メディアグランプリ

満員電車からの解放


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記事:伊藤瞳子(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
朝の通勤はなかなか攻略できないゲームのようだ。
朝、私は子供二人を電動自転車の前と後ろに乗せ、踏切を一つ越えて保育園に行く。
自宅マンションからは右手と左手、2つの踏切のどちらからわたっても保育園に行ける。
今日はどっちから攻める?
出た時間によって、開く確率の高い踏切を予想して踏切に向かう。
いつもならこの電車が行ったら開くはずなのに。
今日は電車の遅延のせいで、反対車線からの電車が遅れ、まだ開かない。
あっちの踏切に行っていれば開いてたなあ。失敗した。
また電車遅延か。イライラする。
 
やっと子供たちを保育園に送り届け、今度は私が電車に乗る番だ。
それなりに作戦を立てて臨む。
路線によって、少しでも空いている車両をリサーチし、そこに並ぶ。
前の方か、後ろの方の、乗り換えの階段からから遠いところの方が少し空くのだ。
ハイヒールの女の人の近くに来てしまったときは足元に十分気を付ける。
電車が急停車した時に、よろけた女の人のハイヒールに踏まれたことがあるからだ。
あの時は骨が折れたかと思った。
よろけそうな女の人をぐいっと押して、こっちに倒れてこないようにする。
痴漢にあったこともある。
女性専用車両があったらなるべくそこに乗り込む。
時間があれば、急行電車には乗らない。
少しでも空いている各駅停車に乗る。
もっと時間のある時は次の電車の列に並ぶ。
 
毎朝の通勤時間を無駄にしないよう、なるべく勉強の本を読もう。
そう思っても、そんな余裕はない。
ただ人と人の間に挟まって、揺れる電車に身を預けて過ごす。
今はオーディオブックが発達したので、イヤフォンで聴くことならできるかもしれないが、満員電車の中ではイヤフォンだって外れかねない。外れたイヤフォンを耳に入れなおすことも困難だ。
 
電車の乗り換えの距離は結構長く、途中何度も階段があり、とにかく歩かないといけない。
夕方になると足がむくんで、痛かった。
重い荷物を肩にかけて通勤していたので、年中肩こりがひどかった。
駅ビルのマッサージ屋さんの、肩と足の15分コースによく行っていたものだ。
電車通勤は心も体もストレスだった。
 
電車の遅延の理由は毎日いろいろあるのだろうが、だいたいは駆け込み乗車ではないかと思う。私は忘れられない駆け込み乗車に出くわしたことがある。
 
その日もある男性が、満員電車が閉まる間際に滑り込んできた。
また駆け込み乗車だ。
ぎりぎり入れたようだが、何か挟まってしまったようだ。
ちらりと見ると、なんと髪の毛が挟まってしまった。
その男性は一生けん命頭を引っ張った。
とれた!
というか外れた!
カツラが。
そう、カツラだけがぶらーんと、扉に挟まれている状態になった。
男性はしばらくカツラを引っ張ったが、諦め、腕を組み、目をつぶった。
そうだ、次の駅で扉が開いた時にとればいい。
しかし、電車は一向に次の駅に出発しない。
ホームから扉に髪の毛が挟まっているのを見た、他のお客さんが、人が挟まれたと思い、非常停止ボタンを押してしまったのだ。
駅員さんが走ってきた。
挟まれたお客様を救出すべく、扉を両手でグイっと開けた。
と同時に、駅員さんの目の前で、髪の毛だけが、電車とホームの隙間へと吸い込まれていった。
駅員さんは自分の過ちに気が付いた。
それから駅員さんのカツラの救出作業が始まった。
マジックハンドを持ってきて、隙間からそれを挟んで引っ張り上げた。
カツラは無事、持ち主に返された。
男性はそれをかぶらず、カバンの中にしまい、カバンを抱えて、目を閉じた。
隣の女子高生のスマホをチラ見すると「カツラが線路に落っこちたせいで、電車が止まった」とツイートしていた。
私も慌てて職場の秘書さんにメールする。
「また電車が遅れてしまいました。遅れます。」
電車は15分遅れで出発し、車掌のアナウンスが入った。
この状況をいったいどう説明するのだろう。
車内の乗客たちは聞き耳を立てていた。
「先ほど非常停止ボタンが押されたため、安全確認のため停車いたしました。
お客様の『お荷物』が線路に落下しましたが、安全確認が取れましたので、15分遅れで○○駅を出発致しました。お客様にはお急ぎのところ大変ご迷惑をおかけし致しました」
 
笑いをこらえるのに一苦労だった。
カツラを『お荷物』と表現したところは気が利いていると思ったが、その『お荷物』が線路に落下したのは駅員さんのせいだった。
 
あとにもさきにもこれほど印象的な電車の遅延の原因はない。
 
私は5年前に岩手に引っ越した。
以来満員電車には乗っていない。
電車は東京ほど発達していないので、車社会なのだ。
こちらでは一家に1台ではなく、ひとり1台車を持つ。
駐車場を借りるのもほとんどお金はかからない。
私はペーパードライバーだったが、岩手にきてから運転するようになった。
最初は慣れないので、コンパクトカーに乗っていた。
保育園の駐車場に停めるのも、隣の車にぶつけてしまうのではないかと心配だった。
それが今では慣れたもので、7人乗りの大きな車を運転している。
雨の日の保育園の送り迎えも、帰りにスーパーによることも楽勝だ。
お店には駐車場が必ずと言っていいほど用意されているので、歩くことはほとんどない。
荷物を肩にかける必要もなく、肩こりも、足のむくみもなくなった。
開かずの踏切からも、満員電車からも解放された私は、
仕事にも遅れなくなったし、自分ではどうしようもない電車の遅延にイライラすることもなくなった。
 
もう攻略できないゲームに挑む必要はなくなったのだ。
 
今でもたまに満員電車の朝を思い出すことがある。
今日もどこかでカツラが挟まっているのかな、と思う。
 
 
 
 
***
 
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2021-06-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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