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「先生、赤いチョークで書かないでください」


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鴨川 泰(ひろ)江(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
わたしが非常勤で入っている短大は、各教室に昔ながらの「深緑の黒板」が備え付けられている。備品のチョークは「白・赤・青・緑・黄」の5色。
 
ときどき授業前に、使いかけのチョークが全色分、黒板の粉受けに置いてあるのを見かける。そんな時は、自分が使う2色だけを残して、あとはケースにしまっておく。
 
白と、黄色だけ。
 
基本はこの2色だ。どうしても、他の色を追加する必要のある時は、しつこく何度も「今、緑で〇〇って書いたところだけど」のように、口頭で「何と書いたか」を伝えるようにしている。
 
わたしの担当は「色彩学」だ。それ以前に、わたしは「色」が大好きなのだ。板書だってカラフルに彩ってみたいところだが、それは、出来ない。
 
──「見えない」学生が、いるかもしれないから。
 
いや、実際に「いた」。わたしもうっかりしていた。その日の授業を履修していたのは女子学生ばかりだったので、つい、大丈夫だろうと使ってしまった。すると後方に座っていた学生の一人が手を挙げて、
 
「先生、赤いチョークで書かないでください。見えづらいです」
 
と指摘したのだ。ああ、申し訳なかったね。教えてくれてありがとう。そう言って、わたしはすぐに黄色で書き直した。
 
当時の備品の「赤チョーク」は紫みの赤で、「深緑」の黒板に書くと一見目立つように思える。が、実際には明度(めいど:明るさの度合い)が近いため、背景と文字のコントラストが弱くて判別しにくい。
 
「青チョーク」も同様で、こちらは黒板と色相(しきそう:色みの違い)も近いため、いっそう同化してしまう。この2色と比べると若干明るい「緑チョーク」のほうが、まだ見やすい。わたしが黄色をよく使うのは、白の次に明るい=見やすいからである。
 
しかし「赤チョークを避ける」理由は、もう一つある。日本人なら男性の20人に一人、女性だと500人に一人は、赤系と緑系の見え方が多数派と異なる特性を持つと言われている。その多くは赤が暗く沈んで見え、緑と区別が付きにくい人もいる。女性は0.2%という確率だが、彼女ももしかしたら、そのタイプだったのかもしれない。
 
【色覚異常】
 
色覚(しきかく)とは平たく言えば「色の見え方」のことで、正常とされる見え方と異なれば「異常」とみなされる。かつては「色弱」あるいは「色盲」と呼ばれ、差別や偏見に今なお晒されている人も少なくない。
 
あなたが現在28歳以上であれば、小学生の時に「色覚検査」を受けた記憶があるのではないだろうか。
 
何色かのドットで円の中に数字が描いてある、アレだ。正式には「石原色覚検査表」と言い、38表のうち22表は「正常」な人と「異常」な人で、見え方が変わるように設計されている。
 
実は近年、色覚の研究が進み、わたしたちが想像している以上に「異常」な特性を持つ人が多いことが分かってきた。遺伝子レベルでの「変異型」は軽微なものを含むと、なんと40%近く存在するらしい。こうなるとむしろ「正常か異常か」と線引きすること自体に、モヤモヤしてしまう。
 
日本遺伝学会前会長で、東京大学の小林武彦教授は、その割合の多さから【色覚異常】という呼称は「不自然」であり、遺伝学の見地からは【色覚多様性:color vision variation】という捉え方がより望ましいと言う。要するに、
 
「人それぞれ、色の見え方に違いがあるのが、当たり前」
 
というわけである。「周りの人とは違う」色の見え方ゆえの不便さはあっても、文字や形など「色以外」の情報を加えたり、より見分けやすい別の色に変更するなり、工夫の余地は大いにあるはずだ。
 
そのような工夫は、どんな色覚タイプの人にとっても「より分かりやすくなる」メリットがある。それに「正常」とされる人であっても、照明光の影響や加齢による老化現象で、黒と紺など「色の区別が付きづらい」ケースは珍しくない。
 
また、未だ一部で残る進学や就職における「門前払い」も、誠実に再考されるべきだ。本当に、そこまで厳密に色を見分けないとダメなのだろうか? あるいは「色の違い」だけで全てを処理しなくてもいいのでは……?
 
もちろん、どうしても「厳密な色の見分け」が必須な分野もあるだろう。その場合も「色覚が異常だからNG」なのではなく、「色の識別能力に長けた人に向いている」というポジティブな表現も出来ると思うのだ。
 
かつて小学生時代の同級生に「赤と緑の区別がつかない」男の子がいた。30年ぶりに同窓会で再会し、色彩関係の仕事をしていると話したわたしに、彼は当時自分が「みんなとは違う」ということを検査で知り、大きなショックを受けたと打ち明けてくれた。
 
「他の人にはもっと世界が鮮やかに見えていて、自分には見えないんだというのが、ものすごく悔しかった」と、苦虫を噛み潰したような顔で。
 
彼が当時の担任から、どう説明を受けたのかは分からない。けれど、少なくとも10歳の男の子が「みんなとは違う」と傷つき、その後もずっとコンプレックスを抱いていたという一つの事実を、わたしは覚えておきたい。
 
2004年でいったん中止されていた学校での色覚検査が、またここ数年、復活の兆しを見せている。検査で自分の特性を知ること自体は、メリットもあると思うので否定はしない。だが、専門医ではない教員による検査の精度や、その結果の伝え方、その後の配慮などに、もっと慎重であってほしいと願う。
 
「赤いチョークで書かないで」と何の恥ずかしさも気負いもなく、堂々と言えるように。「色の見え方の違い」を「問題」のまま放置することこそが「問題」なのだと言える社会に。
 
そんな世の中のほうが、きっとあなたも気持ち良く暮らせるのではないだろうか?
 
 
 
 
***

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2021-07-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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