集う場所は新宿ゴールデン街?
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:笠原 康夫(ライティング・ゼミ 日曜コース)
10秒前、9、8、……1、スタート! 3万人が一斉にスタートを切る。数百メートル先のスタートラインの上空で「ドドンッ」と大きく上がる号砲が腹に響く。市民ランナーのテンションは最高潮。だけど、その高揚感とは裏腹に3万人もの長い行列の中盤にいる私が走り出すまでにはしばし時間を要する。3月初旬の朝風は体の熱を奪っていく。ランニングTシャツ一枚では凍えそう。気持ちと体感のギャップに耐えることおよそ15分、ようやく牛歩のように進み始める。スタート地点の都庁の正面玄関前を通過し、先ほどまで空を舞っていた紙吹雪を新調したランニングシューズで踏みしめながら団子状態のまま靖国通りへ進んでいく。
東京マラソンのお馴染みの光景。ほどなく大ガードを越えて新宿三丁目方面へ。さらに進むこと7キロ付近。ランナーの群衆が少しずつばらけ始め、沿道の声援が少ないエリアへ。残り35キロ。スタートした時の高揚感も落ち着き、ふと違う感情が頭をよぎる。「あと35キロもあるのかぁ、なんでまた今年もエントリーしてしまったのかなぁ。」
今回の出走は、いつものランニング後の飲み会で酔った勢いで仲間の前でエントリーを宣言してしまったことに始まる。
マラソンに無関心の人から「何が面白くてお金払ってわざわざ苦しい思いをするのか?」と問われればさしづめこんな風に答えようか。完走した後の達成感、終わった後のお風呂の爽快感、健康維持のため……
だが、実のところ、一番の理由はランニング仲間と一緒に過ごす時間が快感だから。個人スポーツでありながら同じ趣味の仲間で思いを共有できる。
気のおけない話の合う仲間達が集まる。そう、いわば新宿ゴールデン街のような場所。
遡ること4年前。近所に新しく、墨田区と大手スポーツメーカーが運営するランニングステーション、いわゆるランステが誕生した。
20代の頃から幾度となく近所のスポーツクラブの会員になって通ってみたが、どうしてもしっくりこない。クラブには既に会員同士のコミュニティができており、新参者には敷居が高い。どれだけ通ってもそのコミュニティに溶け込むことはできず、アウェー感が消えることはなかった。
今回のランステは違った。通いはじめて数週間、顔見知りになったメンバーに誘われ、キックオフ会に参加した。期待半分、不安半分で顔を出してみると意外にも周囲のみんなも私と同じ心境のようだった。オープンしたての施設において、会員同士が親睦をはかれるようスタッフさんが会を催してくれたのだ。
この計らいは見事に当たった。この日をきっかけ会員同士のコミュニケーションが増えていった。皆、知らず知らず、一緒に運動を楽しめる仲間を求めていたのだろう。
数ヶ月もすると仲間が仲間を呼んで、輪が広がってきた。普段の生活ではお知り合いになれない顔ぶれ。共通の趣味を通じて、異なる業界や職業の人たちが集まっていった。
また、みんなでマラソン大会や駅伝に参加したりと活動の場がどんどん広がっていった。
そしてメンバーが集まれば何かと反省会やお疲れさん会などと称して毎回飲み会を楽しむ。走っている時間より、はるかに長い時間を飲み明かす。この時ばかりは日常の仕事から離れ、みんな和気あいあい心底楽しめる。
ストレス解消、体力強化で始めたランニングがいつしかコミュニケーションのツールに昇華していった。ランステは私に新しい出会いやきっかけを生み出してくれた。
そんな生活を過ごす中、突如として悲しい報せが届いた。コロナ禍において縮小営業が長引く中、とうとうランステが3月末をもって閉鎖されることに……
心の拠り所を奪われた。無趣味で会社以外の交流がほとんどない私にとって素の自分を発揮できる居心地の良い場所だった。
コロナ禍において、何でも身近で済ませることが多くなった世の中。リモートやオンラインのコミュニケーションが定着していくニューノーマル時代。この変化の流れは止まらない。
でもリアルに人が集うことや同じ空間で同じ時間を過ごすから新たに生まれるコトがある。人は人と接しながら、お互いを理解して承認し合って真のコミュニケーションが生まれる。
4月初めの隅田川沿い。一足早い開花を終えたソメイヨシノを見上げながらふと振り向けば、閉されたランステの看板がすでに下ろされていた。
春はお別れの季節。また出会いの季節。うっすら看板の痕跡が残るランステの壁を横目に見ながら集う場所を求めて、今日も1人自主練に励む。たくさんの出会いときっかけを作ってくれた「集う場所」に感謝を抱いて……
***
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