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実家のタオルがくさい


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記事:とわにこ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「実家」
広辞苑によるとその定義は以下の通りだ。
(1)自分の生まれた家。生家。さとかた。
(2)民法の旧規定で、婚姻または養子縁組により他家へ入った者からみて、その実父母の家。
 
こんな定義の方もいるのではないだろうか。
(1)気を使わずに、落ち着ける場所。
(2)盆や正月など、長期の休みが近づくと「帰ろうかな」と思える場所。
 
 
わたしの辞書にはこうある。
「実家」
(1)試練の場所。
(2)我慢を必要とされる場所。
 
わたしにとって実家は試練である。
なぜならそれは……
 
 
実家のタオルがくさい
 
 
からである。
 
 
この世のもので嫌いなものを挙げるとすると、必ず上位にランクインするものがある。
それは、湿気とカビと雑菌臭である。
 
憎き彼らは、わたしの嗅覚に、時に鋭く、時に鈍く刺激をしてくる。
笑いに反して怒りの沸点が高いわたしだが、彼らの存在感には「イライラー」としてくる。
 
湿気を吸った衣服からは、潜在していたホコリなのか化学薬品なのか、「むあむあー」と独特なにおいが立ち込め、そのにおいに吐き気をもよおすことがある。
 
寒暖差のせいで汗をかいた窓、それを覆うカーテンに、いつの間にか黒い斑点がぽつぽつとできている。カビだ。幾種の洗剤を試しただろう。一度できたカビはなかな取れない。異臭までは放たないものの、視界に入るだけで「キー」となる。
 
そして雑菌臭。これは日々たたかいだ。たまった洗濯物をたっぷりめの洗剤とお湯で洗っても、しつこく潜伏しているにおい。洗い終えた洗濯物をたたみながら、潜伏臭がピョコピョコ出てくると、「オリャー」と洗濯機へ差し戻す。
 
と、ここまで書いて共感してくれる方がどれくらいいるだろうと立ち止まる。
 
わたしは特ににおいに敏感な、嗅覚過敏だ。そのせいで、おそらくはいい思いもしているのだろうが、日常生活においては吐き気と隣り合わせだ。
自分が過敏であることを知ったのは、すっかり大人になってからだ。元々過敏だったのか、もしくは急に、または徐々にそうなっていったのか、それすら分からない。とにかく自覚したのは、ここ数年のことだ。
 
自覚してからは、周囲の人にもできるだけ公言するようにしている。わたしに関しては、特別な配慮までは必要ないが、「こんな人もいるんだよ」ということは伝えたい。そして、無自覚なだけで、なんらか過敏に反応して疲れ切っている人もいるかもしれない。ちょっとした啓蒙活動のつもりもあって話すようにしている。
 
実家での出来事だ。
 
新型コロナウイルスが猛威を振るうまでは、実家へほどよく出入りしていた。
実家に到着すると、まずは洗面所へ行って手を洗う。
円形のタオルハンガーにかけられたタオルを、一連の流れの中で使用する。
 
くさい。
 
生乾きのままベンチへ入ったのか、ぐちょぐちょに肩を壊しているのに登板させられているのか、いずれにしても、その雑菌臭の存在感はすごい。
 
朝起きて、顔を洗う。そして一連の流れでタオルに手を伸ばす。
 
おええ。
 
後悔に先に立たず。あろうことか、実家のタオルにダイブしてしまった。その後しばらくはにおいが記憶にとどまって、辛い。
 
過敏だと自覚はしても、つい忘れてしまうのが常だ。
 
「おええー」
 
いつものごとく洗面所で叫んでいたら、その声が聞こえたらしく、「なんね?」と母が凄んでくる。「大丈夫?」と心配してくれる息子もいる。
いい機会だ、話しておこう、過敏のこと。
 
「あのぉ、わたし、においに敏感らしくって、ちょっと、この家のタオルのにおいが、苦手、というか、くさい」
 
母は激怒する。
「は? くさくない! においならわたしの方が敏感! どこがくさいとね」
展開はだいたい予想できた。予想できたから、今まで言えなかった。全てにおいてマウントを取る母だが、においまでとは。
 
その後、
「わたしにとってはくさい」
「いいや、くさくない」
という不毛な掛け合いが続いた。
 
わたしは、
「こうして分かってもらえないことが辛いんだ。わたしにとってはくさいのに、信じてもらえない。感覚過敏の人たちはこうして苦しんでいるんだよ」
 
そう吐き捨てて、この不毛なやり取りを終わらせようとした。
 
やっぱり言わなきゃよかった。わたしがタオルを使わなければいいだけのこと。結局傷ついてしまうのだから、自分を守るためにも、もう言わない。
そう、思った。
 
すると、一連のやりとりを聞いていた息子が口を開いた。
「そうか、お母さんはかわいそうだね。ぼくはなんとも思わなかったけど、お母さんにとってはくさかったんだね。かわいそうだね」
 
かわいそう。
彼が用いたその表現を、肯定すべきが一瞬考えた。
わたしは哀れんで欲しかったわけではない。しかし息子の発した「かわいそう」は、わたしへ向けた理解そのものだと分かり、涙が出るほど嬉しかった。
 
「そう、おかあさんかわいそうなんよ。みんなが平気なにおいでも、おかあさんにとってはとても嫌なにおいに感じることがあるんだ。においだけじゃない。どんな感覚も、人それぞれ違って、それがいいか悪いかは、その人にしか分からないんだよ」
 
母は何も言わずに部屋を出ていった。
 
後日、息子はさらにこうも伝えてくれた。
「この間のにおいのことね、くさいって、信じてもらえなかったのが嫌だったよね」
 
彼はわたしの立場に立ち、わたしの気持ちになってくれていた。共感とはまさにこのことだと思った。一時は言わなきゃよかったと思ったことが、こんなに身近な理解者を発見することにつながるとは、想像もしていなかった。
感覚過敏がすなわち不幸ではない。息子が発したかわいそうという表現を是とすべきか、なにか助言すべきか悩んだが、共感する力のある彼なら、自分の言葉で理解を示すことができるようになるだろうとこの時感じた。
 
感覚は人それぞれだ。
特に目に見えないウイルスと対峙するようになってからは、その感覚の個性を色濃く感じるようになった。どう感じようがそれは個人の自由だ。感覚の自由は、思想の自由と同じように、なにものにも侵されてはならない。
 
ただ、自由であると同時に、自分の感覚とは違って、不快に感じている人がいるかもしれないということは、どこか頭の片隅にでも置いておいて欲しい。
 
過敏な人間が、周囲の人に理解を示してもらえたり、共感してもらえた時の喜びはひとしおだ。
 
柔軟剤の香り、イヤホンからの音漏れ、エアコンの温度。
そんな身近なところから、共感と喜びが生まれることを願う。
 
 
 
 
***
 
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2021-07-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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