怒りを鎮めた怒り
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:仲本 ひと美(ライティング・ゼミ超通信コース)
過去に一度だけクレームを言ってやろうと意気込んだことがあった。
20代のころ、ある手術のため1ヵ月ほど入院した。その入院の医療保険を受け取るため、必要な書類を病院へお願いしていた。しかし、待てど暮らせど全く書類は届かない。電話で問い合わせをしても納得のいく回答がもらえない。待ちくたびれた私は、通院の日、「いつまで待たせる!」とハッキリ言うつもりで病院へ向かった。
書類の窓口は病棟の受付。入院中は本当にお世話になった。担当者は物静かで、質問をすれば、どんなことでも的確に答えてくれ、安心して入院生活を過ごせた。私はクレームを言えば、「申し訳ございません」とデパートなどで受ける対応のように、丁寧なお詫びを告げられるものと思い込んでいた。
「すいません。医療保険の書類の件で伺ったのですが」と不機嫌な表情で私が言うや否や
「本当にむかつきますよね! いつまで待たせるんだよ! 書類がないと患者様は困るのに、先生はいい加減ですよね! 本当に頭にきますよね!」
と受付の担当者は、すごい剣幕で怒り始めた。私が割って入る隙は1秒もなかった。内心「その文句は私が言いたかったことなのに……」と不満に感じながらも、予想に反した対応に驚き、私は声を失ってしまった。目の前の状況が呑み込めず、私は「はい」と返事をするのが精一杯。クレームを言うタイミングを失い、完全に受付の担当者のペースで、5分程書類について一方的に説明を受け、私は何も言い返せないまま、その場を辞することになった。
帰りのバスの中、怒りでねじ伏せるクレーム処理の方法もあるのかと感心していた。目の前で怒り狂う受付の担当者を見て、「なぜ、あなたが怒る?」という疑問とともに、私のイライラは鎮火し、気がつけば冷静に話を聞いていた。
でも、スッキリしない気持ちも同時に抱えていた。私に発言の機会がなかったからだろうか。それとも、接客業は丁寧な対応をするのが当然、と私が思い込んでいたからだろうか。
突然怒りだした受付担当者を目の前で見たとき、文句を言いたいのは私なのにという不満と同時に、実は、恥ずかしさも感じていた。
「私、こんな風に理不尽に怒りをぶつけようとしていたのか」、と怒る相手の姿に、自分がやろうとしていた姿を重ねてしまったからだ。
怒りをぶつけられた時、思ったことがある。「この人、私のこと、まったく見ていないな……」と。
私にクレームを言われると、めんどうくさいから、私に文句を言う隙を与えないために、受付の担当者は、怒っているのではないか、と私は感じてしまった。
でも、それは私がやろうとしていたことでもある。私も、自己都合だけを考えて怒りをぶつけようとしていた。
私は、書類を待たされたイライラをただ単にぶつけたかっただけだ。怒りを一方的にぶつけたところで、書類が早く届く保証はどこにもない。私がこのとき病院側とやるべきことは、怒りをぶつけることではなく、対話だ。
イライラするとき、冷静になるのは難しい。でも、私が、書類が届かないことに対して一番望んでいたことはスッキリすること。ただ単に、書類がいつ受け取ることができるか知りたかっただけだ。もし、私が大声で受付の担当者に対して文句を一方的に言ったところで、望む答えをもらえなかったら、私の心はスッキリせず、イライラがさらに募るだけだった。
一方通行の怒りは、気の抜けた炭酸だ。スッキリしたいと思って飲んでも、気が抜けていたら、スッキリとしたのどごしは味わえない。冷静だろうが、怒っていようが、誰かに思いを伝える時は、お互いが、話を聞くという、気持ちを持たないと、言いたいことは通じず、心はスッキリしないように思う。
10年以上たった今でも、病棟の受付担当者は、どうして私の気持ちを代弁するかのように突然怒りだしたのか、わからない。
でも、受付担当者の怒りのおかげで、私は冷静になれ、最後はきちんと対話ができ、書類をきちんと届けてもらうという、望む結果を得ることができ、気持ちもスッキリすることができた。
突然目の前で怒りだす、というクレーム処理を経験したのは、この時一度だけだ。怒りをぶつけられた時は、色々と納得のいかないことも多かったけれど。あの時、私が感情的になり、一方的にクレームを言う方になっていたら、冷静さを失った自分を恥じ、いまだに後味の悪さを感じていたと思う。たった一度でも、私が理不尽なクレームを言うという間違いをせずにすんでいるのは、私の怒りを代弁してくれた受付担当者のおかげだ。今は、少しだけ感謝している。
***
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