メディアグランプリ

落合博満に叱られた男

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記事:篁五郎(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
日米通算404本のホームランを打った男・中村紀洋は所属球団から選手として力のある時期に解雇通告を受けている。
 
それは2006年暮れの話である。前年メジャーで結果を残せずに帰国することになった中村紀洋はオリックスバファローズに入団をする。年俸は2億円。メジャーへ行く前は国内最高年俸の5億円をもらっていたのだから大幅に減俸されての契約だった。
 
それで結果を残したら再び昇給を狙えるところだが、手首のケガの影響で打率232.、ホームラン12本、打点45に終わった。ホームラン46本、132打点が自身の最高成績でホームラン王と打点王に輝いたことがある選手から見たら最低の成績である。その年の契約更改で中村とオリックスの主張は平行線を辿る。手首のケガは公傷(試合中や練習中にけがをしたこと)として年俸は据え置きを訴えたが、オリックス側は公傷を認めず、2億円から大幅に減俸の8千万円を提示。交渉は決裂し、自由契約となった。
 
世間の声は中村への批判の声ばかり。「わがまま」「自分のことしか考えてない」「カネが欲しいだけ」とぼろくそ。スポーツ新聞も「中村は終わった」と見出しを打ち、中村を終わった選手扱いした。
 
わがままとレッテルと張られた中村を取るチームはなかった。その中村に手を差し伸べたのが、当時の中日ドラゴンズの監督である落合博満である。落合は「彼も実績のあるプロ野球の宝だ。周りの偏見で一人の選手の可能性を潰すことは許されない」という信念のもと、中村を獲得したのだ。
 
しかし、提示した条件は中村のプライドを満足どころか、傷つけるものであった。
 
なぜなら、「育成契約」だからだ。プロ野球は一軍の試合に出場できる選手が限られている。支配下登録といって70人まで。それ以上に選手を抱えたない場合に育成契約というのが使われる。ところが育成契約は一軍の試合に出ることはできない。二軍の試合に出ることができるが、3年たっても支配下登録にならなければ解雇される立場だ。つまり、タイトルを獲得する選手に出すオファーではないということだ。しかも年俸は400万円。オリックスが提示した額の20分の1だった。
 
しかし、中村は中日と育成契約を結ぶ。「お金じゃないんです。野球ができる。それが一番なんですよ」と語った中村は、12球団1といわれる練習量を誇る中日の練習に食らいついていった。張り切って練習する中村に落合は一言声をかける。
 
「あんまり期待していないから」
 
それを聞いた中村は「その方が楽になりましたね。期待の裏返しかなっていう風に思って、その事を何とかあの~とってよかったなと、チームに呼んでよかったなっていう風に、最後に言われるように精一杯頑張って行きたい」と思い、必死になって白球を追いかけた。まるで野球が大好きな少年時代に戻ったかのように。
 
その姿を見た落合はシーズンが始まる前に中村と本契約を結ぶ。これで晴れて1軍の試合に出場できるようになったのだ。そしてチーム内の競争を勝ち抜き、三塁のポジションを獲得するまでになった。打撃も手首のケガが完全に癒えていないせいかホームランは減ったものの、勝負強い打撃でチームを勝利に貢献をしていた。
 
そんなオールスター前の甲子園球場で行われる阪神戦の前である出来事が起こる。その日の試合はデーゲーム(昼間に試合をすること)で、試合前に選手は落合からノックを受けていた。現役時代に三度の三冠王(打率、ホームラン。打点がリーグトップの成績)を取った落合は、卓越した打撃技術で選手を左右に動かすためにバットを振っていた。その狙いは体を起こすためである。前日はナイター(夜に試合をすること)で体が重たくなっているのを試合前にノックで体を動かすことで軽くさせていたのだ。だからグローブを出しても取れるか取れないかギリギリのところへ打つ。落合の意図がわかっている選手は取れなくても必死にボールへ食らいつく。しかし、中村は途中でボールを追うのを止めてしまった。
 
「なんでこんな取れないところに打つんだ?」
 
中村の顔にはありありと不満の色が浮かんでいたという。落合は、その日のスタメンから中村を外し、試合後に監督室へと呼んだ。
 
「お前、なんで今日外れたのかわかるか?」
 
そう問い詰めると中村は不貞腐れた顔をして
 
「わかりません」
 
と答える。それから落合はスタメンを外した理由、今はキャンプの頃にあった一生懸命ボールを追いかけている姿と程遠いこと。何より「試合に出て当たり前」という態度は慢心していると見て呼び出したのだ。
 
落合の言葉を聞いた中村は中日に来た頃を思い出し、涙を流して謝罪をした。
 
それから中村は変わった。ノックを受けても不満一つに見せずにボールを追いかけた。試合にスタートから出られなくてもベンチで声を出し、チームを盛り上げた。その姿を見た他のチームメイトも中村を認めるようになった。
 
そして、中日ドラゴンズは日本シリーズに出場。パリーグ代表の北海道日本ハムファイターズに4勝1敗で勝利をして52年ぶりの日本一になる。立役者の1人が中村である。シリーズMVPに輝いたのだ。オリックスを追い出され、育成契約から這い上がった男が栄冠を一つ手に入れた。
 
インタビューで中村は涙を流しながら「ホントにドラゴンズさん感謝しています。ありがとうございます」とお礼の言葉を述べた。嫌われ者がヒーローになった瞬間である。その後、中村は2000安打を達成し、球界に名を残す選手となった。それも、あの時に落合博満が声をかけなければ選手生命は絶えていただろう。働き場所を与える。それも指導者には必要だと落合は教えてくれた。
 
 
 
 
***

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2021-06-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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