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私の普通は、本当に普通?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:仲本 ひと美(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
普通は、空気と同じ。存在があたりまえすぎて、その存在をいちいち考えたりしない。ずっと空気の流れが変わらなければ、何も気にせずに過ごしてしまう。けれど、ある日、空気の流れが変わると、気にかけていなかった空気が、突然目の前に姿をあらわす。そのたびに思う。今まで普通だと思っていたけれど、それ、本当に普通だった? と。
 
出張先から戻ってきたAさん。疲れからなのか、それとも、出張先で何かうまくいかないことがあったのか、見るからに不機嫌な様子。
そんなAさんに、余計なことは言わない方が良さそうだなと思い、隣の席の私は「おかえりなさい」と一言だけ言い、自分の仕事に集中することにした。
Aさんの様子は、気にはなったが、私は、残業中。1分でも早く帰宅したい。
見て見ぬふりを決めようとした。でも、早く帰りたい日に限って思い通りにはいかない。
 
「普通、こんな風に投げ置くか!」、とAさんが突然強い口調で言った。
何事? と思いはしたが、私は早く帰りたい。Aさんの言葉を聞かなかったことにした。しかし、他の同僚は席を外しており、近くには、隣の席の私しかいない。なんとなく無視はできない。
仕事の手を止め、しかたなく「どうかしましたか?」、と声をかけてみた。
 
「いつも思っていたのだけれど、普通、一言メモを添えるなりして書類は置くものでしょう。ただ、机の上に、書類だけ置いておくのは、失礼だよな。そう思わない?」
Aさんの机の上に一枚の書類が置かれていた。ただ、書類だけ。一言のメッセージもない。この書類が、Aさんの日ごろのイライラを爆発させる、引き金になってしまったようだ。
 
どうやらAさんは、私の職場の暗黙のルールの数々に不満がたまっていたようだ。一言、言葉を発したら不満の数々が湧き出てきて止まらなくなってしまったよう。
私は、しばらくAさんから、私の職場のダメ出しを聞くはめになってしまった。なかなか話は止まらない。早く帰るという、目標はあきらめ、私は、Aさんの愚痴に、とことん耳を傾けることにした。
 
Aさんは、中途採用。私と同僚になって、まだ数か月しかたっていない。
勤め先は、創業して数年しか経っておらず、未熟な部分も多かった。それは、古株の私も実感していたこと。だからこそ、新しく仲間になったAさんには、私だけではなく、他の同僚も気づかっていたつもりだった。
ところが、よくよく話を聞いてみると、Aさんが不満を感じているのは、私たちが気にかけていたことではない。古株の社員が、空気のように感じている、全く気にもとめていないようなことだった。
 
Aさん曰く、書類に、たった一言「押印ください」の付箋のメモがあればよかったとのこと。書類が置いてあるだけでは、「押印をするのは当然、やっとけよ」、とでも言われたように、不躾に感じたよう。メモ一枚で、相手をおもんばかる気持ちが伝わるよね、と言うことらしい。
 
一方、私は、メモが無いだけで、「えっ! そんなに怒ること」、と思ってしまった。
 
Aさんの机の上に置かれていた書類は、頻繁にやり取りをされるもの。
多いときは、何十通と一度に押印をしなければならない。いつからかわからないが、その書類は、頻繁にやり取りがあるため、毎回、付箋を貼るのは大変。
書類にメモがなくても、机の上にあれば「押印をおねがいします」、というメッセージがあるものとみなし、誰もが自動的に押印をし、作業を進めていた。
けして、書類を投げ置いていたわけではない。お互い信頼しているからこそ、メッセージを添えていなくても不満に感じる人は、一人もいなかった。
でも、メッセージが無くても不満を感じないのは、長く勤めている社員だけの普通。不満に感じる人は一人もいないと、私は思っていたが、実際は、Aさんにとっては、不満の引き金になっていた。
 
Aさんの愚痴を聞くまで、書類にメモがなくても問題がないのは、私の務め先の暗黙のルールであることにすら、気がつかなかった。
私が普通だと思うことは、誰にとっても普通。いちいち説明をする必要はないと思い込んでいた。
普通は、いつの間にか、普通だと思い込んでいるけれど、そう思い込んでいることにすら気がつかない。Aさんに愚痴を言われるまで、私も、それが普通と自分が認識していることにすら気がついていなかった。古株社員が、誰一人疑うことなく私と同じように作業をしていたから。
普通は、気がつかないうちに油断してしまい。足元をすくわれることもあるのかもと、Aさんの愚痴を聞きながら思った。
 
でも、普通すぎで当然と思い込んでいたのは、私だけではない。
実は、ご自分では全く気がついていなかったけれど、普通という思い込みの落とし穴に、Aさん自身もはまっていた。
 
Aさんの机の上に置かれていた書類。いつも、Aさんの机の上に置くのはBさんという同僚。
Aさんは、どちらかというと丁寧に、細かいところまで、きちんと仕事を進めるタイプ。Bさんは、仕事は一生懸命だけれど、大雑把。仕事の見落としや、人の話を聞いていないことも、たまにある。真逆の性格の二人は、仕事に対する考え方が合わないことも多かった。
 
Aさんは、私の会社の暗黙のルールに不満を持っていた。そして、考えの合わない、Bさんの仕事との接し方に対しても不満を持っていた。
Aさんの机に置かれた書類は、暗黙のルールへの不満と、Bさんに対する不満の両方をあらわす象徴。
二つの不満が掛け合わさると、ただ置かれていた書類は、『投げ置かれる』に変換される。書類は、日ごろの不満が爆発されるスイッチになってしまった。一度噴火すると、愚痴も止めどなく溢れ出る。
「なぁ、常識ないよな?」、と私に同意を求めるAさん。
私は何と答えればいいのかわからなかった。
Aさんは、Bさんが書類を置いたと思っているけれど、その書類を、その日、Aさんの机に置いたのは、私だった。
 
普通は、書類を扱うのはBさん。そして、私は、いつもは、付箋に一言メッセージを添えて、不在の方の机に書類を置く。
この日に限り、Aさんにとっていつもの普通が、二つも普通と異なっていた。
一つは、書類を私が処理をし、そして、Aさんの机に、私が置いた。二つ目は、私が、付箋を貼らずに、机の上に書類を置いてしまったこと。
Aさんにとって、いつも繰り返されている普通が、この日に限って違っていた。そして、Aさんは、そのことに全く気がつかず、まさか、愚痴の原因の書類を置いたのが、私だとは知らずに、私に愚痴を言い続けていた。
 
私は、ただ驚き、声がでなかった。心の中では
「なんで今日に限って、メモを付けなかったのだろう……」、と後悔でいっぱいだった。
すぐに私が一言「申し訳ありません」、と言えばよかったのだけれど、私は相槌しか打てないほど、Aさんの口から、とめどなく文句が溢れ出る。
しかも、Aさんは書類を置いたのは、Bさんだ! と思い込んでいる。
そんなAさんを見ていると、私は「実は、その書類を置いたのは、私です」、とは言い出せなくなってしまった。
真実を告げたあと、Aさんが感じるであろう、気まずさを考えたら、私は、黙ってしまった。
 
普段は、私が取り扱うことのない書類。でも、処理の仕方は私も知っていた。
その日は、私だけではなく、みんなが忙しかった。
Aさんに提出する書類は、私の他の仕事と共通の作業もあり、同僚をフォローするつもりで、「私が処理しておきますよ」、と軽い気持ちで引き受けた。まさか、Aさんを怒らせるきっかけになるとは思わずに。
ただ、手伝うなら、私も最後まできちんとするべきだった。残業をしなければいけないほど、私も忙しかった。書類の処理までして、Aさんの机に置くとき、たった一言「押印おねがいします」とメモを書くことも、わずらわしく感じてしまった。そして、みんなも付箋を貼っていない。Aさんも書類を見れば、処理の仕方はわかっているはず、と私の都合のいいように考えてしまった。配慮が欠けていた。
じっくり振り返ると、私の手抜きが、メモのない書類に伝わり、Aさんの不満を大きくしてしまったのかなとも思えてくる。
 
Aさんとの出来事、この後、ずっと頭の片隅にあった。
私の普通は、みんなにとっての普通ではないと。
では、どうすれば共有できるのだろうと考える機会もあった。
 
私は、Aさんとの出来事のあと。新入社員の教育係になった。
伝えることは、社内のルール全般。マニュアルに書かれていることのほかに、自分の普通、そして、他の同僚が普通と感じていることを洗い出し、できるだけわかりやすく、きちんと伝わるように工夫した。
Aさんのように不満がたまらないように、そして、会社で過ごす時間に困りごとが少しでもなくなるように。
教育の機会が訪れるたびに、何度も見直し、しっかり準備をした。
私が新入社員教育をする時間は、30分から1時間。質問を受けても、充分足りる時間だと思っていた。
全ての説明が終わり「ご質問はありますか?」、と私がきく。
ほとんどの方は、「ありません。大丈夫です」、と答えてくれる。
私の教育のやり方は、間違っていないな、と思っていた。
 
ただ、たまに例外がある。
できるだけ、たくさんの普通を集めて、暗黙のルールを共有できるように丁寧に教えていても、質問攻めに合うことがある。
質問の内容は、そこを気にするの! と私が思ってしまうことばかり。
新入社員の質問は、私の気がついていなかった普通ばかり。
ある日の教育では、なかなか質問が途切れず、1時間オーバー。
教育が終わったとき、私はぐったりしてしまった。
普通の共有は、難しすぎる。普通の数も多すぎる。どこまで気にすればいいのか見当もつかない。
でも、質問を受けていて気がつく。そもそも、普通を集めて、共有しようとしたことが、ちょっと違っていたのかもと。
 
私にとっての普通は、いつでも変わらず普通だ。でも、それは、私が普通と思い込んでいるだけのこと。
また、私の普通が、他の人にとっても、必ず普通かと言うと、そうではない。
そもそも、みんなと共有できる普通はないのだ。
 
Aさんの机に置かれた書類。これだって、いつもはBさんが処理をしていたが、いろいろな事情が重なり、その日に限って、私が処理をした。
その時、その時で、普通は変化をしていくことの方が普通なのだと気がついた。
 
Aさんが愚痴を言ってくれたことは、普通が普通ではないのだと、自覚できる良いきかっけになった。Aさんが空気の流れを変えてくれたのだ。
 
残念ながらAさんは、私に愚痴を言った日から、ほどなくして、私の職場を退職した。
Aさんの机に置いた書類も、今は、電子化が進み、押印をお願いすることはない。
 
Aさんとの出来事から学べたことは、普通は、いつもあたりまえに普通ではないこと。だからこそ、きちんとコミュニケーションをとる。または、直接話すことができなければ、一言メモを添えること。
 
私にとっての普通、そもそも、いつも同じ普通なんて、どこにもない。
 
 
 
 
***
 
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2021-08-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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