メディアグランプリ

エリートでなくても、美意識は鍛えたい


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記事: 清田 智代(リーディング倶楽部)
 
 
コロナ禍以降、いたるところで「VUCA」という言葉を目にするようになった。
ここで説明する間でもないかもしれないが、VUCAとはもともとはアメリカ軍が現在の世界情勢を表現するために用いた造語であり、これは「Volatility=不安定」「Uncertainty=不確実」「Complexity=複雑」「Ambiguity=曖昧」の4つの英単語の頭文字を組み合わせたものだ。
 
さて、今回ご紹介するのは、山口周さんの『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』だ。
去年の春に最初の緊急事態宣言がなされ、慣れない在宅勤務を余儀なくされていた頃、当時の上司からおすすめされた一冊だ。
 
この本はビジネス本ではあるが、たとえ経営者やビジネスマンでなくても、これからVUCAの世界を生きるすべての人たちに何かしらのヒントが得られると思うので、この場でご紹介したい。
 
VUCAの世界とはどんな世界かといえば、簡単にいえば、今までまかり通ってきた「論理的」で「理性的」な経営や意思決定は通用しない世界を意味する。
これまで、ビジネスの場ではMBAで身につけるような「論理的」で「理性的」な正解の出し方に大きな価値が見出されてきた。しかし多くの人がこれらのスキルを身につけている現代においては、正解の出し方は陳腐化されていること、また、これまでの経営手法に合理性を突き詰めてきた結果として、企業の意思決定がマヒ状態に陥る可能性があることを、作者は指摘している。
さらに、人工知能などのある種の領域においては、世の中の動きが速すぎて、ルールや法律の制定が間に合っていないのが実情であることも、彼は言及している。
 
こうした世界を生き抜くのに必要になってくるのが、MBAの考え方や手法ではなく、「美意識」、つまり感性に訴えかける要素だと山口さんは主張する。
 
最近ではビジネスに「デザイン思考を」といった考えが日本の企業でも採用されているようだ。だが実際、ロンドンやニューヨークをはじめとした海外の美術大学やアートスクールでは、グローバル企業の幹部候補者を対象としたプログラムを展開していてい、そのニーズはますます高まっているという。
非常に高度な問題を解決することが期待されている人々が、MBAで学ぶ論理的・理性的なスキルではなく、真逆の直感的・感性的なスキルを習得し、「クリエイティブ」な発想を期待されているという。
 
こう聞くと非常に斬新に感じるかもしれない。しかし山口さんいわく、実は、私たち日本人にこそもともと芸術家の素養があり、ますますVUCA化するこれからの世界は、日本人にとって大きな機会だという。
 
というのは視野を世界に広げて比較したとき、日本語には「真・善・美」という言葉があるように、日本人はもともと美意識が高い民族だという。普段生活しているとそれに自覚することはあまりないかもしれないが、昔から、日本に滞在した多くの外国人がこのように考えていて、その記録がいたるところに残っているという。
 
また、山口さんのユニークな指摘として、戦国時代という不安定で先行きの見えない日本においても、そのころすでに日本には「クリエイティブ・ディレクター」がいて、困難な時代のかじを取っていたという。
そしてその「クリエイティブ・ディレクター」が茶の湯でおなじみの千利休で、彼こそがおそらく世界初のクリエイティブ・ディレクターだ。
千利休といえば「わび茶」の世界観を構築し、世にあらわした人物だけれど、実は織田信長や豊臣秀吉といった時の権力者の片腕として、アートの側面を担っていたのだ。
 
つまり、これまではより論理的に、より理性的に一つの正解を求めることがよいこととされ、企業においてもそれを高く評価されてきたけれど、今後、正解が何かが分からない、先行きの見えない時代に必要なのは、「正解を求めること」ではなく、「解を生み創りだすこと」にあるといえる。
 
そのような中で役に立つのが完成を養い、直感を鍛えることであり、それを可能にするのがアートであり、文学であり、哲学であるというわけだ。
ちなみに今では茶道や華道をはじめとした日本の芸道も、日本よりもむしろ世界で注目を浴びている。私も少しばかりかじっている茶道の裏千家は、海を越えて世界中に支部があり、ネットワークを構築している。
 
この本はエリートが美意識を鍛える理由として描かれているが、この考え方は何もエリートに限った話ではないと思う。
先行きの見えない時代は、今を生きる私たち一人一人が直面している。
社会の動向が見えず、判断の軸がぶれることも多いと思う。
そのような中、感性を養うこと、直観力を鍛えることは、日常生活における小さな変化を素早くキャッチしたり、たとえ小さくても何かを選択する際の判断材料となることだろう。
 
美意識を鍛えるために何かをたしなむのはよいが、それらのたしなみは、きっと人生をも豊かにしてくれるだろう。
 
 
 
 
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2021-04-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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