雨を降らす男
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:納見萌芳(ライティング・ゼミ日曜コース)
※この記事は、一部フィクションです
きっかけは入社1年目の同期飲みでの出来事だった。元々舞台が好きで、ある俳優の話をしていたら、「俺もその人好き」 と言って会話に入ってきた。髪質が茶色くて、くりっとした目。話も上手でいつも会話の中心にいた彼は、研修の時から気になっていたけど、まさか私と共通の趣味があるなんて思わなかった。「今度一緒に舞台見に行かない?」 なんてスマートな誘い方も正直タイプだった。
初めてデートに行った日。その日は雨が降っていた。仕事終わり、急に降ってきた雨に急いでコンビニに行けば、傘は一つしかなくて、「仕方ないねー」 なんて言って相合い傘をした。相合い傘でドキドキするなんて、まるで中学生のようだけど。それでも彼との距離が近くて、ふとかおる香水の匂いが好みで、なんかもう100点だった。演劇終わり、感想会と称して行った飲み屋さんでいつもより行き過ぎた量のお酒を飲んで、ふらふらなまま店を出た。外は相変わらずの土砂降りで、意識もほとんどなかった私は、ひかれるまま彼の家へ向かった。次のデートの口実も、どうやったら彼と親密になれるのかの計算も、全て雨が解決してくれたのだ。
ある日、ひまわり畑が美しいと言われる公園に彼とドライブに向かった。マックで朝食を買い、「車の中、ポテトくさいねー」 なんて笑ってたら、外から土の臭いがし、急にぽつりぽつりと雨が降ってきた。今日の降水確率は確か0%。なのに雨が降ってきた。しばらくしていたら、雨がやむかなって思っていたけど、むしろ止まらず公園に着く頃は土砂降りになっていた。夏を知らせる黄色いひまわりに土砂降りの雨。あまりのミスマッチに私は思わず吹き出してしまった。
「そういえば、あなたとの初デートも土砂振りだったね」
ふと彼を見ると彼はなんともいえなそうな顔をしている。「どうしたの?」って声を掛ければ彼は急に真面目な顔をして言い出した。
「実は俺、究極の雨男なんだ」
彼が言うには、彼の大事な時には絶対に雨が降るらしい。小学校の運動会はほとんど雨で、中学生の時初めて告白した時も雨だったらしい。ことあるごとに雨に降られ、彼は雨と共に過ごしてきたと言う。
「本当にごめん、嫌だったら別れてくれ」
真剣に言う彼は本当らしく、しかし大好きな彼が雨男だからと言って別れる気は全く起きず、私は彼と一緒に雨を楽しむことにした。
順調な交際の中、ある出来事が起きた。
「海外への転勤が決まった」
付き合って2年が経ち、周りからもそろそろ結婚かな?なんて言われていた頃、突然決まった辞令だった。彼は元々海外に行きたがっており、頑張っていきたいと言う彼を支えたいと思っていたけど、まさかこのタイミングで来るなんて。私も仕事が好きだし、今の仕事を辞めてまで海外についていこうなんてまだ思えない。
「私、仕事辞めたくない」
ぽろっと出た本音に、彼は優しく
「知ってる、一生懸命仕事を頑張る君も好きだよ」
と彼は優しく受け止めてくれたが、それは何かが終わる合図にも思えた。
「待っていてなんて、言わない」
長い沈黙の後、彼の言葉に私はコクリと呟き、そっと部屋を出た。外は綺麗な秋晴れで、雨宿りで戻る口実もなくなっていた。
気づけは、彼を見送る日になっていた。
重い体を起こし、カーテンを開けば、時刻は10時過ぎ、彼のフライトは11時。空港までは1時間。絶望に駆られながら、急いでタクシーを呼び空港に向かった。
長いエスカレーターを走り、急いで搭乗口に向かう。間に合うことを願い、走り続けた。
息が上がりながら駆け上がれば、そこに彼がいた。どうやら、雨による遅延でフライトが延期になったらしい。彼がいる嬉しさでいっぱいになり、私は人目も気にせず、彼に抱き着いた。
「ごめんね、最後に会えないかと思った」
涙ぐむ私に彼は笑う。そして何かを決心した顔で話し出した。
「謝るのは俺の方だよ、実はさ、俺、嘘みたいな話なんだけど。雨男じゃなくて、雨を降らす男なんだよね」
「え、どういうこと」
「小学校の時の運動会も、運動が苦手で恥をかきたくなくて、告白の時は、失恋した時、泣いてるのがバレたくなくて、君との初めてのデートの時、君を引き止める口実が欲しくて、君とひまわりを見に行った時、君を誰にも見せたくなくて、俺は雨が降ってください。俺を助けてください。祈るんだ。そしたら必ず雨が降る」
ぽかんとする私を彼は優しく見つめる。
「君が好きになって、君と離れたくなくて、雨に頼ってしまうような情けない男だけど、待ってて欲しい。結婚してください」
雨の音が聞こえる。空港の一帯は今雨雲に覆われていて、きっと私たちを離さないように、しばらくの間は雨は降り続けるのだろう。
それを願う彼はひどく臆病で、私を引き留めるのに雨を降らすような情けない男。
「じゃあ、結婚式も雨が降っても大丈夫なところにしなきゃね」
けれど、私に幸せを注ぐ素敵な人。
***
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