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メディアグランプリ

研ぎ澄まされた時間の過ごし方

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:美馬裕子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「大丈夫。できる、できる、できる」
舞台袖でたたずむ私はずっとブツブツ呟いていた。ピアノ演奏の本番はいつも緊張する。どんな小さな演奏会であっても、コンクールであっても舞台から逃げ出したくなる。
 
私が緊張を知らなかったのは小学生までで、当時発表会やコンクールといえば私にとっては「人から高く評価される場」であり、本番が終わると「あー終わった! これで練習しなくてすむ!」という思いしかなかった。
中学校の時、急に「緊張」というものが始まった。というか「大失敗」をしてから「緊張」が始まった。
それはコンクールの本番、練習ではなんの問題もなく弾けていた左手のフレーズがすこーんと抜けてしまったのだ。
咄嗟に「ヤバい」と思った私は右手のみで弾き続けた。もちろん賞は獲ることはできず、私は人生で初めて賞を逃した。
私より母がえらく落ち込んだ。黙りこくって何もしゃべらない。「私が練習をもっとさせておけば……」と自分を責めだしたのだ。
そこから異常に本番が恐くなった。
 
もちろん「緊張」というものは、自身を研ぎ澄ましてくれる大事なものである。
でも当時の私は「緊張」していることに更に「緊張」し、まさに悪循環だった。今、思うと私にメンタルを教えてくれる人がいたらどれだけ良かっただろう。先生達はピアノの技術は教えてくれたが細やかなメンタル面は教えてくれなかった。
 
高校も音楽科のある高校へ、大学も音大へ、私の人生は「音楽三昧」だったけど本番への恐怖は何回の本番を迎えてもぬぐえなかった。
慣れようとたくさんコンクールに出たり、在学中からコンサートを主催したりもした。
 
そんな中、私を緊張という恐怖から救ってくれた体験が2つある。
 
ひとつは大学在学中、イタリアに音楽短期留学をした際に現地の学生たちと仲良くなったこと。彼等は心の底から音楽が好きで、ずっと練習しているような人達だった。私は正直、親にピアノをやらされている感がずっとあったので彼等がとてもうらやましかった。
彼等と一緒に過ごし「Hirokoのピアノはいいね」と褒められ続けると、私も彼等みたいに音楽を楽しめる気がしてきた。
ずっとやらされていたピアノだが、そこから初めて「楽しもう」と思えるものに変わった。
その留学から本番の恐怖に怯えた時は、彼等の笑顔を思い出すようにした。
 
ふたつ目は、それこそメンタルについて教えてもらった時だ。
人はどうしてもネガティブな情報に目がいってしまう。確かに私も本番中に「もうダメかもしれない」と思った直後に、どーーん! と大きなミスを犯してしまうことが多かった。
「間違えちゃいけない、ミスしてはいけない!」人間の心理としてどうしても思ってしまうことで、このネガティブが発動すると潜在意識的に「ん? ミスをしたいのですね?」と心の悪魔が囁いて、ミスを誘導するのだ。なので本番中にネガティブな言葉が心の中に出たら「はっ!」とそんな自分に気づいて「大丈夫、きっと大丈夫、こんなにも練習した、素敵な音楽をみんなに届けよう」と思うように務めた。
 
スピードスケートの小平奈緒選手も本番のレースの時間感覚がとてもゆっくりで、ゴールする直前も矛盾しているようだが、まだゴールしたくない。この楽しい時間をもっと過ごしていたいからずっと滑っていたいと思っている。という話を2018年の平昌オリンピック後のTVインタビューで聞いた。
 
私もこの小平選手の言葉はわかる気がする。
本番とはスローモーションだ。私の場合は数分、小平選手は数秒の話だが、頭をよぎる単語の数は果てしなく多い。
1秒の間に、次の音はこれで、場所はここで、情景はこうで、身体の姿勢はこうで、あぁ緊張する、間違っては……いやいやそんなこと考えちゃいけない、この曲の良さをお客さんに届けることだけに集中しよう、私はこの曲が好きでみんなに紹介したくて選んだのだから、私は大丈夫、きっと大丈夫。
普段は考えない量の単語を頭の中で唱える。
小平選手も足の角度や体重の持っていきかた、レースの際に考えることが全て決まっているのだと思う。
 
そして緊張に打ち勝つことを心がけるようになってからは「自分を信じる」ことが多くなった。
これだけ練習したから大丈夫や、お客さんは全員私のことを応援してくれている、と思うようになった。
実際敵がいる場というのはピアノで言えばコンクールなのだけど、コンクールであっても自分を応援してくれる身内はいるし、審査員は意外と心の底からいい演奏聞かせてね、がんばってね! と思ってくれている人が多い。
コンクールの前後に当たった人にも感謝するようになった。私は自分の前がうまい人だとラッキー! とテンションがあがる。このいい雰囲気を作ってくれてありがとう! その雰囲気は私が引き継ぎます! と思うからだ。
きっとネガティブの反対でどんな状況もポジティブに考えるとポジティブに引っ張られるようになるのだと思う。
 
そして弾く前、弾いた後のお辞儀も私は満面の笑みを浮かべてお辞儀するようになった。例えどんな演奏であっても「聞いてくれてありがとう、このピアノで弾けて嬉しい」という気持ちのほうが大きいからだ。笑顔は技術もなにも必要ない、最高のパフォーマンスだ。
 
これからも私の音楽人生はたくさんの本番を迎えると思う。毎回緊張するだろう。でも緊張を感じることができるってとても贅沢なことではないか? とも思う。
タモリさんも「いいとも!」や「ミュージックステーション」生放送というのはいつも緊張するが、緊張を体感させてくれる仕事に感謝している、という話をしていた。
 
私も研ぎ澄ましたスローモーションの時間を体感するため、本番に向けて今日も練習する。
 
 
 
 
***
 
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2021-07-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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