火事場を撮る気持ち
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記事:赤羽かなえ (ライティング・ゼミ 超通信コース)
風で窓の外がやけにけぶっていた。
灰色の煙の塊がベランダに押し寄せてくる。
誰かが畑で物を燃やしたのかしら?
それにしては、煙の勢いが強すぎる。
煙の出元を辿って、息を飲んだ。
ドラマのワンシーンなのではないか? と思いたいくらい、目の前の光景は現実離れしていた。
燃えていた。
ベランダの正面前方に赤々と火の手が上がってた。消防車や救急車、パトカーがけたたましく鳴り響き続けていることにようやく気づく。
煙は風向きで、ベランダの洗濯物を巻き込もうとしていた。慌ててベランダから洗濯物を引き上げる。
「火が出てる!」
娘が声を上げた。
それからしばらく、私と娘は、炎が様々に形を変えながらうねり上げるのを呆然と眺めていた。
「すごいね、燃えているね」
しばらくして、娘があまりにもひどい様子に興奮したのだろう、少しうわずった声でしきりに話しかけてきた。
「あ、水がかかっている、でも、まだ燃えている!」
その様子は、TV番組で罰ゲームをさせられている人を見るかのようなそわそわとした雰囲気だったので嫌な気分になった。
火が窓枠からはい出して壁をなめるように呑み込み、煙を噴き上げる。屋根を崩れ、柱がむき出しになった。この火の勢いで人が逃げ遅れていたら、命に係わるだろう。
そんな時に、少し気の毒そうな声を含みながらもどうなるのか先が見たいという様子を無邪気に前面に出す娘を不謹慎だな、と思ったのだ。
とは言え、正直、何ができるわけでもなかった。
消防の体制が整っていない時代ではないのだから、近づいて人を助けたり消火活動をしようとしたりしてもかえって迷惑なだけだ。
なすすべなく、安全な場所から、ただ燃える火を眺めながら、私は、スマホで写真を撮った。
カシャっと電子音で場面を切り取るたびに、私の胸は一層重くなっていった。
火事場の写真を撮るという私の行為はなんなのだろう。
自分自身もよくわからなかった。
最近、新聞やTVなどで“読者提供”という添え書きの写真や動画が出ることがある。それを見るたびに、不謹慎なのではないかと思っていた。もっとできることがあるんじゃないの? 現場の近くまで行って、野次馬したら邪魔なんじゃないの? 軽々しく読者提供を使用するマスコミや提供する側の道徳観を疑っていた。
でも、同じことをしてしまった。娘の興奮した様子にもイライラしていたのに、結局私がやっていることもたいして変わらない。
モヤモヤがくすぶって、私の胸からも黒煙が噴きだすようだった。
妙に空しくなって、何枚か撮った写真を消した。写真を撮ってしまったという後ろめたさも一緒に証拠隠滅してしまいたかった。
横で窓にしがみついて様子を見ている娘に、イライラしてゴメンねと、心の中で謝った。
相変わらず、消防車のサイレンがけたたましい。時折、水しぶきがふわっと上がって消火活動をしているという様子は見て取れたが、火の勢いはすぐに増す。近隣に住宅が密集していて思うように消火が進まないのかもしれない。
「消防署の人、頑張ってもっと沢山水をかければいいのにね」
娘がぽつりとつぶやいた。
「おうちがね、隣にも沢山あるでしょう? 水をかけるのが難しいのかも」
「でも、ちゃんと水をかけなかったら、隣も燃えちゃうよ。燃えたらもっと火事がひどくなっちゃう。そうしたら、火事の人、弁償しなきゃいけないでしょ?」
「火事はね、火事を起こした人が完全に悪くなかったら、周りの人のおうちに迷惑をかけたとしても、弁償しなくていいって国の法律で決まっているんだよ」
昔、仕事で習った火災保険の勉強を思い出しながら娘に説明する。実際に現場を目の当たりにすると、近隣に全く迷惑をかけずに消火ができる環境というのはなかなかまれなのかもしれないということに気づかされる。火事の火元になるということは近隣にも多大な迷惑をかけてしまうということに改めて気づかされた。
「あの、おうちの人、大丈夫かなあ? 逃げること、できたかな」
娘が再びつぶやいた。そうだね、とつぶやきながら、もちろん、無事であることが一番だけれど、無事でも無事でなくても火元の方の気持ちはやるせないだろう、とも思う。火事を出した人は、周りに迷惑をかけてしまったことを一生涯悔いることになるだろうし、もしも私が火事を出した方だったら、きっと消えてなくなりたいと思っただろうな。
「私、お祈りするね」
娘が手を組んで、目をつぶった。
「早く火が消えますように、おうちの人が無事ですように」
私も、娘の横で同じように手を組んで、二人で祈った。
火元の方が無事で、心が早く休まりますように、近隣に被害が最小限で済みますように。
世の中には、予期せぬことが沢山起こる。災害にあった時、見かけた時に、祈る以外に自分ができることがあるのだろうか。何をしたら、自分の心の整理がつくのだろう。
火事場を撮ってしまった私の心は、あの時、何をすればよかったのかという答えを探して、消し止められてもなおくすぶっていた煙のようにいまだに漂っている。
***
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