横浜の空高く
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記事:Atsu(ライティング・ゼミ平日コース)
「横浜の空高く~ホームランかっ飛ばせ! 筒香~! 」
選手応援歌のファンファーレに合わせ、両手を斜め45度に掲げる。
スポーツバーの熱気は最高潮。夢に見た日本シリーズで再び戦う。
1998年の夏は熱かった。
地元の横浜高校が怪物・松坂大輔を擁し、甲子園で史上初の春夏連覇の偉業を成し遂げる。そして、それと呼応するようにプロ野球でも横浜ベイスターズが快進撃を見せた。
マシンガン打線と称される切れ目のない打線は、一度火がついたら何点差があっても逆転する。守りではハマの大魔神こと佐々木主浩投手がマウンドに仁王立ち。相手に絶望すら与える投球で試合を締めくくる。横浜駅の地下街には「ハマの大魔神社」が設置され、ファンの参拝で賑わった。
そんな神奈川県民にとっての至福の年、私もベイスターズファンになった。小学校ではベイスターズの帽子を被って登校する男の子がたくさんいた。朝の登校時には昨日の試合について、誰が打ったか。このホームランが凄かったとか皆で嬉々として話した。
そしてベイスターズはそのままリーグ優勝し、日本シリーズも勝ち抜いて日本一となった。あの時は、まさかこんな事態になるとは夢にも思わなかった。
「誰でもいいから抑えられるピッチャー連れて来いよ」
「何であんな簡単なフライを落とすんだよ」
優勝から10年後、球場の空気は淀んでいた。ファンの怒号。空席が目立つスタンド。
打たれる。打つ。もっと打たれる。お家芸ともいえる大量失点により試合開始1時間で敗色は濃厚だ。一人また一人とファンが席を立ち、帰っていく。
ベイスターズはこの2008年から5年連続最下位という他球団には真似できない記録を達成してしまう。原因は選手の流出や監督の采配、スカウトの失敗、挙げればきりがない。勝てないと人気は低迷する。観客動員数は減って、球団経営は赤字続き。ついに2011年のシーズン後、ベイスターズを保有していたTBSは球団を身売りした。赤字体質の弱小球団を一体誰が買うのか。ファンの目から見ても地雷物件である。当初は新潟に本拠地が移転して、「新潟コメスターズ」になるのではと馬鹿にされたこともあった。
そんな中、手を上げた企業があった。新興IT企業のDeNAだ。当時はモバゲーが流行っていて、「横浜モバゲーベイスターズ」になるのではという噂もあったが、最後は企業名に落ち着いた。「横浜DeNAベイスターズ」の誕生である。
私は当時、哀しかった。保有先が無事決まったことや横浜から移転しなくて済んだことよりも、大好きだったチーム名が真ん中で割られ、よく分からんIT企業名が入ったからだ。
「もう応援するのやめようかな。DeNAとか野球に興味あるの?企業の宣伝用に使われて捨てられるだけだよ」
そもそも応援に行っても勝てない。またいつ移転話が持ち上がるか分からない。先の見通せない状況だったこともあり、自分の就職先も神奈川ではなく東京にした。万が一、ベイスターズがいなくなったら、虚無感に耐えられるわけがないと思ったからだ。
そんな不安を抱えながらもファンであることは一応、継続することにした。というか自分にはベイスターズを見捨てることはできなかった。
私の読みは良い意味で裏切られた。DeNAが本気だったのである。当時プロ野球チームの経営は赤字が当たり前の時代だった。球団保有は企業の広告費だから仕方ないと考える向きもあったが、この球団は本気で黒字化を図った。
まず、築30年以上の古いスタジアムの内装を改修。ファンが歩くコンコースを塗りなおし、トイレを綺麗にした。そして時間をかけ、毎年スタジアムを改良した。試合でユニフォーム配布されるイベントや初期の頃にはファンが満足いかない試合は返金するという奇抜な企画も行った。全てはファンをもう一度球場に呼ぶために。
また試合に勝つための戦力面でも抜本的な見直しを行った。他球団との差を埋めるべく、東京の常勝軍団OBをトップに据えた戦力編成の見直しや選手のスカウト戦略を改善し、少しずつ、少しずつだが、戦力を整えていく。勝率も毎年上がり、観に来るファンも増えた。球場でのファンサービスとの相乗効果で、気が付けばベイスターズは毎日満員御礼の人気球団へと変わっていた。
そして、DeNAに代わってから5年目の2017年。ついにチームはシーズン上位3球団で争うクライマックスシリーズを勝ち抜き、あの1998年以来の日本シリーズの舞台に立ったのである。
「横浜の空高く~ホームランかっ飛ばせ! 筒香~! 」
皆で声をそろえて歌う応援歌。
場所はとある渋谷のスポーツバー。
県外にもかかわらず、店内はユニフォームを着たファンであふれかえる。
テレビに映し出される満員の球場を見ると、以前の閑散とした球場が嘘のようだ。
そして、もう一度声を揃え、応援歌を歌おうとしたその瞬間。快音が響いた。
ファンの祈りのこもった打球は、横浜の空高く、どこまでも舞い上がっていった。
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