いつかはやってくる。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:武田智幸(ライティング・ゼミ平日コース)
ピンポーン。
インターホンのモニター越しに、いつものお隣さんが立っていた。
「はーい」
コロナ禍で家にいる機会が増えると、なかなか友人と会うこともない。仲良いお隣さんからもらう新たなお店の情報やたわいない世間話の時間は、気が晴れる時間だった。
「突然なんですけど……、実は来月から夫婦で広島に移住することになって。それを伝えておこうと思って」
旦那さんが3年前位から地方の仕事に関わり、お互いに一人暮らしの状態であることは聞いていた。昨年コロナ禍でお互いに本格的なリモート体制に移行、兼ねてから考えていた夫婦での地方移住を決めたらしい。もう何年も夫婦別々の暮らしだったから、そりゃ一緒に過ごしたいのは当然のことだった。
「そうなんですか。寂しくなるけど、でも旦那さんと一緒に過ごせるならね」
「賃貸物件なんですけど、目の前に海が広がる絶景のある物件なんですよ」
すごい景色ですね〜なんて言いながら、新たな暮らしに期待するお隣さんの話を聞いていた。
「でも、一人だといろんな手続きが大変で」
「なんか手伝うことあったら言ってくださいね」
我が家とお隣さんの関係は、同時に販売開始された建て売り住宅の区画の隣同士、同時期に住み始めて約10年来の付き合いになる。ダンスが趣味で服装は個性的だったが、いつも平穏で飾らない性格の奥さんだったから、日常的な世間話、お互いの旅先のお土産交換、植物への水やりなど仲良くやっていた。鍵を会社に忘れた時など、我が家で一緒にご飯を食べたり、泊めたりすることもあった。
「たけださん、全て終わりました」
そして、あっという間に1ヶ月が過ぎ、引越しの日がやってきた。外に出ると、引っ越し会社への荷物の引き渡しを終えたお隣さんがお別れの挨拶をかけてくれた。
「今まで本当にお世話になりました。れいちゃん、明日からはカエルさんを私だと思って毎日可愛がってあげてね」
「うん、わかった」
お隣さんの玄関外にいつもあったカエルの置き物を3歳の娘に渡し、家族全員で写真を撮った。
「では、これから広島へ旅立ちます」
「長い間お世話になりました、広島行ってらっしゃい」
お隣さんは最後に玄関の鍵をかけて、新たな人生へと旅立っていった。
でも、まあお隣さんがいなくなっても、我が家の生活には変わりがない。
そう、思っていた。
しかし、その予想は外れた。
いざいなくなってみると、想像を遥かに超えた寂しさが僕の中に残った。
朝の「いってらっしゃい」
玄関を開けるガチャという音
在宅が分かる夜の電気の灯り
植物への水やり後の濡れた玄関
日常がないのだ。
それまで当たり前だった日常の光景や音がなくなったことで、お隣さんの暮らしの空気が、自分の日常の一つになっていたことに気づかされることになった。新築戸建ての購入だったから、無意識にお隣さんとはずっと一緒に過ごしていくものと思っていたのかもしれない。こうしたお隣さんの日常の気配を、もう二度と感じることができないという事実に戸惑っていた。
連絡を取ろうと思えばLINEがあるし、遊びに行くことだってできる。決して今生の別れでもないのに、お隣さんに感じるこの寂しさは一体どこからくるのだろう……。
僕たちはあまり意識しないが、日常の暮らしには、実に多くの人が登場している。そして、それらの人それぞれの空気とでもいうべきものがあって、彼らの空気を無意識で暮らしへ取り込んで生活しているように思う。
電車でいつも同じ車両にいる人、スーパーの店員、馴染みの喫茶店のお客さんなど。連絡を取り合ったり話をするほどの関係ではないのだが、自分の日常に出てくる人が意外と数多くいる。その人の気配を自分なりに感じて過ごしている。家族、友人、同僚、仕事仲間など大事にすべき存在は意識しているのかもしれないが、しかし実は意外と気づいていない、数多くの意識していない人たちによって、自分の暮らしの一部分は形成されているのかもしれないと思うのである。漫画や映画のサブのシーンにだけ出てくる、スタントのような存在とでもいうべき人たちだ。
そして、それらは失って初めてその存在に気づき、自分では一切コントロールできない類のものである。
僕はお隣さんのいなくなった寂しさを考えると同時に、周囲の密接な関係以外にも、あらゆる人との関係によって自分の暮らしが形成されているという気づきに至っていた。
今日も起きて玄関へ出ると、カエルの置き物が我が家の玄関外にいた。
思わずお隣さんの顔を思い出す。
「旦那さんとの新居での暮らしはどうですか?いいお店見つかりましたか?」
お隣さんの幸せな暮らしを願い、いつかまたたわいもない会話ができることがあったらいいなと思っている。
だが、こうして書いている時にも、お隣さんがいなくなって初めて感じるその存在のありがたさと、自分では一切コントロールができない歯痒さに、今も胸を締め付けるのである。
すべていつかはなくなってしまう……。
この大切な現実を、お隣さんは僕に教えてくれたような気がしている。
***
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