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心を強くする涙 子どもたちに本当に身に着けてもらいたい力とは?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:黒木里美 (ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
朝ちゃんが、教室に泣きながらやってきた。ドアの向こうで、朝ちゃんの泣き声とお母さんの話す声がする。
 
なぜ泣いているのだろう。教室に来たくなったのだろうか。前の授業で、私が朝ちゃんを傷つけるようなことを言ってしまっただろうか。
 
不安で、すぐにはドアを開けられなかった。
 
私は、年長から高校三年まで通う個別指導塾の講師をしている。ただ、誰もが想像する「塾」とは微妙に違っている。壁一面の本棚、部屋には子どもたちがくつろいで読書ができるようソファーがある。
 
何をする教室なのか。一口に言えば、考えることを学ぶ教室だろう。作文を書いたり、対話をしたりといった「言葉」にかかわる活動を軸にしている。
 
年度末の3月には、研究発表会を開いている。そして、研究のテーマは、子どもたちが好きなものを自由に選ぶことができるのだ。
 
さて、ドアの向こうで泣いているのは小学6年生の朝ちゃん。
彼女が提案した研究のテーマは「キャラクター」だった。小さい頃から絵を描くこと、大好きな子だ。今も、動物や野菜、果物などをモチーフにしたキャラクターと、彼らの暮らす街づくりに夢中だ。
 
情熱は十分ある。テーマには、合格を出した。ただ、研究をどのように進めるのか、彼女の中にまだイメージがなかった。作ったキャラクターを紹介するだけの発表はダメ。発表会で研究を見てくれた人に、何を伝えたいのか。どんなことを考え、気づいて欲しいのか。来週までに考えてくるよう宿題を出していた。
 
もしかしたら、研究のテーマを否定されたと思い、泣いているのかも。そんなつもりはなかったが、もしそうだとしたら申し訳ない。
 
私は、勇気を振り絞りドアを開けた。朝ちゃんも、お母さんも驚いている。
「こんにちは、朝ちゃん。ごめんね、声がしたので、心配で来ちゃった」
袖口で涙をぬぐう朝ちゃん。
「もしかして、教室に来るのが辛かったのかな」
首を横にふる朝ちゃん。努めて明るく振る舞うお母さん。
「先生、違うんです。学校が大変だったみたいで、疲れていて」
頑張って来てくれた朝ちゃんをねぎらい、今日の授業はお休みしてもいいよと声をかけた。すると、朝ちゃんは、先生に話したいことがあるからと教室へ入っていった。頑張ってねと励ますお母さんに、お預かりしますと頭を下げる。
 
話したいこととは何か。研究のテーマを変えたい、かな。
 
席についてしばらくすると、朝ちゃんが話し始めてくれた。
「今日ね、学校で嫌なことがあったの」
彼女が話してくれたことはこうだ。
 
社会科の調べ学習の時間、図書室で班ごとに勉強をしていた。コロナ禍の約束で、班学習でも極力しゃべらないようにというルールがあった。そこで、朝ちゃんは、紙にイラストを描きながら、班の子たちとコミュニケーションをとっていたそうだ。ところが、それを見つけた先生に怒られてしまったという。
「勉強のことも書いていたけれど、遊びのことも書いていから自分も悪い」
朝ちゃんも反省している。私はよくある話だと軽く受け止めつつ、何かがひっかかっていた。そんなことで、この子が泣くだろうか?
 
その後、朝ちゃんが続けてくれた話に衝撃をうけた。
「それでね、その紙を見た先生がね、私こういう絵、大嫌いって言ったの。
でね、帰り会で社会科のノートが返ってきたんだけれど、ノートに描いたキャラクターが全部、赤ペンでピッて、チェックされて、消されてた」
 
彼女のノートは、とても素敵なものだった。重要なポイントを、キャラクターたちが吹き出しで教えてくれている。まるで、参考書のような素晴らし出来栄えだった。
 
怒りのこもった低い声とは裏腹に、朝ちゃんの目には涙が浮かんでいた。
 
以前から、担任の先生の振る舞いや言動にいささか問題があることについては、彼女のお母さんから聞いていた。コロナ禍のストレスフルな環境で先生も大変だろう。生徒も保護者も、残り数か月、卒業までそっとしておこうということになっていたという。しかし、今回のことが起きてしました。
 
学校への対応は、ご両親がしっかりとしてくれる。大丈夫、落ち着いて話そう。
 
私は彼女に、お礼を伝えた。
「話してくれてありがとう。私はとても憤りを感じています。悔しさと悲しさも。朝ちゃんの大切にしている物を傷つけたやり方は、暴力です。注意の仕方も、納得できるものではありません。これは、人間の一番大切な人格を否定する言葉です。人格の否定は、互いの関係に溝を作り、憎しみや争いのもとになります。決してやってはならないことだと思っています」
 
「人格って、性格とかキャラクターのことだよね」
彼女の返事に私は驚いた。
「キャラクターを作っていて、その子の持っている性格とか好きなものがとても大切だなと思っていたから、先生の言っていること、よくわかる」
 
ここから、研究が動き出した。
朝ちゃんが作り出すたくさんのキャラクターのように、世界には様々なキャラクターの人がいること。そして、彼女自身の中にも、たくさんのキャラクターが存在すること。世界も、人のあり方にも多様性があるからこそ面白いのだと、ディスカッションした。
 
大切なキャラクターを心無い行いで傷つけられた彼女の心の痛みが消えることはない。
しかし、朝ちゃんは、今も、キャラクターを作りながら、自分や他者の多様な心の在り方について学び続けている。それは、彼女の中に、心が押しつぶされそうなぐらいの悲しみや苦しみに耐え、跳ね除ける力が備わっているからだ。
「レジリエンス」
レジリエンスは、人が困難や逆境の中にあっても心が折れることなく、状況に合わせて柔軟に生き延びようとする力のことを言う。学校での出来事をきっかけに、研究を通して、彼女の心の中にあるレジリエンスはどんどん逞しくなっている。
 
学ぼうとする態度を育むことができれば、知識や技術といったものは、自分でどんどん手に入れること。しかし、態度づくりが非常に難しい。安心できる環境、信頼関係、そして、子ども自身に好きなものへの情熱が必要だ。
そして、私たち大人が、子どもたちに本当に学び育んでもらいものは、他でもない、このレジストリなのだろう。
 
まだ何者でもない、しかし、たくさんのキャラクターを持つ「自分」と出会った朝ちゃん。
彼女が見せてくれた学びへの情熱。表現を通して痛みを分かち分かち合おうとする勇気。
彼女の見せてくれたレジリエンスを、多くの子どもたちの中で感じられるようなるにはどうすればよいのか。
残念ながら、「これさえやれば、よい」という万人受けの方法はない。そう、答えのない問いなのだ。しかし、そこへの挑戦が人を育てる仕事の面白いところだと、多くの先生たちが感じていることだろう。そうであってほしい。
トライ&エラー、今日も子どもたちとの時間を楽しんでいこう。
 
 
 
 
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