メディアグランプリ

ルビンの壺の割れ方を確かめろ


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記事:青木文子(リーディング倶楽部:天狼院公認ライター)
 
 
本文:
 
「お久しぶりです! 高校で一緒だった〇〇です。覚えているかな? Facebookで見かけたので嬉しくなって友達申請させてもらいました」
 
FBのメッセンジャーに赤い丸がつく。誰だろう。メッセージボックスを開けて、飛び込んできた文章。
 
確かに名前はどこかでみたことのある文字の並びだ。そんな人同級生にいたっけ? タイムラインをみにいくと、確かに高校時代の友人たち何人かとつながっている。そういえばそんな名前の人がいたような気がするとぼんやりと思い出す。
 
「クラスは2年生のときは3組で、担任の先生は物理のほらA先生。部活は△△でした。部長は□□くんだよ」
 
自分の知った名前が出てくると、とたんに高校時代の風景が蘇ってくる。A先生の物理の授業受けていたなぁ。確かに△△部の部長は□□くんだった、そうだった。知った情報が出てくるたびにどんどんと親しみが増してくる。こちらもメッセージを返していくうちに、なにか新しい交友関係が広がったような嬉しい気持ちがしてくる。
 
あなたにもそんなことはないだろうか。
高校時代の友人、大学時代のサークルの仲間、昔勤めていた会社の同僚。FacebookなどのSNSのおかげで、時空を越えて再会したり、新しくつながりを結び直したりするきっかけができる。
 
もちろんそれはそれで嬉しいことだろう。
でもそれが嬉しい再会だけではないはずだ。
 
再会したその人のことを自分はどれだけ知っているだろうか。うっすらとした遠い高校時代の記憶と、今のタイムラインの情報、高校時代の友達ともつながっている安心感。その感覚の中で、知らず知らずのうちにその人に対する警戒を下げていないだろうか。
 
むやみに人を警戒しろというわけではない。それでも過去のつながりというフィルターは、目の前の人のことをついわかった気にさせるし、必要以上にその人を性善説でみてしまう落とし穴があるかもしれないと思うのだ。
 
実際に高校時代のつながりでネットワークビジネスの勧誘などをするひとがいるのも事実だ。私も何人かからそんな勧誘を受けた。子育て時代の仲間のお母さんに
「ぶんちゃん、東京に来ているのならお茶しよう!」
と誘われウキウキとでかけてみたら、ネットワークビジネスの勧誘だったことがある。今思い出しても、薄ら寒い想いというか砂を噛むような気持ちになる。
 
それでも、ネットワークビジネスや勧誘なら、その素振りや雰囲気でわかるだろう。それはあっさりと断ればいい。でも、でも。
 
でも、もし、そこにもっと別の意図があるとしたら……
 
この物語『ルビンの壺が割れた』は、ある男性が一通のFacebookのメッセージを送るところから始まる。
 
「突然のメッセージで驚かれたことと思います。失礼をお許しください」
 
偶然目にした名前が、すでに亡くなったはずの人の名前と一緒だった。そして、タイムラインに載っていた写真がその亡くなっていた人と瓜二つだった。それで、思わずメールを出してしまった。あなたは生きていたのか。返事はないものと思っているが、思わずメールを出してしまったことを許してほしい。
 
曰く有りげな男性のメッセージもちろん返事があるはずはない。亡くなったはずの人に1年に1回メッセージが送られる。
 
3年目に
「ご無沙汰しております」
と女性から返事が来て歯車が回り始める。
 
この物語はFacebookメッセンジャーでの往復書簡の形で進んでいく。
 
その女性は生きていたことがわかる。男性があの人だろうと目していた、亡くなったはずの人と同一人物であったことがわかる。
 
男性と女性が一体どのような関係だろう。読み進めていくと、お互いが大学時代の先輩と後輩であること、実は深い関係だったことが徐々にわかり始める。2人の関係や大学時代の懐かしさ。出会った時の気持ちの回想、サークルで起こった事件の裏で感じていたことの告白。かつて仲睦まじかった恋人同士の甘酸っぱい再会と来し方への懐かしさの共有と思うかもしれない。
 
この物語は隠された意図の物語だ。
 
明らかに意図が見え透いている人もあれば、その意図が巧妙に隠された人もある。
 
メッセンジャーの往復書簡を読み勧めていくうちに、次々に明らかになる大学時代のお互いの生活の裏側。しかしそれは伏線に過ぎない。最後の一文に向けて物語は一気に坂道を転がり落ちていく。
 
この物語はある覆面作家のデビュー作という。文庫本にして170ページほど、ネットで期間限定の全文無料公開がされ、賛否両論が沸き起こったという。SNSを架け橋として、出会うはずのない男女の再会から起こるやりとり。お互いの意図の隠しあいと探り合い。私達の日常の中にもこんなサスペンスが隠れているのかもしれない。
 
この本は2021年、読んだ本の中で衝撃度ベスト5に入る。あなたがぜひあなたの目でその最終ページの衝撃を確かめてほしい。
 
 
 
 
***
 
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2021-03-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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