかろう。
「弾けるようにはなるんじゃないの」
私も若い頃からではあるが、大人になってから独学でピアノをはじめた。そのままバンドを組んでライブをやるようになってから30年以上たつ。だから、未経験の大人だからといって、弾きたい曲が弾けるようになるのはそんなに難しいことではないように思った。
鈴木さんが私と同じ思いだったかどうかは知らないが、丸二日電話をかけ続けようやく運命の人に出会う。
「ダンシング・クイーンが弾きたいんです」
「練習すれば、弾けない曲などありません」
そうきっぱりいいきったのはレイコ先生。
鈴木さんの
「ダンシング・クイーンを弾きたい熱」
をまともに受けても崩れずにがっちり受け止める
「練習すれば弾ける熱」
をお嬢様然とした外見に隠し持った、
鈴木さんの情熱と見事に釣り合う、いやそれ以上の音楽講師としての情熱と誇りに溢れたレイコ先生と出会って、鈴木さんはすぐに入会申込書に記入したのだった。
鈴木さんはレイコ先生を
「人を殺したことのあるヤクザ」
が特別なオーラを放っているのと似たものを持っていると感じる。もちろん、レイコ先生が人を殺したわけではない。そうではないが、芸術にかける心意気の凄まじさを言っているのではないかと私は解釈した。
こうして鈴木さんのダンシング・クイーンへの道は、レイコ先生という道案内を得てスタートを切った。
レイコ先生の厳しくて適格なレッスンは、鈴木さんの求めるものとカッチリはまったのだろう。鈴木さんは忙しい日々の中なんとかレッスン時間を捻出し、デジタルピアノを購入するに至る。
一方私はレイコ先生の言葉に目からうろこをポロポロ落とし、
「やっぱりピアノって面白いなあ」
と感動しつつ自分の練習に勤しみ、また鈴木さんの読み込んだピアノや音楽に関する本の多さと、そこから導き出される深い洞察に舌を巻いていた。私鈴木さんよりずっとピアノ歴長いのに、ここまで深く理解できていないと思い深く恥じ入る次第である。実は鈴木さんは取材の多さ深さで有名なジャーナリストらしい。ほっておくと何年もかけて一つことを取材してしまうようだ。思いがけないところでプロの仕事を実感させられた。
鈴木さんは発表会に向けてレッスンを1コマ増やし、私はライブに向けて出勤前にも楽器を触る。
鈴木さんは暴力団の抗争が頻発するとレッスンに行けず、私は在宅勤務の日は浮いた通勤時間を使ってシンセサイザーの音色づくりに励む。
レイコ先生が伝授した本番に向けての練習の仕方も、鈴木さんと同じように私も実践してみた。
本番は私の方が早くやってきた。なんのことはない、練習で忙しく本を読み進められなかっただけなのだが。
直前までアレンジに迷い、当日のリハーサルで
「エンディングこうしたいんだけど」
とバンドメンバーに伝え、ぎりぎり間に合わせた。ベストではないが、ベターな選択だったと思う。
そしてライブ終了後、鈴木さんの発表会のシーンを読み、読者特典の動画を見た。レイコ先生の最初のレッスンで叩き込まれた、椅子の高さを合わせることを忠実に実践している鈴木さんがそこにいた。
派手なグリッサンドから始まるダンシング・クイーン、ところどころ事故に遭いながらも鈴木さんは最後まで弾きとおした。ものすごくかっこいい演奏だった。
私は感動と同時に嫉妬した。今まで弾いてきて、こんなに人を突き動かす音を出したことはなかったと思う。テクニックの違いではない、生き方の違いなのだ。
「弾きたい、もっと弾きたい」
そう強く願った。
発表会は終わったが、鈴木さんはこれからもピアノを続けるという。私も続ける。いつかあのような演奏ができるよう、真摯に楽器と向かいあおうと思う。
鈴木さん、レイコ先生、ありがとうございました。
***
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