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「母」を生きる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:柴垣 あゆみ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
私は3人の子供を持つ母だ。長男はもう小学生になった。
 
子供が生まれてすぐ「お母さん」や「ママ」と呼ばれるのは、くすぐったいような、なんだかちょっと照れくさい気がした。
 
初めて子供がママ! と呼んでくれた時には、嬉しくて飛び上がったのを覚えている。
 
しかし、いつの間にかお母さんもママも当たり前の呼び名になって、くすぐったさも、嬉しさも、照れくさい感情も消えていた。
 
気がつけばご近所さんからは「奥さん」や「お母さん」と呼ばれ、スーパーでも「お母さん」と呼ばれる。
 
子供たちは当たり前のように私のことを「ママ」と呼ぶ。
 
友達がいないわけではないが、お互い結婚、妊娠、出産を迎え、少しずつ疎遠になっていた。
 
私の名前を呼ぶ人は、周りにほとんどいなかった。
 
いつから私の名前は「母」になったのだろう。
 
どこへ行っても「母」が私の名前だった。
 
母であることが嫌なわけではない。
 
しかし「私」という存在は、どこへ行ってしまったんだろう。
 
最も身近で、私の名前を呼んでくれてもいいはずの夫が私を呼ぶときは、「ねえ」「おい」「ちょっと」と、誰を呼んでいるのかすら分からない呼び方をする。
 
夫は帰りが遅く、晩御飯やお風呂をすませたら自分の時間。ビールを飲んで、好きなテレビを見たり、ゲームをしながらつまみを口に放り込み、夫婦の会話はほぼない。あっても業務連絡のようなものだけ。その場には私と夫の二人しかいない。もちろん名前を呼ぶ必要はない。
 
「私の名前は誰が呼んでくれるんだろう」
 
そんな思いを抱えたまま、日々の家事・育児をこなす。
 
裕福な家庭ではないから、毎日節約して、なんとか生活できるように切り詰めて生活していた。
 
別に褒めて欲しいわけじゃない。認めて欲しいわけでもない。でも、専業主婦になり世間から切り離され、孤独を感じていたのは事実。
 
私が会話をする人といえば、スーパーのレジのおばちゃん、役所の受付のお姉さん、病院の先生や看護士さん、たまに声をかけてくれる通りすがりのおばあちゃんやおじいちゃん。
 
でも、やっぱり誰一人私を「母」以外の存在として見てはくれない。
 
我が子を「かわいいね」と言ってもらえたり、「頑張ってるねえ」と励ましてもらったりしたこともあった。嬉しかったが。それでも私自身の話をする場面はほとんどなかった。
 
私は世界中から「母」としか認識されていない。
 
「働きに出よう」私はふと思い立った。
 
専業主婦であることが有り難いことなのは重々承知している。子供の成長を逃すことなく全て間近で見られることが幸せだった。しかし、いつも苦しみや虚しさと相席状態だったのも事実。
 
私は「母」ではなく「私」として関わりが持てる世界に飛び出したくなった。
 
思い立ったが吉日。その思いを抱えて、私は役所へ向かう。小さな子供を抱えて。
 
メモや印鑑、筆記用具など必要になりそうなものをかき集めて一、気にカバンに放り込んだ。
 
子供のオムツや着替え、気を紛らわすためのおもちゃなども手当たり次第かき集めてカバンに放り込んだ。大きなカバンを肩に掛け役所にたどり着き、保育園入園について相談した。
 
「入園は難しいですね」
 
この一言に、私は文字通り肩と落とした。ほぼ門前払い同然だった。
 
帰り道、荷物を詰め込んだ大きなカバンは、行きよりもずっと重く感じた。
 
もともと専門職についていたわけでもない。即戦力となるスキルなども持ち合わせていない。仕事が簡単に見つかるわけもない。保育園の入園が決まっていない子供がいる母を、誰が雇うだろうか。保育園に入園できる可能性は限りなくゼロに近い。
 
想像を超える保育園入園の難易度の高さと、役所の人の冷たい対応を思い返しながら、帰宅した私は、子供の遊んでいる音や声をBGMに、ただただぼーっとした。
 
「あぁ、私が私として生きられるのは何年も先になるのか」そう思うと、なんだか虚しさがこみ上げた。なぜ資格を何も持っていないんだろう。なぜ専業主婦になったのだろう。若い頃にもっと備えていれば、こんなに困ることはなかったのに……。
 
そう思いながら日々内職を検索したり、託児所付きの求人を探したり、時にはポスティングもしながら「私」はいつ戻ってくるのだろうか、と考え続けていた。
 
と、これはもう何年も前の話。2年前、私は離婚して3人の子供を連れて家を出た。
 
良くも悪くも保育園への入園が決まった。仕事ができる! むしろ働かなければならない。
 
私は出ている求人に手当たり次第電話をかけて、面接を受けまくったが、落ちる。
 
驚くことに見事に落ちまくる。泣いた。ここまで落ちるか、と悔しくて泣いた。
 
子供が3人いる、と言った時点で明らかに嫌な顔をされることもあった。
 
実家が頼れないことを責められたこともあった。数々の面接を思い返して悔しくて泣いた。
 
でも、泣いてはいられない。私は母として、子供達を食わしていかなくてはならない。
 
「母」としてしか認識されない、と悩んでいたことなどすっかり忘れ、母としてこの先の人生をどうするかばかり考え、とにかく毎日がむしゃらに生きた。
 
もらえる仕事はなんでもやった。
 
隙間時間に在宅でできるアンケートやデータ収集、ライティングもやった。
 
とにかく子供と生きるのが最重要項目だった。
 
そして今。「母」としてしか呼ばれず悩んでいた私は、「母」だけではなく、様々な愛称で呼ばれるようになった。友達が増えたことはもちろん、自分に合う働き方を見つけたからだ。
 
私の名前は「あゆみ」
 
3人の子供がいるシングルマザーだ。〇〇くんのお母さん、と呼ばれること、奥さん、お母さんと呼ばれることも、もう虚しく感じない。むしろ子供の数だけ〇〇くん(ちゃん)のお母さんと呼ばれるのが嬉しいと思えるようになった。
 
そして母としての時間も、私としての時間も区別して確保できるようになった。
 
子供たちは成長し、「ママ」の名前はママではなく、ちゃんと名前があると知っている。
 
時折、甘えた声で私の名前を呼びながら、お菓子食べてもいい?とおねだりしてくる。
 
子供の成長で、私は名前を取り戻した。
 
日々めまぐるしく家事や育児や仕事に追われているが、子供たちと明日も笑って生きるために、私は今日も胸を張って「あゆみという名の母」を生きる。
 
 
 
 
***
 
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