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カナダ留学中のわたしが見たものは


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事: 松浦純子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「いい年して留学なんて!」という親の言葉をよそに、バイオリンを背負って私はカナダに旅立った。今から13年も前のことだ。
 
「バイオリン? 音楽留学?」とよく聞かれるがそうではない。
 
バイオリンは中学校の部活の3年間だけ、その後は押し入れで眠っており、また弾くようになったのは社会人になってからというなんちゃって奏者。
 
音楽なら万国共通だから言葉が多少通じなくても楽しめるかもしれないし、カナダでバイオリンのレッスンを受けられたら面白いかな、というだけの理由だった。
 
カナダでの生活にも慣れてきた頃、運よくバイオリンの先生を見つけることができた。
街にある大学の敷地には音楽棟という、音楽専攻の学生のための建物があった。そこは回廊のようなつくりになっており、ロの字型をした廊下の両側に小さな個人練習室がたくさんあり、ピアノを弾く人、歌の練習をする人、そして自分のような楽器のレッスンを受けている人達でいつも埋まっていた。レッスン室は毎回違うので、先生とは廊下で待ち合わせをして落ち合うスタイルだった。
 
レッスンを受け始めて数カ月たったある日のこと。
 
だいぶ早く着いてしまいラウンジでぼんやりと座っていると、立派な顎髭をたくわえたおじいさんがパックに入ったぶどうをつまみながらやってきて、私の楽器ケースを指さしながら「バイオリンのレッスン? 先生は誰?」と尋ねた。誰って、名前言ってわかるの? と思いつつ、「ジュリーです」と答えると、「それは良かった。彼女は素晴らしいバイオリニストだよ。君、ラッキーだね」と何度も深く頷きながら言った。そして「食べる?」と差し出してきたぶどうを一緒に食べ、そのおじいさんが音楽理論を教えている教授であることも知った。
 
待ち合わせの時間になり廊下で待っていると、前方からジュリーがやってきた。声を掛けようとした瞬間、ジュリーはこちらに一瞬視線を向けたが、近くの部屋にすうーっとまるで吸い込まれるように入っていった。あれ? 私のこと気付かなかった? 薄暗いし見えなかったのかな、すぐ出てくるよね、と思いながら待っていると、背後から「ハーイ、お待たせ! 元気だった?」と声がする。振り向くとジュリーがとびきりの笑顔で手を振っているではないか。私は自分の目を疑った。
 
え? ええ~っ? 一体どういうこと?
ジュリーは私の前からやってきて、廊下の右側の部屋に確かに入っていき、出てきていない。それがどうして、後ろからジュリーが現れるのか。
 
別の人と見間違えた? そんなはずはない。あの髪の色、長さ、ウェーブの感じは絶対にジュリーだし、なにより私は視力だけは自信があり、裸眼で1.5あるのだ。
 
部屋に入って窓から出て後ろから来た? 何のために? まさかドッキリ?
 
あの教授のぶどうに何か入っていて幻覚を見たのか?そんな訳ないだろう、マジックマッシュルームじゃあるまいし、と脳内一人ツッコミをした。
 
そうなると最後にたどり着いた答えは、やはり「あれ」しかなかった。
 
教授がジュリーは学年の首席で、人柄も素晴らしいと賞賛していた。
 
才能があってもひけらかすこともなく明るく美人で、正直言えば自分だって今度生まれ変われるならジュリーになりたいよ、と思ったほどだ。同じ大学の学生で音楽の才能の限界を感じ、ジュリーを妬ましく思い乗り移ろうとした人がいたのかもしれない。
 
やはりあれは幽霊だったのだと確信した。
 
さっき起きたことについては何も言わなかった。いや、言えなかった。拙い英語を紡いで事実を伝えることはできただろうが、日本語でだって言葉を慎重に選び、声のトーン、間の取り方など細心の注意を払って伝える内容だ。
 
「あなたの幽霊っぽいものを見かけました」なんて誰が言えるだろうか。
 
あまりの動揺でバイオリンどころではなく、めちゃめちゃだった。
 
ジュリーにも「なんか今日は元気ないみたいだけど、大丈夫?」と言われたが、「昨日宿題やるのに遅くなって、寝不足みたい」とごまかした。
 
誰にも言えず複雑な気持ちを抱えたまま、翌週もレッスンに行った。
 
教授とぶどうを食べたあのラウンジで、ジュリーが誰かと談笑していた。私に気づいたジュリーが「彼女は私のバイオリンの生徒で、日本から英語を学びに来ているの」と紹介し、その人がぱっと振り返って目が合った瞬間、すべての謎が解けた。
 
「あの、もしかして」と言うと「双子なのよ。一卵性だからそっくりでしょ。私がバイオリンで、彼女はギター専攻なの」と二人は同じ顔で笑った。
 
今まで見てきた一卵性双生児の中でダントツに似ている二人だった。
 
あのとき前から歩いてきたのは幽霊ではなく、ジュリーの双子の姉さんだったのだ。
 
先週の廊下での出来事と私の勝手な予測を語り、三人で大爆笑した。
 
彼女たちの双子デュオとしての活躍ぶりをFacebookで見るたび、嬉しく思うと同時に、あのときの自分の激しすぎる妄想力と、想像力と観察力の欠如ぶりに笑ってしまう。
 
教授、ぶどうに何か盛られているかもって疑ってごめん。
 
ジュリーを幽霊にしてごめん。
 
音楽専攻の大学生、勝手に才能の限界を決めてごめん。
 
人は自分が見たいように物を見る、という。同じ人を見ても「爽やかなイケメンだったね」と言う人がいれば「カッコつけて嫌な感じの人」という風に。
 
日常生活でも「今日〇〇さん私に冷たい? 気に障るようなことしたかしら?」と思うことが時々起こるが、普段なら気に留めない相手の自分への態度が気になる時は、自分の心が少し疲れている時だと思っている。そのほとんどが気にしすぎで、よく聞いてみると「昨夜飲み過ぎて、ちょっと気分がすぐれなくて」や「仕事でミスして落ち込んでいた」というその人本人の問題だったりするのだから。
 
限られた留学期間、英語にバイオリンと詰め込みすぎた私は、少し疲れていたのだろう。さすがに双子は想定外だけど、他人の空似や姉妹という前向きな発想はできなかったのはそのせいかもしれない。
 
あの一件以来、自分でどうにもできないことやわからないことは、あまり深く考えずに「気のせいだったかなあ」とわかるまで放置することにしている。良くない方に考えが向いて、心の幽霊が現れそうになったら心の外に逃がし、その代わりに三人で大爆笑したあの日のことをほんの少しだけ思い出して、心に余裕をつくるようにしている。
 
 
 
 
***
 
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2021-02-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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