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ランドセルの苦い思い出


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:森典子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
私はランドセルが自分の手元に来た日のことを、今でも忘れることはできない。それは幼い自分にとって、嫌な思い出のひとつだからだ。
小学一年生にとって、ランドセルはその後6年間、毎日共に生活する大切なものだ。そのスタートがいい思い出で始まるか、そうでないかは入学時の気持ちを大きく左右する。
 
現在、私は保育園で働いている。毎年ランドセルを買ってもらったことを、年長の子どもがとても嬉しそうに報告に来てくれる。
「ランドセル買ってもらった。色はね、ピンク」自分の気に入ったランドセルを買ってもらった子どもの目は、希望に満ち溢れ、キラキラしている。
「私と大違い。羨ましい」子どもの嬉しそうな言葉を聞くと、少し意地悪な気持ちになる。
そんな私がなぜここでランドセルについて書こうと思ったのかというと、先日、名古屋市市政資料館で開催されている「ランドセル展」に出向いた時、今まで思い描いていた自分の苦い思い出を、180度変える出来事に出会ったからだ。
 
私が小学一年生になったのは、昭和40年代。当時ランドセルは、自分で選ぶものではなく、誰かからプレゼントされるものだった。贈ってくれるのは、祖父母だったり、両親だったりした。私がランドセルをもらった人は、父の会社の社長の奥さんだった。
 
父は岐阜県の県立の商業高校を卒業後、名古屋の繊維関係の会社に入社した。高度成長時代は、会社イコール家族だった。そのため、父の会社では社員の子どもの入学する時には、社長の奥さんが自宅に社員とその家族を呼んで、ランドセルを直接渡すということなっていた。
 
間もなく一年生というある日、父に連れられて社長の家にいった。幼い私でも、「今日はお行儀よくしなくてはいけない」と思わせるくらい、経営者と雇われる側の人間という立場の違いを感じた。広い畳の部屋で緊張して正座をし、リボンのかかった大きな箱を渡され、お礼を言って受け取った。
 
家に帰って、どんなランドセルが出てくるのかドキドキしながらランドセルを出した。しかし、それは私の思い描いていたものではなかった。当時、合皮のランドセルが出てきていて、表面はピカピカ。蓋を閉めるところは、マグネットで「パチン」と音がして閉まるものが最新もモデルだった。私はそんなランドセルが欲しかった。しかし、自分の目の前にあるランドセルは似ても似つかないものだった。高級牛革で表面は皮の素材感満載。蓋を閉じるところは、手動で穴に棒を入れて回すものだった。
 
「やだ、こんなランドセルやだ!」そう言って、母を困らせた。母は一生懸命に、
「これはとても高級なランドセルで、本物の皮のランドセルは高いのよ。せっかく社長さんの奥さんから頂いたのに、そんなこと言うものじゃありません」といったが、そんなことは私にとってどうでもよかった。
「こんなランドセルで学校なんていけない」と泣いた。
 
下校の時、ランドセルを机に置いて背負う前に、私だけランドセルの蓋のところを自分で閉めなくてはいけなかった。友達のランドセルがパチンと磁石で閉まる音を聞くたびに悔しい思いをした。
 
ランドセルにいい思い出のない私が、「ランドセル展」に行こうと思ったのは、今月で定年を迎える館長さんの最後の展示だったからだ。展示室に行くと、1つめの部屋は、ランドセルの歴史について触れていた。2つ目の部屋には、実際にランドセルの素材の皮(合皮・馬皮・牛皮)を持って重さや手触りを感じてもらえるようになっていた。床には牛一頭の皮が広げられた状態で床に広げられ、その周りには、今風のカラフルな色の皮が、飛石のように散りばめられ、小学校1年生くらいの女の子が、飛び石のように並んでいる皮を手に取って触っていた。その横には、嬉しそうに跳ね回る女の子を幸せそうに見守る両親の姿があった。
 
「今度一年生なんですか?」とお母さんらしき女の人に尋ねると、
「いえ、次2年生なんです」と答えてくれた。二人で話している様子に気が付いて、パステルカラーのワンピースの女の子が、私の方を見て、照れくさそうに笑った。
「どんな色のランドセル?」と聞くと、
「赤」と元気よく応えてくれた。お母さんが付け加えるように、
「赤に近いけど、少しピンク色かな?」と言った。並んでいる皮見本の中に、ちょうどそんな色をしたものがあった。
「あの色みたいな?」と私が指を指すとその女の子が、その色の皮を持ち上げた。
「ええ、ちょうどあんな色です。一緒に選んだんです」と答えた。
自分で色まで選んで、買ってもらったランドセル。さぞかし大事にしていることだろうと思った。でも、その嬉しそうな娘を見る両親の表情は、少女以上に嬉しそうだった。娘の幸せは、きっと自分たちの幸せに違いない。そう思うと、気に入らないランドセルを押し付けられ、不機嫌な私のことを見ていた両親はどれほど辛かっただろうと思えてきた。辛かったのは私だけでなかった。両親の方がもっと辛かったに違いない。
 
素敵な親子に出会い、ランドセルの嫌な思い出は、親に愛されていたんだなといういい思い出に変わった。そんな両親も今では、二人とも介護状態。仕事を理由に妹に介護を任せている。これから、どれくらい愛情を注いでもらったお返しができるかわからないが、少しでも親孝行出来たらと思えた。
 
桜も見ごろの市政資料館。名古屋天狼店から、徒歩五分。ぜひ足を運んで欲しい。ランドセルにはきっと誰もが、思い出が詰まっているはずだ。一生の間でこれほど毎日6年という長い時間共に過ごすかばんは、他にないのだから。
 
 
 
 
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この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
 

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