タケノコのエグ味こそが大事だった
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記事:吉田けい(ライティング・ゼミ 超通信コース)
タイトル:タケノコのエグ味こそが大事だった
Facebookの友達がやたらとタケノコ料理の写真をアップしていて、おやと思った。
投稿に目を通すと、タケノコの簡単なアク抜きの仕方を知ったのが嬉しくて、何度もアク抜きしてはタケノコ料理に仕立てているようだった。投稿には美味しそうな写真とレシピ付き。文才豊かな彼女のレポートは読んだだけで美味しさが、タケノコを料理できる喜びが伝わってくる。彼女が大好きなタケノコ、だけどアク抜きのための下茹ではとにかく時間がかかり面倒なタケノコ。下茹での時間を大幅に短縮できるレシピと出会って、気軽に料理できるようになってレパートリーが増えたタケノコ。雨後のようにニョキニョキ生えてくるタケノコの投稿を見ていると、私も何だかタケノコが食べたくなってきた。
私も彼女と同じように、タケノコの下茹でが面倒で挫折した料理初心者だ。何が面倒って時間がかかる、この一言に尽きる。湯に米を入れて沸騰させ、そこに筍を入れて煮て一晩置く。料理したいと思ったその日にはまだ食べられないのだ、面倒なことこの上ない。料理上手になりたくて挑戦してみたこともあったのだが、仕上がったタケノコはエグ味が酷く、完全に下茹でを失敗していた。茹での時間が長かったのか短かったのか、それとも一晩の時間を思い違いしていたのか分からないが、手間と時間をかけた割に呻くほど残っていたエグ味は、もう二度とタケノコ料理には挑戦すまいと思わせるには十分だった。それ以来ずっとタケノコご飯を食べたくなった時は、すでに調理された「タケノコご飯のもと」を買っていた。
これなら絶対に失敗しない。
だが「タケノコご飯のもと」のタケノコは薄っぺらで食べ応えがない。下茹でを終えた、タケノコの水煮もスーパーで売っていたが、タケノコご飯にしても何だか味気なかった。何が足りないんだろう、なにがいけないんだろう。ホクホクで、でもシャキシャキで、ふっくらおいしいタケノコご飯を家でも食べてみたい。そんな叶わない憧れが、Facebookの彼女の投稿で俄かに再燃したのだ。レシピは至って簡単、タケノコを沸騰した湯で30分茹で続けるだけだ。彼女のレポートによれば、湯は黄緑色になり、湯にはニガリのようなエグ味が移るらしい。私は早速タケノコを買って、少し早めに夕食の支度を始めた。
タケノコをコトコト煮ていると、新芽の芳しい香りがキッチンいっぱいに漂う。
「何ていい匂い……」
私はこの匂いが好きなのだ。冬から春にかけてそこらを歩いていると、あちこちでこの匂いがする。柔らかくて、ふくふくとしていて、よく洗った子猫のお腹に顔をうずめているようだ。タケノコに限らず早春の味覚、ふきのとうだとかタラの芽だとかも大好物なのだが、どれもこれも柔らかくていい香りで美味しそうなのに、とんでもないエグ味を持っている。一人暮らしを始めたばかりの頃、タケノコと同じように何も知らずに自炊してみて食べた時の悲しさと強烈なエグ味は一生忘れないだろう。匂いとエグ味のギャップ、それを埋めるためには下茹で作業のマスターが必要不可欠なのだ。
エグ味が好きなのは食べ物に限ったことではない。誰かの思いがけない一面、特に葛藤や後悔のような感情を垣間見てしまった時も、それらが「エグい」と感じる。普段は強気な人がはらりと涙を一筋こぼしたり、寡黙な人が内心でコンプレックスと戦い続けていたり、人間の心の動きのあちこちにもエグ味は潜んでいる。実在する人たちにそれらを感じるのも面白いし、漫画や小説、ドラマなどの筋書きの中で登場人物が葛藤する様もまさにエグ味だ。人物の表向きの性格と、内面の葛藤にギャップがあればあるほど魅力的なエグ味に感じる。
タケノコの良い香りに引き寄せられるのと、魅力的な人物のエグ味に魅了されるのは、同じなのだろうか。
「…………できた」
そんなことを考えているうちに30分経って、レシピ通りタケノコを取り出してみた。ホコホコになったタケノコの皮をむいていくと、むせかえるほどの新芽の香り。皮の根元のあたりは黄色く透き通って柔らかく、とても美味しそうだ。私は思い切って端っこをかじってみた。シャキシャキの、だがすんなり嚙み切れる繊維質と、新芽の香りそのままの柔らかな味。
これだ、これだよ、タケノコの味!
私はタケノコの皮をむきながら、その皮の根元をシャクシャク食べまくった。「タケノコご飯のもと」にも「タケノコの水煮」にもない、暖かくて柔らかくて甘い味。このレシピではほんの少しエグ味が残るそうだが、ほんのり後味に感じる程度で気にならない。美味しい、こんな美味しいタケノコを家で食べたのはいつぶりだろう。皮をむき終えて、適当な大きさに切って、米と調味料と一緒に炊き込めばタケノコご飯の出来上がりだ。こちらの仕上がりも絶品、家族にも大好評で、みんな何杯もお代わりした。
「美味しいね、前のはエグ味がとれなかったもんなあ」
「水煮じゃなくて、家で下茹でするっていうプロセスが美味しいよねえ」
「おいしい!」
好き嫌いが激しい息子も、このタケノコご飯は美味しそうに食べてくれて、主婦冥利に尽きるというものだ。
「この、ほんのりエグ味が残っているのが美味しいよなあ」
ほんのりエグ味。
それは「タケノコご飯のもと」のタケノコでは感じられなかった味だ。
「…………」
下茹でをしないタケノコのエグ味はとても食べられた代物ではない。下茹でして、更に調理することによって美味しい料理として完成する。その中にほんのり感じるエグ味が、私にとって料理を美味しくしてくれた。それは私が人に感じるエグ味でも同じことが言えるのではないか。彼らの心の葛藤を真正面から見せつけられたら、ドン引きしてしり込みしてしまっているかもしれない、うつ病を患った友人から深夜に電話が何度もかかってきた時は正直閉口した。濃度100%をぶつけられるのではなく、ちらりと垣間見える程度のエグ味だから、最高に魅力的に見えるのではないか。
そう考えると、物語で感じるエグ味も、タケノコの下茹でと同じように入念に処理された後のものということになる。人間の生き様、戦争の凄惨さ、珍しい体験、スポーツに打ち込む素晴らしさ、血沸き肉躍る冒険、愛の尊さ、そのほかにもいろいろなコンテンツがあるけれど、どれも作者は物語が一番魅力的に見えるように人物を配置し、伏線を張り、描写を構成している。それらはすべて、タケノコの下茹でのように、エグ味をほどよく魅せるための工夫といってもよいのではないか。
世にはびこるコンテンツとは、うまくした処理されたタケノコごはんのことだったのだ。
「じゃあ、このタケノコご飯もコンテンツだな」
「こんてん?」
なんでもないよ、と答えると、息子はふうん、と言いながらタケノコご飯をまた一口ほおばったのだった。
***
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