他人のおむすび問題は恋愛成就の鍵を握る
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記事:晏藤滉子(ライティング・ゼミ超通信コース)
誰かが握ったおむすびが食べられない。
私は子供の頃密かに悩んでいた。
母親の握ったおむすびしか食べられない。
正確に言うと他人が握ったおむすびを口にするのに抵抗があった。
それに気づいたのは小学1年生くらいの頃。当時はコンビニの個包装されたおむすびなんて代物はなく、素手に塩をつけて握ったおむすびが当たり前だった。
小学校入学を切っ掛けに、友達との交流は賑やかになった。休日には友人家族と共に潮干狩りに行ったり、動物園に行ったり、それは楽しい思い出だった。そんなお昼時には、友人母の手作りのおかずやおむすびを「どうぞ♪」と勧められる。大好きな友人母の手作りなのに、とても有難いことなのに・・・・・・私は正直辛かった。心の中で一瞬固まりながらも、その気配を周囲に悟られてはいけないと、子供ながらに察知していた。私は笑顔で「ありがとう! でもお菓子食べ過ぎちゃってあんまりお腹空いてないの」と、何とか一個のおむすびを口に収めた。
母親以外の人が握ったおむすびが食べられない。
それは誰にも言えないことだった。
潔癖すぎるのか・・・・・・いや、そこまでではないだろう。普段はいい加減と言われるくらいで、おやつ前に手洗いを忘れてしまうことすらあった。友人母はきちんと料理を作る人で安心して美味しく食べられる。でも、おむすびだけはダメなのだ。自分のことにも関わらず、その原因は分からない。
好意で作ってくれたのに、笑顔で勧めてくれたのに、それは頭では充分理解している。でも、どうにも心や身体は反応してしまう。
私は人の好意が受け取れない冷たい人間なのかもしれない・・・・・・そう自分自身に烙印を押した。
ずっと、こんな悩みなんて私くらいのものだろうと思い込んでいた。
自分の秘密を抱え込むことで、周囲が見えなくなっていたのかもしれない。
ふとしたことから、意外にも「お仲間」の存在に気が付いた。
それは久しぶりに会った友人達との、取りとめのない会話が発端だった。
「うちの子ね、コンビニのおむすび以外はダメみたい。 私が握るのは渋々我慢してたみたいね、残すと怒られるから。カミングアウトされてビックリしちゃった」
「へー、そうなの」私はしらばっくれて会話に加わった。
「でもね、同級生でも結構いるみたい。男子に多い話かもしれないけど、潔癖なのかな?」
私の同類がいた。
それは大きな驚きであって、心の中ではウェルカムと大きく頷いている。
同席していた他の友人達も話に加わり、何故か盛り上がってきた。
「私もラップで巻いたものしか無理かも」
「ウチの旦那さんは、おむすびはもちろん、手作り料理全部ダメ。外食でも素朴な手作り感があるのはNG。実のお母さんのご飯も避けてるくらいだもの」
あ、結構どころか沢山いるの? それも私よりずっと強者じゃないか!
決して自慢できることではないが、ホッとしたのも正直なところ。
内心とても嬉しかったのだ。マイノリティだろうと自覚していた秘密だったから。
そうは言いながらも、手作り全般ダメというパターンでは、どんな食生活しているのだろうかと興味が湧いた。
「じゃ、外食やテイクアウトばっかり?」
「それがね、私が作った料理だけは最初から大丈夫だったの。旦那さんもお義母さんもそれは驚いてた。私だけ・・・・・・なんて私も感動しちゃってね」
「すごーい! 運命の出会い感じるよね」
同席した友人達は歓声をあげた。
「最初は確かに。でも結婚して10年も経つとそれが重たくて、ウンザリする時もあるの。外出したり、体調悪かったりしても作らなくちゃいけないような圧を感じるのよね。旦那さんの実家でお義母さんと一緒に料理を作っても、この料理は誰が作ったかのチェック入るんだもの」
「確かに。それは重過ぎるよね・・・・・・」
運命の出会いで盛り上がった女子会が、現実に引き戻されてしまった瞬間だった。
「他人のおむすび問題」、これは潔癖な気質が絡んでくる問題だろうと思っていた。私のように潔癖ではないという自覚があっても、心の奥底では自分が気づいていないだけの地雷があるのかもしれない。何らかの原因はある筈だ。
ただ、友人夫婦に見られるように、何故か恋人のおむすびは抵抗なく食べられる・・・・・・潔癖だけならば、恋人の手作りでもNGな筈。潔癖症とも違う要因があるのだろう。
最近のこと、60歳代とおぼしき男性からこんな話を聞いた。
この男性も、実は「他人のおむすび」がダメな人だったらしい。思春期の頃から何人もの女性と付き合ったそうだが、恋人でも素手で握ったおむすびはダメとのこと。ある時付き合い始めた女性が、お弁当を持参してきた。その時の彼は、何とも自然におむすびを食べた・・・・・・今から思い起こしても不思議な出来事だったらしい。結局トントン拍子に話が進み、その彼女が今の奥様とのこと。
「素手で握ったおむすびが食べられる」
出会ってから結婚に発展する流れの中で重要なキーワードなのかもしれない。
恋愛関係における「他人のおむすび問題」
それは潔癖症という要因だけではなく、「この人の握ったおむすびなら安心だ」という動物的勘がそれを左右するのではないか。理屈よりも、根拠のない直感・・・・・・それは感性の部分での一目惚れなのかもしれない。出会った二人が距離を縮めるには「安心して付き合える=心を許せる」は大切なことだ。それに「食べること」は一生続くもの。其れにまつわる動物的勘は侮れないものだ。
他人のおむすびを拒否する者にとって、その高い障壁をこえることは「相手をもっと知りたい。近づきたい」という情熱を体現することなのだろう。自分で作った壁を打ち破り相手に歩み寄る、人生にとって一大事なのだ。
おむすび問題の蚊帳の外にいる人にとっても、感覚的な相性は恋愛において鍵を握ることだろう。声のトーン、喋り方、肌感覚、匂いなど理屈で説明できない「何だか心地いい」は最大の決め手になる。
容姿や条件は時と共に移ろうけれど、感覚的な相性はそれをカバーするだけの影響力を持っている。
さて、私にとっての「他人のおむすび問題」。
そういえば20年以上、誰かが素手で握った塩むすびを勧められる場面に出くわしていない。理屈ではないだけに、正直どう反応するのかは自分でも予測できない。ちょっと厄介な個性を持っていたとしても、私はワタシなのだ。
確かなことは、握ってくれた人の想いは有難く、しっかり受け取ることだろう。もしかしたら笑顔で頬張っているのかもしれない。
あの頃から随分大人になった・・・・・・きっと大人なりの反応をするのだろう。
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