好きな映画を聞かれたら、何と答えるのが正解か?
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:おおつかぐりこ(ライティング・ゼミ超通信コース)
このコロナ禍の中、10年以上の婚活の末に、先日、愛する人とゴールインを果たした友人について、書きたいと思う。
結婚をしている人もこれから予定がある人も、もうどうでもいいやと思っている人も、自分が自分のままで幸せになれるかもしれないことを、思い出すかもしれない。
わたしが話したいのは、岩波淳子(仮名)のことだ。
10年ほど前、岩波は、わたしと共通の友人と一緒に、婚活パーティに参加した。料理をしながら交流するスタイルで、参加資格にひとつ条件があった。
映画が好きなこと。
見知らぬ男女が集まって、いっしょに作ることになる料理のメニューは決まっていて、専門のスタッフが調理のフォローもしてくれる。
キッチンにともに立てば、結婚後の二人の生活も見えるだろうし、確かにこれはいいアイデアだなと思った。
実際には、料理がとびきり得意だという女性はおらず、逆に、料理が好きだという男性はちらほらいたらしい。料理完成まで1時間半ほどが穏やかに過ぎたという。
大きなテーブルに、ハンバーグ、魚介パスタ、サラダなどが並んだところで、試食の時間がやってきた。調理フォロースタッフもいなくなり、腰を落ち着けてここから正念場のフリートークの開始。
「えっと、皆さん、今日は映画好きが集まっているということなので、改めての自己紹介をしつつ、好きな映画を一本ずつ言っていきましょうか。一本にしぼるのは難しいと思いますが、とりあえず一本ずつで」
岩波淳子のとなりに座った男性Aさんが、気を使って会話を仕切り始めた。
「では、まず、岩波さんから。淳子さん。よろしくお願いします!」
トップバッターに指名された岩波は、30秒ほど悩んだ挙句、こう言った。
「いちばん最後に回してもらえますか……」
場は一瞬冷めたらしいが、反対どなりの男性Bさんが嬉しそうに、
「では僕からいきますね。『シャイニング』です」
その後からは、『街の灯』『アメリ』『ファイト・クラブ』『男たちの挽歌』などが続き、「名作ですね」とか反応し合ううちに、少しずつ場が温まって盛り上がりつつあった。
この話をわたしに聞かせてくれたのは、一緒にパーティに参加したもう一人の女ともだちである。
「婚活パーティで挙げる映画にしては、アメリはアレだけど、けっこうガチ路線だね」
「映画が好きな人っていう参加条件だから、ある程度の映画マニアを自認してないと来ないんだなと思ったよ」
「M子はなんて言ったの?」
「ゴッドファーザー」
「なるほどね……。それくらいのラインが正解? むずかしいね」
「そうなんだよ、でね……」
最後に、岩波淳子の番がもう一度まわって来た。
「ヴァイブレータ」
M子によると、場は静まり返った。男性たちの顔からは表情がすっと消えた。
「何かへんな空気になったんだけど、岩波さん、それでもずっと、映画の魅力を熱心に語り続けていたんだよ」
「すごいね……」
初対面が10人ほど集まった婚活パーティの車座で、みな、それぞれ出方を探っている。
映画が好きで、どちらかといえば内向的だっただろう男女の集団。
そこへ岩波は自信満々に「ヴァイブレータ」という言葉を放ったのだ。それはいきなり投げ込まれた手榴弾ではないか。
わたしは思わず吹き出した。
「岩波らしいね……」
わたしが笑うと、M子もいまさら安心したように大声で笑った。
映画『ヴァイブレータ』は、2003年公開の日本映画だ。
人生の目的を見失って、アルコールに依存している30過ぎの女性ルポライター(寺島しのぶ)が、深夜のコンビニで、ひょうひょうとした空気をまとう長距離トラックドライバー(大森南朋)と出会い、いっときの旅づれとなる。
映画のストーリーには、大きな起伏はない。
誰もが知るような名作とは言えないだろう。多くの女性観客の心をつかんだというキャッチコピーがついていた。
わたしも実はこの映画を見てはいた。当時、後に結婚することになる恋人とは安定した付き合いをしていたし、岩波のこの話を聞いたころは、結婚して数年が経ち、けんかはしても仲のいい夫婦生活を送っていた。
人生の孤独とは無縁の日々だった。
のちに随分と経ってからDVDで見返してみたら、意外にもけっこう胸に染みた。
大森南朋が演じる、ただそばにいるだけのトラック運転手の優しさを、わたしもやっと味わえるようになっていた。
それにしても、岩波淳子の人生に対する真摯な態度には敬服してきた。
どんな場にいて、誰が相手でも、自分に正直にいるのが、自分と関わる人間に対する敬意だと彼女は考える。
仕事上でもそのスタンスだったから、扱いにくいと思われることも多いが、彼女を信頼する人からはいつも重宝がられていた。
岩波は、あの場で、自分を知ってもらうために、知り合うために、好きな映画の中から必死で一本を選び抜き、それがどんな名称のついたタイトルの映画であろうと発表した。そしてその良さを彼女なりに一生懸命に伝えたのだろう。
残念なことに、その場には彼女の言葉を受け止めるだけの、あの映画の大森南朋のような人物がいなかっただけのことだ。
そこから数えて5年後、婚活を続けていた岩波は、ひとりの恋人を探し当てた。そこからまた5年、バツイチで子どもがいることを理由に結婚をしぶっていたその恋人へ、ずっと真摯に語りつづけていた。
結婚を決めたときの、その恋人の安心しきった顔を見た。時間は必要なのだ。
ときどき思い出し笑いをしながら、脳トレのように考えてみる。
「婚活パーティで好きな映画を聞かれたときに、受けのいい映画って何だろう?」
これだというタイトルは、今だ思い浮かばない。
正解はおそらくないのだろう。
あなたがいちばん好きな映画をおしえてください。
あなたはあなたのままでいいんです。
***
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