「?」からの着信
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:佐々島 由佳理(チーム天狼院)
「ブブブ………ブブブブ……」
ポケットの中で、携帯電話がブルブル震えて着信を知らせていた。
その時はちょうど重大な仕事の会議中だったから、しつこい着信に応えることはもちろん、私はポケットから携帯電話を取り出すことさえできなかった。
息の詰まるような会議をなんとか乗り越えデスクで一息つく頃、私はようやく着信履歴を確認した。
「あぁ、まただ」
履歴には「?」の記号が残っていた。
間違いない、さっき会議中に長い間私を呼び続けていた相手だ。
これで5回目になるだろうか。「?」からの着信は。
最初は、11ケタの数字が画面に並んでいただけだった。私はよく携帯番号の名前登録を怠る人間だから、また今回も登録し忘れた人の番号か、はたまた詐欺電話か、どちらかだと思っていた。
いずれにしても、覚えのない番号からの着信は基本出ない。営業電話や詐欺電話だったら嫌だし、知り合いならばメールやSNSでも連絡をとってくるはずだし、よほど大事な用件であれば留守電にメッセージが残されるはずだから。
そんな風に思って、見知らぬ番号から何度着信があっても、私は断固電話には出なかった。
けれどついに、謎の同じ番号から4回目の着信がきた時、留守電にメッセージが残された。
「あれ? やっぱり知っている人だったのかな」
これまで何度か着信があったにもかかわらず、頑なに電話に出なかったのはまずかったかもしれない。ちょっと心配になりながら、メッセージサービスセンターの番号を押す。
「……」
無言は数秒間続いた。それは、とても奇妙な時間だったことを覚えている。
何かしら向こう側の音を聞き取ろうとする私の全集中と、一方、向こうも留守電相手ではあるが、こちらの音をじっと探る感じが混ざりあったような気がしたからだ。
タイミングは入れ違い、言葉を交わすことはなかったが、留守番電話のメッセージサービスを通して、私たちはかすかにつながったようだった。
「メッセージは以上です」
メッセージサービスの声が張り詰めた緊張を一瞬で解き放ち、生ぬるい無音の数秒間をかき消すように、耳から入って脳内をぐるりと一周した。
その日からだ。私はその電話の主を「?」で登録した。
誰だろう? その頃出会った人物を一人一人思い返しても、誰も当てはまらない。頭の中が文字通り「?」だらけだったから、気の利いた登録名を思いついてあげられなかったのは申し訳ないのだが。
何より、無言の留守電メッセージを受け取ったのは生まれて初めてだった。誰かが、どうにか私につながり、何かを伝えようとしていることだけは分かった。不思議なことに、それは実際に言葉を交わすより切実に伝わってくるのだった。
その日、5回目の着信履歴が残された頃には、「?」は私の中で“もうお馴染みの”くらいの間柄に昇格していて、特に慌てることはなかった。
けれど、その後ふいに私の手の中で携帯電話が「?」の着信を知らせてブルブル震えた時には、さすがに鳥肌が立った。携帯電話がブルブル震える度に「?」の文字が画面の上で点滅し、私の頭の中で出ては消える「?」と息がピッタリだった。
まさに、この携帯電話の向こうで今か今かと、私とつながる瞬間を待ち構えている人がいる。もう、観念するしかなかった。
「……はい……」
私は名乗らず、最低限の返しで向こうの出方を待った。
「あ……あの……もしもし……」
とても可愛らしい女性の声だった。
向こうも探り探り言葉をつなげている様子だったけれど、どこか意志の強さみたいなものがにじみ出ていて、私を少し緊張させた。
彼女はそして、こう続けた。
「◯◯くんのお知り合いですか?」
人間というのは、と言えば良いのか、女というのは、と言えば良いのか、とても不思議なもので。
彼女に問われるやいなや、私の脳と心は同時に全てを悟り、成仏し、一瞬のうちに生まれ変わっていた。時間にして数秒間、好きだったはずの記憶も、すでにうまく想い出せなくなるほどに。
私は笑顔でこう答えていた。
「◯◯くんとは、私、全然関係ないんですよ」
だって、就職で私は東京に、彼は仕事で大阪にいるから。
年に何回か逢うような、典型的な遠距離だから。
仕事が大変で、電話をかけることも減ってきていたから。
もう、終わるのだろうと思っていたし、最初から終わっているのかもしれないとも思っていたから。
だから“もう一人の彼女”と話す間の私は、彼とのこれまでを断ち切るには驚くぐらい平常心だった。
その冷静な返しに、彼女の声色からは驚きつつも安堵が聞き取れた。
「あぁ、そうなんですね」
ちょっと笑顔になって、お互い笑いあっていたかもしれない。
「なーんだ」って。
共通する愛の対象でもあり、共通の敵にもなり得る存在でもあり、そんな“彼”を介して、私たちは今度こそ本当につながったようだった。
ほんの一瞬だけ。
「それじゃ」
私たちは電話を切った。
とても短い会話だったけれど、その間私は明かされた真実にグラグラ心が揺れるどころか、ひとつも波風のない凪のような状態で、“彼”ではなく“彼女”のことばかりを考えていた。
なんだ、名乗らずにいたけれど、彼女はきっと彼の携帯電話の登録から私の名前を知っていただろうな。こっちは「?」としか認識していないのに。せめて、名前くらい教えてくれても良かったのにな。そんなことを思いながら、私はそっと「?」の登録を削除した。
同じ人を好きになった者同士、妙な親近感を覚えたりもしたけれど、彼女とはこれから二度と会うことも話すこともないのは変わらなかった。名前を教えてもらったとしても、私から呼ぶことはないのだし、私の名前も忘れ去られていく。
私は少し寂しいような、清々しいような気持ちで、同じ手順で彼の携帯番号の登録も削除していた。その間、彼の顔は思い浮かばなかった代わりに、彼女がまた誰か別の女性の携帯電話に「?」で登録されないといいな、と祈るのだった。
彼からの電話は今後「知らない番号」からの着信になるけれど、私は覚えのない番号からの着信は出ない主義だ。
私はどこか解き放たれたような気持ちになって、
これで良かったのだな、と空を仰いだ。
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