お節介な転校生
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:岡 幸子(ライティング・ゼミ超通信コース)
「学校が嫌なわけじゃないんです」
その生徒の言葉は意外だった。
私が彼女の新しい担任になってから、2ヵ月が過ぎていた。
前の担任と保護者から、遅刻欠席が多いのは学校への不満が大きいからだと聞いていた。
違うなら、いったい何が原因なのだろう?
「学校への不満が原因で勉強に集中できない。そのせいで心身の不調がある、そう聞いてるけど」
「勉強が手につかないのも、朝起きて調子悪いのも本当です。でも、最近の不調は親からの干渉がひどいせいなんです」
聞けば、彼女の家では門限やスマホの使用時間など決まりごとが多く、守れないとペナルティが課されるという。それが心の重荷になって、気持ちがふさいでしまうということだった。次の考査で成績が悪かったら、付き合い始めたばかりの彼氏とも別れなければならない。そんなルールも一方的に決められてしまったらしい。
聞いているうちに、私はすっかり彼女に同情してしまった。
そこで、彼女の心の重荷が少しでも軽くなる方法を、一緒に考えることにした。
「干渉されるのが嫌だって、親に言えないの?」
私は、そう聞いてみた。
すると、彼女は、
「すぐ怒るし。ペナルティは『あなたのためだから』って言われてるので……」
と力なく答えてきた。
「自分で言いにくいなら、担任の私からメールしてみようか。一番の心配は、テストに関するペナルティかな? 心の重荷が軽くなったら、体の不調も改善するかも知れないね」
「はい! お願いします!」
彼女の嬉しそうな顔を見て、私も一緒に嬉しくなった。
放課後、保護者に送るメール文を考え、先に彼女に送ってみた。
「これでいいです! よろしくお願いします!」
という返事がきた。
このメールで彼女の心の重荷が少しでも軽くなればいい。そう思ったが、保護者への送信ボタンを押す前に手が止まった。
頭の片隅で警告音が鳴っていた。
何か大切なことを忘れているような気がした。
それで、とりあえず今日は送信しないと決めて学校を出た。
帰宅途中、スマホをチェックしていると、あるお母さんがFacebookに上げた投稿が目に留まった。
小学生の息子がやんちゃで落ち着きがない。担任の先生が連絡帳に書いてくるコメントを読むのが辛い、そんな内容だった。
心臓が跳ね上がった。
担任から意見されることは、保護者にとって超大型台風に襲われるようなものだ。
その昔、まだ2歳児だった自分の子供で経験したではないか。
当時、息子は1年たっても保育所に馴染めず、登園時に大泣きしていた。
泣き止んでもかなりの時間、壁際でぼーっとしていることが多かった。
「帰りにお時間をください」
ある日、保育所の主任先生に言われた。
何だろうと待っていると、息子を担当している5人の先生が、私を囲むようにして座った。そうして順番に、『息子のここが心配』、『あそこが他の子と違う』と、思い思いの意見を述べた。最後に、主任先生が締めくくった。
「このままでは〇ちゃんの将来が心配です。連絡帳にやんわりと書いてきたのですが、伝わらなかったようなので、今日は直接お話させてもらいました」
そういえば。
連絡帳には、色々な指示が書いてあった。
『就寝時間が遅いから早くせよ』、『朝食はパンよりご飯がいい』、『休日は外遊びに連れ出すべし』……。あれは全部、私へのメッセージだったのだ。
家では活発に遊んでいたので、保育所の様子がおかしくても、特に気にしていなかった。
息子だけでなく、私もぼーっとしていた。
こんな風に保育所の先生からお説教をされる保護者が、日本に何人いるだろう。
私の子育ては、それほどお粗末だったのか。
息子のことを、保育士の先生がプロとして本気で心配してくれたのだ。
私は、そう頭では理解できた。その反面、自分の2年間の子育てを全否定されたような気持ちになった。情けなくて、しばらく立ち直れないほど落ち込んだ。
あの日、心に誓ったではないか。
2歳児の子育てに意見されただけでも、心にこれほどの嵐が吹き荒れるのだ。
高校生の保護者ともなれば、15年以上子育てを続けてきたベテランだ。
どんな生徒にもいい所はあるのだから、保護者には絶対に敬意を払おう。
必要なときは、保護者の気持ちに寄り添った言葉がけをしよう。
そう思ったはずなのに。
月日がたち、あの日の気持ちを忘れていた。
これが頭の中で鳴っていた警告音の正体だった。
生徒の気持ちに共感するのはいい。
だからといって、担任が不用意に生徒の代弁者になってはいけないのだ。
保護者はこれまでも、これから先も、その生徒の一番身近な存在なのだから。
例えるなら保護者は、その生徒が生まれた時からの親友だ。
担任は、この春突然やってきた転校生のようなものだ。
親友同士にも、行き違いはある。
一方が良かれと思って世話を焼いていることが、他方には重荷になることだってある。
それを転校生に話したら、
「私が言ってあげる」
とお節介を焼いて、
「重荷だからやめてあげて」
と言ってしまった。
言われた方はこう思うだろう。
「どうして直接言ってくれなかったの? あの子に話せて私に話せないなんて悲しい。私たち親友だったはずなのに」
傷ついて、友情にひびが入ってしまうかも知れない。
私は、お節介な転校生として、危うく保護者を傷つけるところだった。
翌日、彼女を呼び出し、この例え話をした。
「だから、転校生である担任から言うより、自分の口からご両親に話した方がいいと思うのよ。どう思う?」
「まあ、そう思います」
「ご両親に自分から話せそう?」
「やってみます」
二日後、掃除の時間に聞いてみた。
「どう、話せた?」
「話せました」
「すごい! 勇気出したね」
「昨日の夜、母から『今、一番辛いことは何?』って聞いてくれたんです」
「わかってくれたかなあ?」
「多分……。むっとしてましたけど」
ほっとした。
彼女には、私の助けなど必要なかった。
その気になれば親友たちは、お節介な転校生がいなくても分かり合えるのだ。
これからも、親友たちが仲良くやっていけるように見守ることにしよう。
昨日より明るい笑顔の彼女を見て、私はそう思った。
***
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