メディアグランプリ

熱闘が蒔いたタネ


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記事:Hisanari Yonebayashi(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
僕は勉強にもスポーツにも熱くなることが無く、イベントにも緩やかに参加するだけの斜に構えた高校生活を過ごしていた。それはそれで良しと思いつつも、実は熱くなっている奴らのことは少しうらやましく思っていた。
 
 
僕の母校の野球部は甲子園や全国大会の経験などはなく県大会の決勝戦に遠い昔、一度だけ進んだことがあるといった実力だった。
 
その日は平日で普通に授業もあったのだが、僕は一人、学校を抜け出し、野球部の地区予選の応援に行った。青く広い空が学校をサボった解放感と相まって晴れやかな気分だった。学校関係者や保護者に会わないように僕は少し離れた芝生のスタンドに寝そべるとバックを枕に観戦を始めた。3年生の時のクラスには野球部の奴が5人もいてそこそこ仲が良かったのだ。
 
グラウンドにはいつもの連中のいつもは見られぬ真剣な顔が並んでいた。
 
この試合は地区予選の準決勝。県大会まではあと2勝だ。3年生は負けるとそれが引退試合になる。彼らの3年間の集大成がここにあるのだ。
 
チアガールもなく応援団もいないスタンドは閑散としたものだった。
 
 
実は僕は母校の対戦校の投手、大山田とは中学の時の友達だった。彼はその中学の弱小だった野球部を右腕一本で県大会に行かせた実力者なのである。
 
高校進学の選択肢はたくさんあったはずなのだが、彼は地元公立の工業高校を選んだ。家庭に事情でもあったのだろうか? 誰もがもったいない。とため息をつくような選択だった。
 
強豪校とはいえない工業高校だったが彼の入学と同時に各高校野球部からマークされる高校にまでなった。
ただ、残念ながら点の取れないチームだったので県大会には出場するのだが2回戦止まりの成績だった。
 
今回の対戦、僕の母校のテーマは大山田攻略のみだった。僕は母校を応援しつつ、大山田のことも心のどこかで応援していた。
 
 
やはり、大山田攻略は簡単ではなかった。スコアボードにはゼロが並んだ。
 
そして、8回の裏、僕の高校の攻撃。
ついに均衡は破れた。
 
金属バットがカキーンと大山田の投げた硬球を弾き飛ばし、僕のクラスメイトがホームベースを踏んだ。
 
大山田はキャッチャーの後ろに立って踏まれたホームベースを呆然と見つめていた。
 
審判に肩を叩かれ、やっと大山田はマウンドに戻った。
 
そのヒット以降は怒涛の攻撃になった。打者は一巡しスコアボードの数字は次々と書き換えられていった。
 
「大山田―! 肩の力抜け―!」
 
工業高校の監督の声が球場に響く。大山田は表情を失い、肩を上下に揺らしながら天を仰いでいた。
 
「大山田―! そうだ! 力を抜くんだー!」
 
監督の声はスタンドまで聞こえてきた。ツーアウトは取ったがなおも満塁。後1点でコールドゲームになる。大山田は何度もベンチの監督を見ていた。
 
監督! もう代えてください! 限界です。
 
僕にはそう訴えているように見えた。
 
でも、工業高校の監督は動かない。大きく首を横に振り、そして大きく笑顔でうなずいた。
 
地区予選から勝ち上がったことのない工業高校が大山田の右腕だけで3年間、県大会に進んできたのだ。最後は勝っても負けても大山田で終わる。ということなのだろうか。
 
大山田は泣いているようにみえた。
何度も何度も袖で汗をぬぐいながらキャッチャーのサインをのぞき込んでいた。
 
それはとても見ていられないような残酷な光景だった。
 
大山田もそのチームメイトも工業高校の選手は完全に集中力が切れていた。
 
まもなく1点が入りコールドゲームで試合は終了した。
 
グローブで顔を隠しマウンドに立ち尽くしている大山田をチームメイトが抱えて整列させていた。
 
大山田の高校野球生活が終わった。この試合が彼の公式戦の引退試合になったはずだ。
 
 
その後、僕の母校は県大会に進んだが、1回戦で敗退し、僕のクラスメイトも野球部を引退した。
 
そして僕らは高校卒業まであと半年あまりを残すだけとなった。
 
 
~秋~
 
 
街で大山田に会った。
 
ちょっと伸びた坊主頭にはパーマがかかっていた。爽やか野球小僧は一端の工業高校ワル風情になっていた。
 
そして、大山田の横にはうっすらと化粧をした茶髪の女子高生が立っていた。
 
「ヤマッチョ!」
 
僕が中学時代の呼び名で声をかけると大山田は振り向いた。
 
「おー! ヤマッチョは止めてくれよ!」
 
「なぁに? ヤマッチョって!?」
 
大山田の彼女がクスクス笑っていた。
 
「最後の試合見てたぞ」
 
「そっか、いたんだ」
 
大山田はバツが悪そうに答えた。
 
「俺の実力はあんなもんだよ。1本打たれた後の事はあまり覚えてないくらいなんだ。燃え尽きたって感じ」
 
「これから野球はどうするの?」
 
「もう、いいでしょ! 板前修業が始まってるし」
 
「そうなんだ……。がんばれよな」
 
「お前は大学に行くんだろ? だから受験か?」
 
「うん」
 
「お前も頑張れよ」
 
「ありがと」
 
別れ際に僕に軽く会釈した大山田の彼女はめちゃくちゃ可愛かった。
 
野球やっておけば良かった……
 
 
僕は心の隅をくすぐられたようにムズムズとした感情が湧き上がっていた。そして何度も振り向き、人ごみに紛れ、小さくなっていく二人のシルエットを目で追ったのだった。
 
おーなんか! 受験勉強しなきゃ!
 
熱闘の蒔いた種が僕の心に新たな熱闘を芽吹かせていた
 
 
 
 
***
 
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2021-07-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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