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私が「ふるさと」になる日


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山本和輝(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「ねえ、ウチの土地を半分、1500万円で買ってくれない?」
いきなりの事で、少々面食らってしまった。
それは、今から8年ほど前のことだ。福岡の実家の隣にある本家に住む叔母が、そう持ち掛けてきたのだ。
以前からすこし耳にはしていたのだが、息子の事業が失敗し借入金返済に苦労していたようだった。 叔父はその直前に長い入院生活を経て他界したばかり。叔母もいろいろ苦労していたのだろう。 本家の土地の南半分を売ることに決めたらしいのだが、どうせなら赤の他人の手に渡るのは避けたかったらしい。
だが、あいにくその時の私は、すぐにまとまったお金を用意するほど余裕は無かった。仮に余裕があったとしても、私は東京に生活の基盤がありそこに移住する予定など全く無い。
残念ながら、土地は他人へ売却されることになった。そして、次に帰省した時にはそこに真新しい一軒家が建てられている途中だった。
しかし、それでは終わらなかった。土地を売却してひと段落したかと思ったら、今度は叔母にガンが見つかり、わずか2か月後に亡くなった。そして、叔母の葬儀の後間もなく、本家を引き継いだ従弟は、残っていた本家も売却してしまったのだ。
 
私の家系から「本家」が消滅したのだった。
 
しばらくぶりに帰省すると、黒っぽい木目の外壁で覆われた、2階建ての古い一軒家は跡形もなくなり、昔から使っていた井戸も塞がれ、赤土が平らに均されたのっぺりとした更地となっていた。
 
私は生まれてから、本家と隣り合わせに建つ私の両親の家で育った。 両家の間には塀や垣根はなく1つの敷地のように行き来でき、その間にあるメタセコイアの木は2つの家の屋根にかかる相合傘の様にそびえていた。
本家の玄関までの通路にはみかんや柿、ビワや無花果の木が植えられ、季節ごとに実をつけ、私と兄弟や従弟たちは熟した果実をとっておやつ代わりにしていた。そんな豊かな幼少期を過ごした思い出の場所は、もう記憶中にしか残っていない。
そして、この出来事があって、私は大きな不安に襲われた。
自分の両親も、もう80歳代後半。いつ他界してもおかしくない年齢だ。 もし、そうなってしまったら、私の実家もそういう運命に陥ってしまうかも知れない。
もちろん、ふるさとには弟や妹がいる。しかし、妹は結婚して相手方の姓になっているし、彼女が家を守れるかは微妙なところだ。また、弟は仕事でメンタルをやってしまい今は働けない状態になっている。 もし、私が明確に意思を持って実家を守る努力をしなければ、そこはきっと本家の様に消滅してしまうのかも知れない。
毎年、正月やお盆の時期に、両親の顔を見るために返っていた福岡。自分の育ったその場所に行っても何も跡形も残っていない状態を想像してみる。きっと、窓際に腰をおろし庭を眺めることも、そこに泊まって体を休めることもできなくなるのだ。
なんという喪失感。震災や、洪水などの大災害で、家を失った人たちも同じような心境なのだろうか?
いや、そんな悲劇にあった人たちより、私の方が100倍、いや1000倍マシだろう。 まだ自分の手に、その存続がゆだねられているのだから。
そんなことを、頭に思いめぐらせていたら、あることに気が付いた。
長年、同じ場所に居を構え、そこに50年、100年と存在する家は、明確に存続させる意思を持った人が居るからこそ、そこに在るのだということだ。 50年以上生きてきて、そんなことを今頃実感するなんて、なんて平和ボケした人間なのかと思った。
私は、そうなった時にどうするか、多少は事前にシミュレーションしておいたはずだった。 でもそれは、土地の管理や建て替えの資金、税金のことを考えてみただけに過ぎなかった。
もし、経済的な合理性が無く、家を維持することが困難になった時がきたら、私は自分自身の生まれ育った環境をあっさり捨ててしまえるのか?
その覚悟まではしていなかった。明確な意思と行動が無くては、「家」という自分が生まれ育った場所を維持することはできないということなのだ。そう気が付いた私は、もう一つの私の家族、今の家庭のことに思いを巡らせた。
 
そういえば、私の娘の「ふるさと」というのは、いったいどうなるのだ?
 
今は、子育てのために東京の町田に住んで6年になる。この地域にようやく馴染んできたところだ。義理の父が所有するテラスハウスを借りて住んでおり、ジジババの家も近くにある。とても恵まれた家庭環境だと言える。
しかし、私は家を所有してはいない。いろいろな事情があって、所有していた不動産はすべて売却してしまったからだ。私の記憶の中にある、幼少期の生活、思い出も家族と暮らした「家」と一緒にあったが、そのような永住の場所ではなく仮の住処ともいえる状況だ。では今からまた家を買って、今の家族としばらく暮らせばいいのか?
 
いやそんな単純なことではないだろう。
 
これから娘が大きくなり、成人し、社会人になれば、いずれ私の元を離れていく。誰かと結婚して、新しい家庭を作って行くかもしれない。そうすれば、私たち夫婦は今の場所にとどまる理由もなくなる。どこかもっと暮らしやすい場所へ居を構え、それからの人生を楽しく生きるための行動をとることだろう。
 
そうすると、娘にとっての「ふるさと」は何処なのだ?
帰省する先はどこになるのだ?
 
私はそこまで考えて、ハタと気づいた。
 
私自身が、彼女の「ふるさと」を作っているのだと……
 
娘の「ふるさと」は、幼少期から成人するまでを過ごてきた歴史のなかに存在する。そこに場所という要素もあるのだろう。しかし、私の中の「ふるさと」の記憶の中には、一緒に過ごした祖父や祖母、従弟や兄弟、近所の人たちや学校の友人たち、そしてなにより両親の記憶と一緒に存在していた。
もし、そこに一緒に過ごした人々がいなければ、「ふるさと」として認識することはできかっただろう。
それは、娘にとってもきっと同じだ。少し離れた場所に住む祖父母、祖母のつくる美味しいとんかつやホワイトシチュー、家の向かい側に住む仲の良い同級生の家族。小学4年になってできた、同級生の中でも飛びぬけて仲の良い女友達。
そんな周りの人との関わり合いが、娘の記憶の中の「ふるさと」になっていくのに違いない。そういった考えが私の頭を一通り巡ったあと、私は心の中で静かに決意した。
 
私と妻で、娘の「ふるさと」を作って行こうと。
 
それは、どのような場所にあっても構わない。
土地や家屋があれば良いというものではない。
いつまでも良き思い出として、彼女の心の奥底で生きる力となるには、そこで過ごす人たちとの間にたくさんの感情のやり取りをし、思い出をつくることが大切なのだ。
きっと私を育てた、福岡の両親も同じような思いを抱いていたのかも知れない。自分たちと一緒に消えゆく運命にある、家や土地。でも、そこには決して忘れることの無い、一緒に過ごした日々がある。私もそうした思い出を、いくつも作っていくことが、私が娘に「ふるさと」というものを心の中に残していくただ一つの方法だと思うのだ。
 
 
 
 
***
 
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2021-04-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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