思いが大人たちを動かした
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:馬場 さかゑ(ライティング・ゼミ日曜コース)
少年の夢は、ヒーローと一緒に空を飛ぶことだった。
「大好きなヒーローなんだ。とってもとっても大好きなんだ」
そのヒーローは人気のテレビ番組で、颯爽とやってきては怪獣をやっつける子供たちのあこがれだった。
当時、わたしは、自分の力では夢を叶える時間がないかもしれないという病気の子供の夢の実現をお手伝いするボランティアをしていた。
少年は、目の奥にできた悪性腫瘍と闘っていた。
場所が悪く、手術ができない。
圧迫されて視力もどんどん落ちていた。
「どのくらい見えているか、わたしもよくわからないんです」
「以前は歩けていたのが、最近は、ひとりでは歩けなくなりました」
お母さんは、申し込みの時にそう言っていた。
入院している少年に会いに病院へ行った。
「大好きなヒーローなんだ。とってもとっても大好きなんだ」
少年は、大きな袋の中にある何十個もの手のひらサイズの塩ビの怪獣のフィギュアを一つ一つ取り出しては、即座に名前を言う。
「これはね、○○」
「これは、△△」
「すごいねえ。全部覚えているんだ」
少年は、私の方を見て、にっこり笑った。
「重たいのに、どこに行くにも持っていくんですよ」
お母さんも笑った。
別のボランティアがお母さんと話している間、私は少年をおぶって病院の中を散歩した。
「その階段を登るでしょ。上がったところの左側に、ショーケースがあって、絵を飾ってあるでしょ、ぼく、その真ん中の絵が好きなんだ」
「その先を右に行くと、渡り廊下があるよ。ほら、庭の花がきれいでしょ」
少年の案内のままに、病院内を歩いていると、突然彼が耳元で囁くように言った。
「ぼくがぜんぜん目が見えないって知ってた?お母さんにも言ってないのだけど」
「うん、そうじゃないかなって思ってた。怪獣の名前を教えてくれた時、怪獣を見ないで言っていたから」
「大事なものはね。みんな、目が見える時に覚えておいたんだ」
ああ、5歳の少年が、親にも言えないで、ひとりで、見えなくなる目と、命と、闘っている。
絶対にこの夢は叶えてあげたい。
私の話を聞いたボランティアたちは、一斉に活動を開始した。
主治医への説明、ご家族のスケジュール調整、移動手段の確保…。
1番の課題はヒーローだ。
着ぐるみとはいえ、本物に会わせたい。
なんのツテもコネもないのにそのヒーロー番組を作っているプロダクションに手紙を書いた。
思いの丈を綴って、投函した。
すぐに、重役のOさんから折り返しの連絡が来た。
「ぜひ、やりましょう。演出は任せてください。こっちはプロだから」
少年の思いが奇跡を起こし始めていた。
とはいえ、さすがに、空は飛べない。
考えた末、首都圏のテーマパークの大観覧車にヒーローと一緒に乗ってもらうことになった。
協力を仰いだそのテーマパークも、快諾してくれたばかりか、宿泊するホテルも無料で提供してくれるという。
そのうえ、従業員たちが話を聞いて、ホテルの部屋を飾るための千羽鶴をみんなでせっせと折ってくれた。
当日、到着を待ちながら、その思いのこもった千羽鶴を飾った。
手伝ってくれた従業員が笑顔でうれしそうに話してくれた。
「休憩室でみんなで鶴を折っていたらね、社長が通りかかって、
『なにしているんだ』って聞かれたんです。
事情を話したら、社長も一緒になって折ってくれたんですよ。
下手くそだったけど」
さあ、準備万端。
ボランティアさんに連れられて少年の家族が到着した。
飾られたホテルの部屋で一休みすると、パークにやってきた。
いよいよヒーローとのご対面。
「あ、来た!」
少年の兄が叫ぶ。
音楽とともに駆け足でヒーローがやってきた。
ひょいっと、少年を肩に担ぐと、そのまま、観覧車に。
目を凝らして見送る私たち。
プロダクションのO重役が、私の耳元に口を寄せて、興奮気味に語る。
「今日はね、中身もテレビと同じ本物だから」
着ぐるみを着ているのだから、中の役者は、わからない。
でも、Oさんは、本当に嬉しそうにそして誇らしそうに伝えてくれる。
「都合を合わせて、本物が来てくれたんだ」
Oさんの表情もこどものようだった。
ほんの十数分だが、観覧車を降りてきた少年の表情は、全く別人だった。
赤く上気した顔で、見ているこちらにもエネルギーが伝わってくる。
「どうだった?何か話した?」
私は感想を聞きたくて、急いて話しかけた。
でも、少年は、ぎゅっと口を一文字にしたまま、何も話さない。
どうやらヒーローに口止めされたらしい。
テレビでも無言のヒーローだった。
ヒーローとの約束をかたくなに守って、彼はとうとう観覧車の中で起きたことは一言も話さなかった。
しかし、ぽつりとこう言った。
「あー、僕、今日、ヒーローの夢を見ちゃうかもしれない」
少年が心の目で、ずっと、ヒーローを見つめていたことが伝わってくる一言だった。
***
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