トトロと働いた日々
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:青山二郎(ライティング・ゼミ日曜コース)
「青山さん、来週金曜の企画会議に出すプレゼン資料、どれくらい出来てる?」
「いや、まだ下書きするための材料集めている段階です……」
「あ、じゃあ、いいよ! 俺のほうで粗々つくってみるから、最後の仕上げ頼む」
大学を出て最初に勤めた会社での、私と上司の日常的な会話である。
この上司は、S課長といった。Sさんは、私と10歳ほど離れているので、その当時、まだ30代半ばだったはずだ。今の私の年齢よりはるかに若い……。
にもかかわらず、Sさんは、この時からいつもこんな感じだった。
そして、私が全く手を付けていなかったプレゼン資料は、翌週の月曜にはほぼほぼ出来上がった状態で私にパスされ、「最後の仕上げ頼むよ。ざーっとやっただけだから、誤字とかも直しておいて」と言われる。
言われた私は、誤字のチェックをして、最後に見出しと本文のフォントの統一とか、ほんの些細な修正を加える。
Sさんはそのほんのちょっとの修正の加わったファイルを受け取って一言、
「おお。だいぶ見やすくなった。ありがとう」という。
この話をSさんの前の部署で部下だった私の先輩に話すと、「あ、そうそう。俺も、同じように資料作成を引き上げられてさ。で、『あと、仕上げ頼むね』って戻されるんだけど、最後の『句点』って言うの? あの、丸一つつけるだけなのよ。戻してもらった時点で。そんなことが何度もあったよ」との返事が返ってきた。
さすがに極端な話すぎて冗談だと思うが、その冗談が冗談に聞こえないほど、Sさんの「部下の仕事を仕上げてくれるレベル」は半端なかった。
ある時は、私がいっちょ前にできもしないタスクを小型のホワイトボードに書き込んで自分の机の上に置いていたところ、「青山さん、そのホワイトボード持って、こっち来なよ」と呼ばれて面談した。
面談しているうちに、Sさんは、あれよあれよ、という間に、すべてのタスクの解決策を私に的確に伝授した。その週が終わる頃には、私のホワイトボードは「本当のホワイトボード」になっていた……。
当時、私はSさんのことを、ひそかに「大トトロ」と呼んでいた。
映画「となりのトトロ」で、主人公の姉妹が、大トトロの大きなふかふかのお腹の上に落ちたり、寝っ転がったり、圧倒的な「安心感」に包まれるシーンが出てくる。私も、この姉妹が大トトロに感じるのと同じくらいの圧倒的な安心感をS課長に抱いていた。
そして、「10年経って課長になったら、俺もあんな風に圧倒的な安心感を部下に与えるぞ!」と意気込んでいた。
しかし、私の失敗は、そこからである。
当たり前の話だが、それだけ「デキる」S課長が課長のままでいるわけはない。
また、そんな上司に頼り切っていた私にも年を重ねれば、後輩ができる。
まず、S課長が異例の抜擢という形で、別の部署の部長代理になって異動していった。
そして、私には新卒の後輩を一人、指導するという役割が与えられた。
後ろ盾を失った私には、「整理されない仕事の束」と「有無を言わさぬ締め切り」が一気に押し寄せ、さらに、右も左もわからない後輩の仕事の指導という未知のタスクが加わった。
簡単にいえばパニック。難しくいえば、思考停止である。
何も考えられない。何から手を付けたらいいかわからない。
そのうち、「先輩、この間の定例会議の議事録つくったんですけど、みてもらえますか?」と、後輩に頼まれた議事録チェックもままならないうちに、次の定例会議が来てしまい、上司に「前回の振り返りもできないのに、今日、議論することあるか?」と、二人まとめて叱られたりもした。
「理想の先輩」とは程遠い自分になっていることに気づき、毎日落ち込んだ。
そんな私を救ってくれたのも、やっぱり、大トトロ様だった。
長い残業を終えて会社のロビーに降りたところでS部長代理にばったり会い、私は、自分でも恥ずかしいくらい赤裸々に、いかに今、自分がダメなやつか、を訴えた。
私の話を聞いたSさんは、「わかった。じゃ、まずメシでも食おう」と言ってくれた。思えば、どんなに残業で残っていても、Sさんから飲みや食事に誘われたことはなかった。常に、相手ファーストのSさんの姿勢を改めて教わった気がした。
飲みの席で、Sさんは、私の話をひとしきり聞いたあと、「3つだけ。俺が偉そうにアドバイスするとしたら3つ」と静かに言った。
「まず『目的と方向性』。仕事しているときに一番大事なのは、その2つだけ。
だから、もし、やっている仕事が行き詰まりそうになったり、何をやっていいかわからなくなったりしたら、『そもそもこの仕事の目的ってなんだっけ?』って振り返ってみて。そうすると、その目的を達成するためだけなら『これもいらない。あれもいらない』って作業が出てくる。無駄な作業を削れる分、仕事は早く終われる。そんで、目的を再確認したら、今やっている仕事の『方向性』は正しいか?って考える。目的はハッキリしたけど、やってる仕事がそれに即しているか?って考えると、やってることが必ずしもゴールにまっすぐ向かっていない場合も多い。そしたら、上司に確認して軌道修正すればいいんだ」
「3つ目は、『しくじったら自分が謝って済むレベルの仕事かどうか?』を考えて。もし、そうなら、『最後は自分が頭を下げればいい』と腹をくくっておく。それは、後輩に頼んだ仕事がしくじった時も一緒。後輩のミスは自分のミスと腹をくくっておけば、あまり怖いことないよ。そもそも、入社数年の人間に自分が謝っても済まないような重要案件を任せるのは上司が悪いんだから」と言って、笑った。
私は、そのとき、「肩の荷がおりる」とはまさにこういうことを言うのだ、と思ったことを今でも鮮明に思い出す。
その夜、痛飲した私は、翌日、酒臭い息を吐きながら、後輩にそれまでの自分の至らなさを謝り、上司には、指導役(私)が悪いせいで後輩を叱らせてしまったことを詫びた。詫びながら、心がスッキリした。
あれから20年近くの歳月が過ぎたが、私は今でもSさんと年賀状を交換している。今では別の会社の役員になったSさんの今年の年賀状には、「私も来年で卒業です」とだけ添えられていた。
***
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