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メディアグランプリ

ハガキの中に住むのは、南の島の焼酎好きな大黒様


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:今村真緒(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「ああ、こんな字だったな」
先日、クローゼットの整理をしていたら、昔の手紙が出てきた。整理していた手を止めて、思わず見入ってしまったのは、懐かしいハガキだった。ちょっとくずれた愛嬌のある字体が、その主の笑顔を思い出させる。
 
その主とは、定期的に私の実家を訪ねて来ていた祖父だった。南の島に住んでいるというのに、色白だった祖父。ツヤツヤとした頬と小柄ながらもバイタリティー溢れるオーラは、大好きな焼酎から力をもらっていたのかもしれない。
 
駅の改札から出てくる祖父は、いつも笑っていた。ボストンバックを抱え、細い目を更に糸のようにして、満面の笑みを浮かべながらこちらに歩いてくる姿は、七福神の大黒天みたいだと幼心に思っていた。
 
母は重度のファザコンで、祖父が来ると分かったその日から、周りを巻き込んで、毎回準備に大わらわだった。「せっかく来るんだから」といいつつ、祖父が快適に過ごせるよう、楽しく過ごせるよう心を砕くのだ。
 
私たち姉妹も、祖父のことが大好きだった。南の島で長年学校の先生をした後、幼児教育に力を注いでいた祖父は、私たち姉妹の興味や関心を引く話をいつもお土産に持ってきた。祖父が来ると、晩御飯の時間が早くなる。母が準備したお気に入りの焼酎をちびちびと飲みながら、祖父のオンステージが始まる。私たちはそれをワクワクしながら、まるで紙芝居が始まるのを待つかのように楽しみにしていたのだ。
 
博識な祖父の話は、私たち姉妹にとって面白いものだった。何気ない話でも、祖父にかかるとちょっとしたエンターテイメントになるから不思議だった。焼酎が進むと、祖父はますます饒舌になる。
「あれ、この話さっきも聞いたかな?」
そう思う頃になると、祖父はだいぶ酔っぱらっている。血色の良い頬を更に赤くさせ、ちょっと声も大きくなっていく。
 
「おじいちゃん、もうそろそろ焼酎終わりにしたら?」
私たち姉妹が言うと、祖父のお決まりのセリフが飛び出す。
「じゃあ、あと1杯だけ。ここにも、あと何回来れるか分からんなあ。今度が最後かもしれないなあ」
また、始まった。長い晩酌は、いつもこのセリフが出るとお開きになる。
 
思えば、祖父がやって来る回数が増えたのは、祖母を亡くしてからだったように思う。一人暮らしとなった祖父を、あれこれと世話をしていたのは、同じ島に住んでいる母のきょうだいだったが、しょっちゅうこちらに来ようとする祖父に、伯母たちも苦笑していた。
 
私たち姉妹は成長し、思春期へと突入した。今まで楽しみだった祖父の来訪が、自分たちの生活に影響するのを、次第に疎ましく感じることもあった。部活や友達との付き合いが増え、これまでのように祖父に対して時間を割くことが億劫だと思うようになっていた。相変わらず祖父を万全の態勢で歓待したい母は、私たちの態度が気に入らないようだったけれど、祖父は相変わらず、七福神みたいに笑っていた。
 
私たちが大学生になった頃、祖父が体調を崩し寝込んだとか、短期で入院しなければならなくなったということを、伯母たちから聞かされることが増えた。元気なことが当たり前のように思っていた祖父が、着実に歳をとっていることを実感した。心配になった私が手紙を書くと、祖父からの返信がすぐに来た。弱っているというのに、進路で悩んでいた私のことを励ます手紙になっていた。
 
祖父が元気になったら、私たち姉妹で祖父をもっと楽しませたいと思った。私たちは、アルバイトで貯めたお金を持ち寄り、祖父を京都に連れていこうと計画した。以前から、祖父と一緒に旅行したいと話していた場所だ。
 
久しぶりにこちらに訪れた祖父を、ドッキリ企画のように、いきなり京都に行こうと誘った。カラッとした島の暑さに慣れていた祖父は、今思えば、盆地である京都の暑さが堪えていたかもしれない。けれど、そんなことはおくびにも出さず、孫の私たちと一緒に楽しんでくれた。私たちは嬉しかった。祖父の笑顔や寝顔を見て、少しは恩返しできたかなと思った。
 
その後も、体調と相談しながら祖父は遊びに来てくれた。さらに頻度は少なくなったけれど、こちらに来る元気があるのだと思えることが嬉しかった。
 
それから数年後、私の結婚が決まると、早速祖父はやってきた。
「お前のお婿さんになる人に、会えて良かった」
そう言って焼酎を飲む祖父は、前よりも一回り小さく見えた。
「結婚式には必ず来るから」
駅のホームで別れるとき、祖父はいつもの笑顔で約束してくれた。
 
3か月後、祖父はちょっとした怪我がもとで入院した。高齢者が入院してしまうと、とたんに足腰が弱くなる。なかなか退院の許可が下りないまま、私の結婚式の日が迫っていた。
 
「今度は来られないかもしれない」といういつものセリフが、次第に現実味を帯びてきた。結局、祖父は結婚式に出席できなかった。結婚し、家庭と仕事の両立に懸命になっていた私は、祖父に会いに島へ行くことができなかった。「できなかった」というと、語弊がある。どうにかして行けば良かったのに、日々に忙殺されていた私は、そこまで考えが至らなかったのだ。
 
祖父との手紙のやり取りは続いていた。けれど、しばらくすると手紙の返事が帰ってこなくなった。その時になって初めて、私は祖父の病状が進んでいることを知った。身近な人でも、誰だか分かるときと分からないときがあるという。ようやく私は、生後10か月の娘と一緒に、祖父のいる島へと向かった。
 
「おじいちゃん、ほら曾孫だよ。私の娘」
そう言って、ベッドの縁に娘を腰かけさせた。じっと娘と私の顔を見ると、祖父はハッキリとした口調で私の名を呼んだ。
「ああ、お前の子どもが見られるとは思わなかった」
泣き笑いのような表情で、祖父はそう言った。周りにいた伯母が、今日は分かるんだねと言ったのが聞こえた。
 
数か月後、祖父はこの世を去った。何も分からない私の娘は、島の火葬場の前で遊んでいた。秋晴れの、天気が良い日だった。高い空に吸い込まれていく火葬場の煙を見ていると、元気だった頃の祖父の姿が次々と、くっきりとした空に浮かんでは消えた。
 
今でも、事あるごとに祖父を思い出す。こんなとき、祖父だったらどう言うのだろう、どう励ますのだろうと思いながら。私の記憶の中の祖父は、いつも笑っている。きっと、あの世から私たちを見守ってくれていることだろう。
 
祖父のハガキを読みながら、焼酎を片手に、ご機嫌で話す祖父の姿を思い出す。その姿をいつまでも眺めていたいと今更ながら願うのは、叶わないことだけれど。
 
 
 
 
***

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2021-07-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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