メディアグランプリ

火事からの復活


*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:久米 靖(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「燃えてんのっ!!」
「え?」
「うちが燃えてんのよーっ!!」
「……!?」
 
11月下旬のある日、早朝6時過ぎ。実家の母からの電話に叩き起こされた。この時間に電話が来るのは阪神淡路大震災以来、二十数年ぶりのことだ。
 
「今どこにいるん!?」
「外よ! 携帯電話だけ持って逃げて来てん! マンションの人達と一緒」
「怪我とか、火傷とかしてへんの?」
「大丈夫……」
 
無事だとわかって少しホッとした次の瞬間、ある恐ろしい考えが頭に浮かんだ。
「……火元は? 火元はどこ?」
「真上の部屋。今すごい火が窓から噴き出してんねん!」
すでに80歳となる母の火の不始末ではなかったことに、二重に安堵した。
会社に事情を説明して休みをもらい、すぐに関西の実家へ向かった。
 
部屋は、見るも無残なありさまだった。
延焼はそれほどではなかったが、火元が真上だったこともあり、消防車の放水をもろに被った。壁や天井は水の力で剥がれ落ち、床は池のようで、部屋中に雨のように雫がしたたり落ちている。
「なんでこんな目に会うんやろ……」
母は変わり果てた部屋に立ち尽くして泣いていた。
 
もう一つ、気になっていたことを聞いた。
「保険は? 火災保険は入ってたん?」
「うん、入ってる。昔は入ってへんかったけど、地震のあとで勧められて入ってん」
どれほど救われた気がしたことだろう。同時に、実家がどのような保険に入っているかさえ把握していなかった自分を恥じた。
 
その日と翌日はホテルに泊まった。
落ち込んでばかりはいられない。やらなければならないことは、山ほどあった。
 
翌朝、消防署へ「罹災届け」を出しに行った。消防署の判定は、「全損」だった。
 
次に保険会社の方と面会。
そこで初めて知ったのだが、なんと火元の人に賠償責任はないということだった。
(これだけのことをして、一切賠償しなくていいなんて……!)
理不尽に思ったが、今回の被害総額だけでもおそらく数億円レベルだろう。とても個人に賠償できる額ではない。
 
ストーブの火が布団に燃え移ったのが火事の原因だった。
火元の部屋は女性の一人暮らしだったが、自分で消そうとして火傷を負い、救急車で病院へ運ばれた。担架で部屋から運び出された際、「私のせいです……私のせいです……」と、うわ言のようにつぶやいていたという。
そんな話を聞くと、到底恨む気持ちにはなれなかった。
 
保険については「全損扱いですから、おそらく満額おりるでしょう」とのことだった。
 
また、実家が長年お世話になっている施工会社の方とも話をした。
天井も床も壁も、いったん全て剥がして作り直さなければならないということだったが、
「大丈夫、元通りに住めるようになりますよ」と。
その言葉に母は心底ホッとしたようだった。
 
一番大きな問題は、「当面どこに住むか」ということだ。
実家から電車で数駅のところに、叔母が一室を所有しているマンションがあり、幸いなことにたまたま空いていて貸してくれることになった。
 
まず、仮住まいのために新しい電化製品と日用品を揃える必要があった。
実家の電化製品は全滅。一度水を被ったものは、漏電の恐れがあるのでもう使ってはいけないそうだ。家具その他も、保険金支払いの鑑定が終わるまでは持ち出せない。
 
いずれ実家に戻ることを考え、独立した電化製品は一定以上のレベルのものを、仮住まいでだけ利用するものは廉価なものを購入した。
例えば、実家のキッチンが元通りになればそこにはオーブンレンジが組み込まれるので、当面使うレンジは必要最小限の機能でよい、という考えだ。
冷蔵庫、洗濯機、テレビ、電子レンジ、などなど……。仮住まいと実家の両方の間取りを考えながら選んだ。
 
火事の翌日の夜、母が思い出したようにプリプリと怒り始めた。
「ちょっと聞いて! 昨日消防士さんに“おばあさん”って言われたんよ!」
「そらそうやろ?」
「なんで!? 生まれて初めてよっ! “おばあさん”なんて言われたの! これまで一度も言われたことないのにっ!」
「それ、どの場面で言われたん?」
「燃えてる時よっ! 火事よりショックで倒れそうになったわ!」
「……(笑)」
ボクもその場にいた親戚もあきれ顔だったのだが、少し心に余裕が出てきたようで安心した。
 
母の仮住まいでの生活が始まり、保険会社の鑑定も終わったが、まだまだ越えなければならないハードルがあった。
 
1.家財について、保険金の請求をする(家財と建物は別々に請求)。
2.使えなくなった家財(ほぼ全部)を、産業廃棄物として処分する。
3.建物部分について保険金を請求するため、施工会社から見積りをもらう。
4.保険金額の確定。
5.施工会社と再度打合せ、保険金額の範囲内で実家を復旧してもらう。
6.実家の復旧工事。
7.元通りになったら、仮住まいから引っ越し。
 
家財の請求書を作成するのは、なかなか根気のいる作業だった。
大きな家具から小さな日用品まで、全部書き出さなくてはならない。しかも、分かる範囲で購入年月・購入価格も記載しなければならない。
実家は思い出の宝庫。一つ一つ書き出すたびに、様々な想いがよみがえってきた。
 
また、工事でも早速問題が持ち上がった。
マンションの共用部分の配管や配電盤を元に戻すのにかなり手間取りそうで、それが終わらないと部屋の工事にはかかれないというのだ。
黙って待つしかなかった。
 
母は部屋を片付けるために、仮住まいのマンションから毎日毎日電車で通い続けた。
実家は最寄りの駅からかなり急な坂道を上ったところにある。80歳にはかなりつらいはずの道のりなのだが、雨の日も雪の日もまるで何かに取りつかれたように一日も欠かさず通い続けた。
 
実家のマンションには当然電気が通っていない。暖房もなく、冬の寒く薄暗い部屋の中を毎日少しずつ片付けていった。
隣の部屋の方が見かねて、「何かあったらやっておきますから。少し休まれたら……」と言ってくださったが、母は止めようとはしなかった。
 
今にして思えば、実家へひたすら通い詰めることで心の均衡を保っていたのだと思う。
この慣れない環境で過ごした数ヶ月は母の心身を蝕み、火事の前の元気な母にはまだ戻っていない。
 
春が近づいた頃、ようやく部屋の工事を始められることになり、ボクも実家に戻って施工会社の方と綿密な打合せをした。
そもそもの間取りをどうするか、壁の色、キッチンの仕様、コンセントの位置など図面を見ながら決めなければならないことが山積みだった。
しかしこれは、未来へ向かう非常にわくわくする楽しい作業だった。
 
さらにコロナ禍で資材の流通が滞るなどの問題が生じたが、それから2ヶ月ほどしてやっと実家が元通りになった。
引っ越しの日取りも決まり、もちろん手伝いに帰るつもりだったのだが、母からは断られた。
理由はコロナだ。東京の感染拡大がクローズアップされている時だった。
「あんたが帰ってきて、もしこのマンションで一人でも感染者が出たら、うちのせいにされるやん……」
「あ……」
 
ありがたいことに、施工会社の方が言ってくださった。
「大丈夫ですよ。ボクらがちゃんとお手伝いしますから!」
 
火事から半年後、母は実家に戻った。少しずつだが、元気を取り戻しつつある。
「どう? 新しい部屋は」
「うーん、ちょっと落ち着かへん……」
「……(笑)」
 
 
 
 
***

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2021-07-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事