メディアグランプリ

ありがとう、キャメロン


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:とわにこ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
わたしはペットを飼ったことがなかった。
 
小学校からの下校途中、子犬がクーンクーンと助けを求めてきた。事故に遭わないか心配しながら歩いていたが、しまいに家まで着いてきたことがあった。生後3ヶ月くらいだったろうか。犬種はシーズーか、その血がいくばくか入った雑種のいずれかだったように思う。
ペットを飼うことを頑なに拒んできた母も、行き場のないか弱い子犬を見て、いや、見つめられて、
「飼い主が見つからなかったら飼おうか」
と、渋々ながら革新的な提案をしてきた。いつぞやのCMのようだ。
 
実家の周囲は戸建てが多く、庭を構えているお宅も多かった。約30年前なので、母親は専業主婦という家庭が多く、近所にはたくさんのペットたちが暮らしていた。
 
わたしはペットを飼うことが夢だった。特に、犬と遊ぶことが大好きで、30分ほどかかる下校中、会う犬会う犬と戯れるのが日課だった。
 
ついに我が家にも犬がやってくる。
しかもこんなに可愛い子犬が。わたしを頼って家にまで着いてきたこの子と、一緒に暮らしていけるなんて。
 
興奮は止まないまま日が暮れてきた。期待が確信に変わってきたその時、わたしの目の前は真っ暗になった。
 
「隣りの隣りのうちの子だったよ。」
 
母は安堵感をたたえ、薄笑いを浮かべながらわたしに報告してきた。
わたしの夢は、ほんの2時間で粉々に砕かれた。
 
 
その後もペットを飼うことに縁はなかった。
相変わらずよそのお宅の犬たちと戯れる日々。特別仲良くなった犬もいたが、その関係性だけでは満足できなかった。
欲求不満をそのままに大人になり、一人暮らしを始め、仕事も始めた。欲求不満は埋没し、ペットを飼うことは異世界のことのように感じるまでになった。
 
 
2018年夏。
わたしはキャメロンと出会った。
 
それは、当時5歳だった息子と、近所の公園で遊んだ帰りだった。
その公園はまさに都会のオアシス。たくさんの自然と生き物が息吹いていた。
 
帰り道の横断歩道は押しボタン式で、黄色いボックスに目を向けたその時、そこにキャメロンはいた。
 
全長約2センチ。背中は黒く、そのふちには格子のような柄が入っていた。背中の模様は、人の顔のようにも見えた。そうだ、熊本県の郷土玩具、おばけの金太にそっくりだ。
お腹はボーダー柄。ボーダー柄のTシャツは苦手だ。おしゃれとやぼったさの境目が曖昧だからだ。しかしそのお腹のボーダー柄は、間違いなくおしゃれでかっこよかった。
 
キャメロンは、キマダラカメムシといって、台湾にルーツを持つ、カメムシの仲間だった。
 
その時は、なんという虫かは分からなかった。ただただ、黄色いボックスに映える黒い昆虫に釘付けになり、元来昆虫好きなわたしは、息子とその出会いを喜び、迷わず家に連れて帰った。
 
さて今日からキャメロンとの生活が始まる。わたしにとっても、息子にとっても、初めてのペットだ。小さくてカラフルな虫かごが、キャメロンのおうちになった。
 
図鑑などで調べると、木の葉などを食べるということだったので、キャメロンと出会った横断歩道付近の木の葉を集めて虫かごに入れた。警戒しているのか、キャメロンはあまり関心を向けてはくれなかった。
色々な葉や枝を与えてみた結果、ミントの枝への反応がよく、近づいていっては、触覚のようなものを伸ばし、食事をしているようだった。
 
その頃には、わたしも息子も、キャメロンに首ったけだった。
 
おはよう、いってきます、ただいま、おかえり、おやすみ。
キャメロンと交わされる挨拶。
かわいいね、大好きだよ、ずっと元気でいてね。
5歳の息子に芽生えた、種族を超えた愛。
 
生き物を想う息子への敬意や、成長の喜びに、胸がジーンとなる日々だった。キャメロンが来てくれたおかげで、親子の愛まで深く強くなった。
 
 
夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬も過ぎて、桜の開花が間近に感じられるようになった頃、ついにその日はきた。
 
キャメロンが動かない。
 
息子が寝たあと、おやすみの挨拶をしようと虫かごを覗いたら、キャメロンは天寿を全うしていた。わたしは、声を殺して泣いた。そして心の中でごめんねと叫んだ。
キャメロンがいる生活が当たり前になり、その前日から様子をみていなかったからだ。
 
キャメロンは一人で死んでしまった。
 
翌朝、キャメロンが死んでしまったことを息子に告げると、彼は取り乱して泣いた。その姿を見て、私も堪えきれず、声を上げて泣いた。泣きながら、わたしは怖かった。キャメロンはきっと、わたしを恨んでいるだろう。死の淵にいた時、何もしてあげられなかったから。大好きなミントの枝をたくさんあげたらよかった。最後に、大好きだと、たくさん伝えればよかった。
 
桜の花を一緒に見ようと言っていたので、桜の花が見える、ミントの側に、キャメロンを埋めようと息子に提案した。息子は頑なに埋めたくないと拒んだ。キャメロンとの別れは受け入れがたいようだった。
ずっとずっとうちにいて欲しい。
彼の気持ちは固かったので、カラフルなおうちは、そのままカラフルなお墓になった。
 
わたしはやはり怖かった。
埋めて土に還してあげなくて、また恨んではいないか。
 
それからしばらく、キャメロンとの思い出を語ったり、別れを悲しんだりすることはあっても、カラフルなお墓からは目を背けてしまった。
 
 
ある日、突然の訃報が届いた。
仕事でとてもお世話になった方が亡くなったという。まだまだ若い方だったので、全く予見できない別れだった。お元気だった姿しか見たことがなかったので、思い出と事実の乖離
に、とても混乱した。混乱しながらも、たくさんの感謝の気持ちが沸いてきた。
そして、精一杯悼むことに心を注いだ。
 
悼む。
 
別れは突然やってくる。
一人の若者の死も、小さな昆虫の死も、心から悼みたい。
 
そう思ったわたしは、しばらくぶりにカラフルなお墓を覗いてみた。亡骸を見るのは怖かった。何か、恨みのメッセージを受け取ることになると思ったからだ。
わたしは覚悟を決めた。
 
虫かごを持ち上げて、そっと覗いてみる。
 
いた。
 
キャメロン。
 
生きていた時と何ら変わらない姿で、キャメロンはいた。
その亡骸を見てわたしは確信した。
 
キャメロンは何も、誰も、恨んでいない。
 
キャメロンは美しかった。本当に美しかった。
こんなにも美しい死を、わたしは見たことがなかった。
 
キャメロンとの愛おしい日々を思い出しながら、わたしは、心から悼むことができた。
 
ありがとう、キャメロン。
 
 
 
 
***

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2021-07-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事