初めての海外旅行で見せつけられた母のパワー
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:石川まみ(ライティング・ゼミ日曜コース)
旅行を自粛しなければならない状況が思いのほか長く続いている。
まだしばらく行けないかもと思うと無性に旅の思い出が懐かしくなる。
旅に出ると一緒に行った人の意外な一面に気づくことが有る。それで絆が深まったり、喧嘩をしてしまったり。
私は母とよく旅行をしたが、その中でも母の意外な一面に気づき超えられないパワーを再認識したダントツに印象深い旅が有る。
27年も前のこと。
妹の結婚が決まったのを機に、母と娘三人、水入らずで旅行に行こうということになった。
私は三人姉妹の長女。次女の妹1と三女の妹2。結婚するのは次女の妹1。
この際だから海外に行ったことの無い母に三姉妹で海外旅行をプレゼントしようと計画をした。
それなのに母は、いざ旅行が近くなってきたら行きたくないと言い出した。
「お母さんはね、国内旅行でよかったのよ。60才を過ぎて初めて海外に行くなんて、やっぱり気が進まない」
「えーっ、なんで?もう来週出発でキャンセルもできないし。お母さんも夏のカナディアンロッキーに行ってみたいって言ったじゃない!」私と妹たちは口をそろえて言った。
「だって、それに……」
「だって、ナニ‼」
「だって……お母さんはさ、カナダの食べ物なんて何も食べられないと思うんだよね。スモークサーモン嫌いだし」
やれやれ……。
それでもなんとか無事出発できて、カナダのホテルで初日の朝を迎えた。
「なにこれ! どうしたの~、こんなに沢山!」
ビュフェ形式の朝食を取りに行き、席に戻ったらびっくりした。妹たち二人も目を丸くしている。
母の座席の前のテーブルには、食べ物が山盛りに積まれてこぼれ落ちそうになっているお皿がいくつも置かれている。パンもデニッシュ、クロワッサンなど全種類。スープ、フルーツ、デザート。そして更にシェフがその場で焼いてくれる卵料理の列に並びオムレツをもらってきた。私たちのテーブルはもうコーヒーの置き場所も無い。
母曰く、「端から順番に料理を取っていったら、こうなった」そうだ。
結局沢山の料理を残すことになり、他のツアー客の目線を感じながら、もったいやら情けないやらで冷や汗をかいたが「どれもみんな美味しい!」と母は、たらふく食べた。
「誰でしたっけ⁈ カナダの食べ物なんて何も食べられないって言った人は~」
顔を見合わせてみんなで笑った。
幸いお天気にも恵まれ大きな窓越しに見える山並みは美しく、湖の水面はキラキラ光っている。清々しく気持ちの良い朝だった。
母は積極的に同じツアーに参加している人たちと話し、すぐに打ち解けた。
特に添乗員さんとは仲良くなった。
「添乗の仕事って大変よね。30歳になったばかりで新婚さんだそうよ」
色々聞き出して芸能レポーターみたいになっていたが、添乗員の女性のテキパキとした働きぶりに感心し、何かと気にかけたり、ねぎらったりしている。
ツアーメンバーは20名程度だったが、ちょっと口うるさいクレーマーっぽい親子(母と娘)が一組だけいて、次の場所への出発時間になっても添乗員さんを捕まえてグズグズ文句を言ったりすることが有った。
みんな困り顔で見守っていたが誰も何も言わない。私たち姉妹も見ているだけだったが母は、何気なく近づき、さりげなく助け舟を出した「あら、もう出発時間をだいぶ過ぎてるんじゃないんですかぁ」
私は「関わり合いにならない方がいいんじゃない」と母に言ったが、あまりにも自然でさらっとした感じの対応だったので少し関心した。
オプショナルツアーのラフティングに参加しよう! ということになったが母は怖いからやめておくと言う。
「急流じゃない方の川だし、幼稚園児も参加するから大丈夫、一緒に行きましょう」
同じツアー人に誘われて、それならばと参加したのだが、いざツアーが始まると乗り合わせた外国人と一緒に「Wow!」と叫んだり、河原にいた立派な角の鹿をみつけて「見て見て! エルク!」言ったりして結局、幼稚園児よりも誰よりもはしゃいで場を盛り上げていた。
母はカギを室内に置いたまま外に出て自動ロックの部屋ドアが開かなくなったり、方向音痴なのでホテル内のショッピングモールなどで何度も迷子になりそうになりながらも、楽しそうに毎日過ごしてくれていたが、旅も終盤にさしかかった時、ちょっとしたハプニング起こった。
滝を見に行くために川沿いの遊歩道を歩いていると、私たち4人のうちで一番前を歩いていた妹2に、遊歩道の手すりの下からいきなり黒い塊が襲い掛かった。「キャー、スズメバチ!」
と叫んだが怖くて近づけない私と妹1を尻目に母はショルダーバックを投げ捨て、妹2に駆け寄り、抱えるようにしてその場から救出した。母は少し膝に痛みを抱えていたが、その動きは俊敏だった。
幸い蜂の大群は、追いかけて来なかったが頭を狙われて、くせ毛にまだ蜂が何匹も絡んでいる。
それを母は迷いもなく素手で掴んでは投げ、掴んでは投げた。
周りに人が集まって来たが、やっぱり誰も近づけない。
母は奇跡的に無傷だった。
添乗員さんに付き添われホテル内の診療所ですぐに診てもらえた妹は、アレルギー症状も出ずに無事帰国できたが、頭を何か所も刺されたので当日は相当な痛みが有って顔半分にしびれが出た。
夕飯を食べながらやっと少しほっとした私は「お母さんすごいね。私は怖くて動けなかったよ。命の危険も有るのに」と言ったら涙が込み上げてきた。
蜂に刺された妹も何か言おうとしたけれど顔面のしびれで唇にも感覚が無くて、食べていたパスタがズルズルと口からこぼれ落ちた
それを見て家族みんなで泣いて笑った。
母は強し。まだまだとても超えられない。
帰国時、アメリカのサンノゼ空港からの乗り継ぎ便は多くのダブルブッキングを出していて、出発時間をだいぶ過ぎても搭乗が開始されずゲートの前に長蛇の列ができていた。
搭乗を取りやめてくれる人を募るアナウンスが繰り返し流れている。
やれやれとため息をついていると、添乗員さんが母のもとにやってきて
「エコノミークラスがいっぱいでこのツアーで4名分がビジネスクラスに振替になりました。ちょうどご家族4名なのでこのお席へどうぞ」とチケットを差し出した。
この状態で抽選している暇もないので他のメンバーに目立たぬようにさっと優先搭乗してくれればいいと言う。
私たちは恐縮しながらも有りがたくチケットを受け取った。
「ちょっと疲れて足がパンパンだったから、本当にラッキーだったわ」と母は足をさすった。
「何かと添乗員さんに気づかいをしていたお母さんが招いた幸運なんじゃない」
そう私が言うと、
「そうそう、お母さんのおかげ」と妹たちもいった。
座席に着くとすぐに紳士的なCAが挨拶にきて、離陸前に飲み物がふるまわれた。
「今回はありがとう。本当に楽しかった。また仕事も頑張れそう」
母にそう言ってもらえてほっとした。
そして最後まで母のパワーを見せつけられる旅だった。
母は昨年88才になった。
米寿のお祝いにと娘三人で久しぶりに計画した温泉旅行も中断したままになっている。
一人暮らしの母は家にこもりがちになって急激に足腰が衰えてしまった。
私は、母がまだなんとか歩ける内に、自由に旅のできる日常が戻ることを待ち望んでいる。
***
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《終わり》