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メディアグランプリ

インドネシアの男と少女を通して


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記事:ごろ子(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「違う、俺が言ったのは2O(ツーオー)$だ」
さっきまでにこやかだったベチャドライバーの男の目が、精算時になると明らかに鋭くなり、急に乱暴な口調になった。ベチャとは人力車に自転車がドッキングしたようなインドネシアの街中タクシーである。2O(ツーオー)$? 聞いたことの無い表現に最初は何を言っているのか分からなかったが、よく聞くと男は20$を要求している。乗車する時は2$と交渉したはず。ツーじゃなくツーオーと言ったのだと言い、最初から20$で交渉したと主張している。因みにインドネシアでも20$を2O$なんて言わない。そう、騙されたのだ。
 
私はつい先ほどまで和やかなコミュニケーションを交わしたその男の豹変ぶりにショックを受けつつ、
「いや、あんたも、私も間違いなく2$で合意した」
と抵抗した。その日が旅の最終日だった私は、もう距離に対する乗車賃の相場を把握していたし、走った距離に対して20$はあまりにも見合わない事が分かっていた。しかし、勿論男も恫喝めいた表情と口調で20$払えと引き下がらない。往来の前で殴り掛かりこそしないが、手を上げる様なふりまでして、こちらを威嚇してくる。このような状況は日本でも勿論、海外でも遭遇したことが無かった。この後ホテルに着いて空港に立つまでの時間は、ゆっくりインドネシア最後のごはんを食べて旅の回想でもしようと思っていたのに。こんなところで不快な出来事に時間を費したくない。20$さっさと置いて立ち去ろうかと諦めかけて男をもう一度見た。
 
男の顔には余裕があった。多分、何度もやっている手慣れた手口なのだろう。私は最初から仕方なく20$置いて帰る客として、彼に見込まれてこのベチャに乗せられたのだ。そう思ったとたん、急に絶対に泣き寝入りしたくないという気持ちが湧き上がってきた。
「じゃあ、交番に行こう」
そう言っていた。
 
その旅行は社会人になって初めての旅行、そして初めてのアジアへの旅行だった。学生の頃は沢山バイトをして、安いチケットを見つけては海外を旅する事を繰り返していた。お金は無いけど時間は売るほどある。出来るだけ貯めて、出来るだけ遠く、出来るだけ色んな国へ。そうして社会人になってみると、ある程度の旅費は確保しやすくなるが逆にゆっくり旅をするだけの時間が無い。そういうわけで近場のアジア圏を選んだのだ。
 
それまで旅の途中で財布をすられたこともあったし、多少タクシーに遠回りをされていると感じたこともあった。でも、こんなにひどい目に遭ったと感じたことは無い。そして、なぜ私はこんな面倒くさい選択をしてしまうんだろう。そう思いながら男がすぐそこだと言う交番への道のりを歩いていた。
 
少し下町っぽい通りに入り、男の向かう先を疑い掛けたところで、17、18才くらいだろうか、少女がどこへ行くのかと話しかけてきた。この男と交番に行くのだと伝えると、彼女は男を一瞥し、それならこっちだと逆方向の交番まで導いてくれた。男は明らかに躊躇した様子だったが引き下がれないのか、しぶしぶついて来た。
 
交番に着いた私は警官に経緯を説明し、一方、男はぺこぺこと人懐っこく愛想を振り、現地の言葉で警官に何か釈明している。交番へ連れてきてくれた少女もまた現地語で警官と話し、私には理解できなかったが、私に応戦してくれている事は分かった。神かもしれない、と思った。最終的に私は最初に合意した2$だけを支払い交番を後にした。少女には何度何度もお礼をして別れた。
 
こうして無事帰路に着いた私だったが、何だかモヤモヤとした思いが残っていた。というのも男の顔が頭から離れなかったのである。今までの人生で、それほどの人の豹変ぶりを見たことが無かった。今日明日の稼ぎの為の、そのような振る舞いに接する機会が無かった。ショックを受けたのと同時に、この最終日の件を通して、実は私は初めてその土地をリアル感じたような気もしていた。日本ではあの男から受けたようなギラギラと必死な攻撃を受けることはそう経験しないだろう。そして、あの少女が私に向けたような、通りがかりの他人に対する積極的な関りにも出会わないかもしれない。日本とは違う。あの男も、私を助けてくれた少女も同じ町の住人であり、そこで人がどのように生きているかを知ることで、初めて本当にその土地を肌で感じられる気がした。
 
思えばそれまで私は旅行先から都合の良い心地良さだけを持ち帰ろうとしていたのかもしれない。それまでヨーロッパなど経済の豊かな国ばかりに行っていたのも、スタイリッシュで見栄えが良いものばかりを求めて旅をしていたからかもしれない。
 
その旅行を通して結果的に私の旅行先の選択肢は格段に増えた。というより、どこでも良くなった。その土地の人の暮らしぶりを出来るだけ知ることが旅の大きな醍醐味になった。相変わらず酷いぼったくりに遭う事もある。ただ、自分の国のようにはいかず嫌な思いをすることも含めて経験することで、その土地への理解が増える事もある。それは日本人同士のそれと同じで、欠点も多少引き受ける覚悟でなければ相手を深くは知れないということかもしれない。
 
 
 
 
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2021-05-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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