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ガンジス川には入らないはずだったのに withサウナ好きお兄さん


*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ろびん(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ガンジス川には入るなよ!」
旅行好きで、お調子者の私はよくこの忠告を受けてきた。海外のことをよく知らない母からはもちろん、旅人友達や、なんとインド人まで。彼らが言うことはよ〜く理解できる。私も決まって、「ガンジス川なんか、入るわけないじゃん!」と答えていた。
 
そもそもガンジス川とは。インドの北東部を流れる川で、古くからガンガーという女神が創った川だと人々から崇拝されてきた(あるいは、ガンジス川そのものを女神ととらえる)。ガンジス川は多くのインド人にとって、とっても神聖な川なのだ。
 
実際、川のほとりで私が見たのは、0℃ちかい寒さのなか、パンツ一丁で川に飛び込む男たちの多いこと。頭まで3回浸かったあと、合掌しながら何かを唱える。その体はブルブル震え、唇も紫色。川から上がるとそそくさと服を着て、駆け足で帰っていく。そんなに寒いならやらなきゃいいのにとも思うが、それを我慢してでも沐浴をする、彼らの信仰の厚さには脱帽だ。
 
しかし、インド人にとってこの川は単なる神聖な場ではないのだ。ここは、生活を営むうえで必要な水を手に入れられる場所なのである。沐浴をするおじさんの隣で、犬が川の水を飲んでいる。その隣では少年が川に向かって小便を放ち、また近くには、歯を磨いて川に吐き捨てるおっさんや、洗濯をしているおばさんも。この川の水ではどれだけ身を清めても、歯を磨いても、洗濯をしても、むしろ汚くなっている気がするのは、私だけではないだろう。
 
それだけではない。その川には死体もウジャウジャいるのだ。多くのインド人にとって、死んだ後にこの川に流されることは大変名誉なことだ。川のほとりではいくつもの死体が焼かれている。死体は3時間くらい焼かれると川に放たれる(川に流された死体は、いつしかもっと細かくなって、川に溶け込み、蒸発して、雨を降らし、また命のもとになる……これがインド古来から伝わる輪廻転生なのだ)。儚いような、感慨深いような、言葉にできない気持ちになった。
 
つまるところ、ガンジス川はシンプルに衛生面でアウトなのだ。この川は信仰と生活、そして生と死の側面を持ち合わせている。私たちの感覚だとなかなか理解しにくいが、人間そのものをぎゅっと凝縮したような、不思議な川なのだ。
 
ここまで読んでくだされば、ガンジス川に入るなよ、の忠告はよ〜く分かっていただけるだろう。出来心であの川に入った多くの観光客は、腹痛や嘔吐に倦怠感や熱でうなされ、旅行どころではなくなる。むしろ病院送りになる者も少なくないという。特に、普段からキレイな水を使っている日本人は、ガンジス川のなかの色〜んな菌に対抗できる免疫が皆無に等しい。
 
それでも、ガンジス川に入ってみたいという気は、少しはあった。インド人の隣で沐浴してやろうと。絶好のネタになるじゃないかと。バックパッカーのなかのバックパッカーになれる気がすると。でも、茶色く濁った川を見て、「うん、これは無理だ!やめよう!」
 
と思った……
 
はずだった。
 
私はめちゃくちゃ面白い日本人にこの地で出逢ってしまった。彼らが私の運命を変えたのだ。アラサーくらいの、さわやかな男性2人組。落ち着いていて、一見、ガンジス川に飛び込むとか、バカなことを言いそうな人たちではなかった。
 
彼らはめちゃくちゃデカい荷物を宿まで運んでいた。普通のバックパッカーが背負う3倍くらいありそうな大荷物。気になって聞いてみたところ、
「これはね、テントみたいに組み立てて使うサウナなんだ」
 
……?
 
話を聞くと、なるほど、彼らは普段から移動式サウナ生活を楽しんでいるようだ。
銭湯などでサウナに入ったあとは、水風呂に入るのが一般的だ。彼らは水風呂の代わりになりそうな綺麗な川を探しては、テント式サウナを組み立てて、火を焚いて、最後は河に飛び込むそうだ。
 
「それで、今回はガンジス川のほとりでサウナを焚いて、暑くなったらガンジス川にダイブするんだ! 一緒に来る?」
 
なんてことだ。面白すぎる! 日本にもこんなクレイジーなジャーニーまだいたんだなと胸が熱くなる。私はあの川に入る勇気はないけれど、ぜひ見届けたい! と伝えて、約束の日までソワソワしていた。すごく楽しみなような、ちょっと羨ましいような、悔しいような、複雑な気持ち。
 
約束の日。
早朝から、サウナタイムは始まった。2日前まで極寒で毛布にくるまりながら歩いていたこの地は、急に春めいて朝から15度近くもあった。見学にも絶好なポカポカ気候。お兄さんたちとサウナテントを組み立てて、煙突を設置し、その辺のゴミを拾って、火を焚くための燃料にした。いよいよ火を焚く。インド人も気になるようで、何だ? と言いたそうな顔でめちゃくちゃ集まってくる。
 
インド人に見守られながら、一緒にサウナテントに入れてもらった。さすがに持ち運び式のサウナは、普通の銭湯と比べたら火力不足だ。うっすら汗をかく程度。水風呂に入りたい! というような温度ではない。さあ、兄さんたちどうするんだ……?
 
ちらっと彼らを見た、その時だった。
 
「整った!!」
 
お兄さんの1人はそう言うと、走ってガンジス川に飛び込んで行ってしまった
(サウナ用語で水風呂に入る準備ができたときに整ったというらしい)。
 
うわ、あの兄さん、ついに入っちゃったよ。勇者や。
 
お兄さんはインド人の見様見真似で沐浴をして、さわやかな笑顔で戻ってきた。
「水、ぬるいなあ〜」
 
えっ、そこ? 彼にとってガンジス川はクールダウンスポットの候補地としかとらえられていなかった。お兄さんは続けた。
 
「足元がぬるっとするから気を付けてね」
 
……?
 
私がポカンとしていると、
「いや、ここまできたらガンジス川入るでしょ! 意外とイケるから大丈夫!」とお兄さん。
 
そう言われた瞬間、私の中の何かが壊れた。もともと見学だけのつもりで来たはずだったが、もう迷いはなかった。ここでガンジス川に入らなかったら一生後悔する。
 
もう一度サウナに入る。代謝が悪い私は全然汗をかけない。全然整わない。ええい、焦ったい! 私はもうウズウズして、ついに「整った!!!」言ってしまった。お兄さんたちよりも大きな声でガンジス川へ飛び込む宣言。まだ全然整ってなかったけど。気持ちが先走った。私は川に向かって小走りした。
 
もう、夢中だった。その時のことはあんまり思い出せない。気づいたら、頭の先までガンジス川に浸かること3回。見様見真似の沐浴を完了してしまった。
「わーーー!」
私は大きな声で叫んだ。
 
私は何かから解放された気がしたのだ。具体的に何から解放されたのか、よく分からない。けれど。「私って、今ここに、生きてるんだなあ!」ということを全身で感じて、感動していた。
 
ときどき日本にいると、色んなしがらみで苦しいことがある。それが一気にどうでもよくなった。もしかしたらこの後で病院送りになるかもしれなかったけど、それすらも今は関係ない。
 
後先考えないで叫んでる私。あの瞬間、きっと私は幸せだった。勇気を出してガンジス川に入ったことは、一生の思い出話になった。
 
……ちなみに。
その夜は、ほとんどの旅人と同じようにめちゃくちゃ体調が悪くなった。けれど、狼狽えながら、半年前にタイで70円で買った薬を飲んだら、すっかり良くなった。
 
人生、何とかなるもんだ。
 
 
 
 
***

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2021-07-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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