「迷惑をかけた方がいい」にはワケがある。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:Noka Yamaguchi(ライティング・ゼミ集中コース)
「ちょっとくらい、迷惑をかけた方がいんだよ」
娘は、私に背を向けながら、照れくさそうに言った。私に罪悪感を抱かせないための、娘なりの気遣いに思えた。娘を抱きしめたい衝動にかられたが、ソファに横たえた体を起こす元気は、私にはまだなかった。
時の流れは早いもので、もう、数年も前のことだ。当時、娘はまだ中学生だった。
私は珍しく風邪をひき、四十度近くにまで上がった熱にうなされていた。さすがに家事をこなす気力もなく、部活を終え帰宅した娘に頼るしかなかった。
「家事は私の仕事」とばかりに、一切の家事を担ってきた私は、娘に手伝ってもらうことに、かなり抵抗があった。だが、さすがに四十度の体では動けない。私は観念して、娘にこう言った。
「ほんとに申し訳ないんだけど、手伝ってくれる?」
娘は、「分かった」と一言言って、私の指示を待った。ほとんど家事をしたことがない娘。手伝うといっても、何をすればいいのか想像もつかないらしい。
私は、「ご飯を炊いて、おかずを一品作ってほしい」とお願いした。それくらいならできるはずだと、たかをくくっていたのだが、娘には通用しなかった。家庭科で習わなかったのだろうか? いや、そんなはずはない。
「米は、この容器で測るの?」
「ごしごし洗っていいの?」
「何回研げばいいの?」
逐一、聞いてくる。私は、娘に全く手伝いをさせてこなかったことを少し後悔しながら、米の炊き方を一から教えた。
おかずは、野菜炒めにすると言う。家庭科で習ったばかりだそうだ。揃わない材料があったが、代用品を指示して、なんとか完成させることができた。
「いただきます!」
娘は弟と一緒に食べ始めた。
「お姉ちゃんが作った野菜炒め、美味しいでしょ? 美味しいはず! 美味しいと言え!」
もはや、強制である。
弟は苦笑いしながら、美味しいと呟いた。
私は、ソファに横になったまま、その様子を、微笑ましく思いながら見ていた。
娘が食事の後片付けをしているとき、私は「迷惑をかけてごめんね」と娘に伝えた。そのとき、娘から返ってきた言葉が、冒頭のものだ。
「ちょっとくらい、迷惑をかけた方がいんだよ」
娘は少し間を置いて、こう続けた。
「お母さんが私に、全く迷惑をかけなかったら、私もお母さんに迷惑をかけづらいじゃん」
驚いた。迷惑をかけた方がいいなんて。生まれてこのかた、誰からも言われたことはなかった。思えば、親からも先生からも、私はこう教えられて育ってきたのだ。
「人に迷惑をかけてはいけません」
当たり前だと思っていた。だから、なるべく迷惑をかけないように気をつけていたし、迷惑をかけてしまったときは、なかなか立ち直れないほど落ち込んだ。
なのに、「迷惑をかけた方がいい」なんて!
その言葉は、四十度のぼろぼろの体を一瞬忘れさせるには充分な言葉だった。
そもそも、人に迷惑をかけて、怒られたり嫌われたりしたことって、今までにあったっけ? 素朴な疑問がわいた。
記憶力が悪い私は、一向に思い出せない。だが、人に迷惑をかけたときに優しくされた記憶は、すぐによみがえった。
重度の「うっかりさん」である私は、学生時代、よく教科書を忘れた。焦っている私に、隣の席の子が「一緒に見よう!」と机を寄せてくれた。そういう時、隣の席の子は必ず笑顔だった。(私が記憶を改ざんしていなければ、だが。)
職場で、ぎっくり腰になった時もそうだ。痛みに耐えながら仕事をこなしていたら、上司が声をかけてくれた。「そういうときは、無理をしなくてもいんだよ。仕事はみんなでフォローするから、病院に行ってきな!」と、これまた笑顔だった。(ウインクをしてくれたような気もするが、これは完全に妄想だろう。)
今まで迷惑をかけた場面をいろいろ思い出してみたら、私に迷惑をかけられた人はみんな、まさかの笑顔だった。迷惑をかけられて喜ぶって……。(もしや、ドMか?!)
これは徹底的に検証する必要がある。と、謎解きにワクワクしながら、今度は、私が迷惑をかけられた場面を思い起こしてみた。
上司から、「ほんとに申し訳ないんだけど、一時間だけ残業してもらえないかな? 今日、人手が足りなくて」とお願いされたとき、私はどう思ったんだっけ?
まずは、「いいですよ!」と笑顔で答えた。一時間くらいの残業なら、家事はなんとでもなる。
「ほんと? 助かった! 残業なしっていう契約なのに、ごめんね!」
上司には謝り倒されたが、私はその時、こう返事した。
「いえいえ、お役に立てて嬉しいです」
(にっこり)
これだ! そう、私は嬉しかったのだ!
迷惑をかけられると、人の役に立てる。だから嬉しい。人に迷惑をかけることは、人を喜ばせる行為だったのだ。もちろん、故意じゃない場合に限るけど。
娘だって、実は「もっと、お母さんの役に立ちたい!」と思って、あの言葉をかけてくれたのかもしれない。
人の本質は「愛」。そんな小っ恥ずかしい言葉が頭に浮かんだ。だって、私が本当に困ったとき、いつも誰かが助けてくれたから。見返りも求めず、ただただ役に立とうとしてくれたから。
それにしても、娘の家事能力のなさといったら……。一人暮らしをすることになったら、飢え死にするんじゃないかしら……。
あれ? そういえば、私も、実家にいるときはほとんど家事をしてなかったわ! (自分のことを棚にあげる癖が発動していた。あぶないあぶない)
私が家事をするようになったのは、大学生のときに一人暮らしをはじめてからだ。なんとか飢え死にせずに、今日まで生きている。
なんだ。じゃあ、娘も大丈夫じゃん。
人間、やらないといけない時がきたら、やるものである。
***
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
お問い合わせ
■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム
■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
■天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)
■天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
■天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00
■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」
〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168
■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」
〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325