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なぜ落合博満は点を取られないチームを作ったのか?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

名前:篁五郎(「超」ライティングゼミ受講生)
 
 
2011年9月、中日ドラゴンズは当時チームの指揮を取っていた落合博満監督の3年契約満了後、更新しないと発表した。事実上の解任である。
 
2003年のオフに監督となってから8年間で4回のリーグ優勝、一度の日本一を達成した名監督を解任した理由を球団社長は「野球殿堂入りをされた今年が節目ではないかと。一度新しい風を取り入れたい」と説明した。しかし、落合解任はシーズン当初から噂されていた。
 
強いけど面白くない。
 
ファンから聞こえてきたのはこんな声である。バントを多用し、万全の継投で守り切って勝つ。そんな落合野球は、面白みのない地味な野球と批判され続けた。現役時代に三度の三冠王(打率、打点、ホームランがすべてリーグトップになること)を獲得した伝説のスラッガーは、強打者のイメージそのままに攻撃型のチームを作ると思われていた。しかし、落合が作り上げたのは徹底した守備のチームである。
 
その象徴がアライバと呼ばれた二塁手に荒木雅博、遊撃手に井端弘和を組ませた鉄壁の二遊間であった。二人は守備範囲が広く、捕球も上手い。早い打球でないとセンター前に抜けるヒットを打つのは困難と思われるくらいの守備力であった。
 
そしてもう一人の象徴が、落合が監督就任時に助っ人外国人として残留していたアレックスだ。外国人打者に求められるのは打撃力である。守備は下手くそでもそれを補うくらいホームランを打ってくれたら構わないという考えて契約をする。しかし、アレックスは打率.294、21本塁打、65打点と目覚ましい打撃力があるわけではない。ところが落合は「ウチに絶対に必要な戦力」と言って残留させた。その理由は高い守備力にあった。外野手として広い守備範囲を持ち、イチローもびっくりするほどの強肩を持っている。両翼100メートル、中堅120メートルと広いナゴヤドーム(現・バンテリンドーム ナゴヤ)のフェンスぎりぎりから矢のような送球でホームにボールを返してくる。その高い守備力でヒット性の当たりをアウトにし、レーザー光線のような強くて早いボールを投げて得点を阻止してきた。
 
強打者だった落合が守備のチームを作ったのは理由がある。一つは自身の現役時代の苦い思い出からだ。現役時代にロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)に在籍していたときに、三度の三冠王を獲得しているが、優勝経験は一度もない。すべて優勝は当時の常勝チームである西武ライオンズ(現埼玉西武ライオンズ)に奪われていた。打つ力はロッテに分があったが、守備力は圧倒的に西武が上であった。何しろ一試合平均で西武は3点しか取られないが、ロッテは4点取られてしまう。
 
いくら落合が打ってもそれ以上に点を取られてしまえば勝てない。
 
その体験が落合を守備力を重視するようになった一因である。
 
もう一つは先述したようにナゴヤドーム(現バンテリンドーム ナゴヤ)の広さである。他のチームの球場よりもナゴヤドームは広く、外野フェンスも高い。ちょっとやそっとではホームランを打たれることはないのだ。それならば守備力を上げれば点を取られることはないと考えて守備に目を向けるようなったのだ。
 
そして高い確率で勝ちにいくためには相手を0点に抑えることだと考えた。
 
野球で打率が3割打てれば一流のバッターと言われるが、裏を返せば3回に1回しかヒットを打てないということである。野球は9回まで最低3回はバッターに打席が回ってくるから一流バッターがヒットを打つ確率は一試合に1本しかない。他は打率が低いから打たれる可能性はもっと低くなる。それならば打つ力を上げるよりも守備力を上げたほうが勝てる確率は高いと落合は考えたのだ。
 
そこまで落合が勝ちにこだわったのは、二つの理由がある。一つは監督就任時にオーナーから託された指令であったからだ。
 
そもそも落合は自分がプロ野球の監督になれるとは思っていなかった。プロ野球の監督は卓越した手腕やコーチとして指導力が評価されてなるわけではない。ほとんどの球団では人間関係や学閥のようなものが重んじられる場合が多い。
 
読売ジャイアンツでは現役時代は巨人一筋で4番バッターかエースだった選手でないと監督になれないという不文律がある。現在、監督を務める原辰徳も、前任の高橋由伸もこの不文律によって監督に就任した。
 
落合が監督を務めた中日ドラゴンズも巨人ほどではないが、球団OBが就任条件の一つで、しかも派閥によって選ばれることが多かった。大学は中退で現役時代も派閥に属さず一匹狼だった落合は自分が監督になれないことを知っていたのだ。
 
しかし、当時の中日ドラゴンズオーナーは自分の一存で落合を監督にし、現場のことを決める権限をすべて落合に与えたのだ。その条件は常勝チームをを作ること。オーナーから託された指令を実現させるために最も確実で達成できそうなのが守備のチームを作ることだったのだ。
 
例えば、0-1で負けが続くと普通の監督ならばバッターを集めて「お前ら、投手が頑張っているのだから少しは打て!」と発破をかけるだろう。しかし、落合の作ったチームは真逆である。投手を集めて「打線が援護できないのに、なぜ点を取られるんだ。おまえたちが0点に抑えてくれれば、打てなくても0対0の引き分けになる。勝てない時は負けない努力をするんだ」と声をかける。
 
守備のチームを作るならば、投手の力を上げるのが絶対条件だ。いくら守備の上手い選手を集めても投手がへなちょこなら打たれてしまう。それだけ守備のチームを作るならば投手力を上げないとならない。しかし、落合は投手のことは自身が連れてきた投手コーチにすべてを任せた。
 
投手の状態、調整、誰を先発させて、誰を次の出すのかは監督の専権事項といっていい。ところが落合は投手コーチにすべてを任せており、試合前に記者に先発を聞かれても「知らない。投手コーチに聞け」としか答えなかった。投手のことで決めたのは二度だけ。就任一年目の開幕戦で3年間肩のケガで登板していない川崎憲次郎にしたこと。その川崎の引退試合だけである。
 
残りはすべて投手コーチに任せた。その理由は至ってシンプルだ。
 
「俺は現役時代に投手じゃなかったから投手のことは何もわからない」
 
そう答えて任せたのだ。口を挟んだこともない。しかし失敗をしても責任は自分で負った。日頃から「勝ち負けは全部監督の責任」と公言していたのを実行したのだ。
 
そして、確実に勝つためには万全の体制を敷く。時には個人の記録よりも勝ちを優先させるほどだった。
 
それは2007年の日本シリーズでのこと。第4戦まで3勝1敗できた落合率いる中日ドラゴンズは第5戦に山井大介が先発し、8回まで一人のヒットも許さず、四死球も出さない完璧な投球をした。それが8回まで続き、完全試合の予感が球場全体に漂った。
 
何せ日本シリーズでの完全試合は史上初の快挙。歴史的な瞬間の目撃者になれるのだ。しかし、9回にベンチから落合が出てきて審判の元へ向かう。
 
球場のファンは守備の上手な選手を入れて確実にいくのだろうと思ったが、ウグイス嬢のアナウンスが意外なものだった。
 
「ピッチャー山井に代わりまして、岩瀬。ピッチャーは岩瀬」
 
なんと完全試合をしていた投手を交代し、落合が監督になってから全幅の信頼を寄せ、現役通算407セーブ(歴代一位)を達成した岩瀬仁紀を投入したのだ。その岩瀬は期待に応えて3人で打ち取り、史上初の完全試合リレーで日本一に輝いた。
 
この時のことを落合は後に「この日本シリーズの流れを冷静に見ていった時、もしこの試合に負けるようなことがあれば、残り2試合も落としてしまう可能性が大きいと感じていた」と語り、どうしてもあの日で決めたかったという。
 
それならば、なぜ山井を交代させたのかというと「投手コーチから山井は右手薬指のマメを潰していると報告を受けて交代させたほうがいい」ということだったのだ。落合は日本一になることを優先し、山井から岩瀬へと交代させたのだ。
 
この采配は賛否を呼び、落合には批判の声も集まったが、一貫して「勝つために最善の手だった」と語っている。それどころか「山井のことばかり言われるけど、交代して3人で抑えた岩瀬を称える声がない。それが頭にくる」と返し、あの試合で影の存在となったリリーフエースを絶賛したのだった。
 
それだけ徹底して勝ちにこだわったのはもう一つの理由は「勝つことが最大のファンサービス」だと信じていたからである。
 
落合が三冠王を取った頃のロッテオリオンズはお世辞にも強いチームとは言えなかった。優勝争い少しだけ絡んででも途中で息切れをしてしまう。当時不人気のパリーグで優勝争いができないと観客席はガラガラ。数少ないお客さんは試合を観ないでビールを飲んだくれていたり、周りに誰もいないからカップルはいちゃついていたりするのが日常の風景だった。夏になればガラガラのスタンドで流しそうめんをする若者もいたくらいロッテオリオンズは不人気チームだった。
 
しかし移籍した中日ドラゴンズ、読売ジャイアンツは常に優勝争いをしているチームだったせいかスタンドは常に満席。選手の一挙一動にお客さんが固唾の目で見つめるのが当たり前であった。
 
強いチームと弱いチームの両方でプレイをした落合は「勝たないとお客さんは来ない」というのを身にしみて体験をしていたのだ。だからこそ勝つことにこだわり勝利をファンに届けてきた。
 
勝つために情報も徹底的に隠した。マスコミにケガ人の詳細な情報も流さなかったし、ファンへのわかりやすいアピールをしなかった。2009年のシーズン開幕前に開催されたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)では、中日の代表候補が揃って出場を辞退。落合は「故障をした時の保障もない。(選手が)みんな出てくれると思っているのが大間違い」と発言し、マスコミや他チームのファンから猛批判を浴びた。
 
WBCに選手を派遣しなかったのは勝つためでもあったが、それ以上に大きかったのは選手を守るためであった。
 
実は前年に開催された北京オリンピックでは、4人と12球団で一番選手を派遣している。オリンピックでは金メダルも期待されたが、結果はベスト4とメダルを獲得できなかった。それだけならまだいい。オリンピックから戻ってきた選手は全員ケガや精神的なショックを抱えており、試合に戻るまで時間がかかってしまったのだ。特にリリーフエースの岩瀬は、一番の戦犯としてマスコミや段から非難を浴び、球団には脅迫状が届くほど。岩瀬自身も「一人でいたら変なことをしてしまうかもしれないからチームの皆といたい」と言うくらいショックを受けていた。
 
それを隠して自分だけに批判の矛先がいくようにしたのは選手に周りを気にせずにプレイさせることが勝つことに繋がるのを知っていたからだ。実際に8年間監督をしてマスコミを通して選手を批判することは一度もしていない。
 
それは自分自身の経験からマスコミを通すよりも直接言った方がいいと思ったからと選手との約束だっだ。
 
こうして選手を庇い、勝つための環境を作り、常勝チームになったが、解任理由の一つが「ファンサービスが少なく観客動員が落ち込んでいたから」というものだった。
 
ところが、解任理由は間違いであった。
 
落合が監督時代の中日ドラゴンズの年間の観客動員数は210万~240万台で、毎年リーグ3位である。優勝した年を比較すると、1年目の2004年は233万500人、3年目の2006年は239万8698人、7年目の2010年は219万3124人、最終年は214万3963人と徐々に減っていた。これだけ見ると落合解任は妥当だと思える。
 
ところが落合解任後の2012年以降、中日ドラゴンズの成績が低迷すると観客動員数も減少。2012年は約208万人、翌13年は約199万人、14年は約200万人、15年は約204万人と落合時代よりも減ってしまったのだ。ファンサービスは落合時代よりも充実させてこの結果である。この間、中日ドラゴンズは7年連続Bクラスと成績は低迷していたのだ。
 
『勝つことが最大のファンサービス』という落合のモットーはプロ野球の世界においては間違いないことを証明したのだ。いくらファンサービスが良くてもプロの試合は勝負事である。贔屓のチームが勝つところを見たくてファンは球場へと足を運ぶ。球団関係者にはそのことを忘れないで欲しい。
 
 
 
 
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2021-08-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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