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ゲームの時間はなぜ30分?


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:吉田けい(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「ゲームは1日30分ね!」
 
かつて母に言われた約束事を、私は4歳の息子に言って聞かせていた。
 
息子が本格的なテレビゲームを嗜むようになったのは、我が家にNintendo Switchがやって来た頃だ。ミーハーな私はステイホーム中に人気ソフトで遊びたくて、やっとの思いで本体を手に入れた。それはリングフィットアドベンチャーというフィットネス系ソフトの同梱版で、直径30cm強の輪っか状のコントローラー、リングコンがついて来た。絶妙な硬さのリングコンを押したり引っ張ったりしながら汗をかいている夫を見て、息子が自分もやりたい、と言い出すのは至極当然の流れだった。デジタルネイティブの息子はあっという間に操作を覚えた。テレビ画面にかぶりつきで飛び跳ねたりリングコンを押し込んだり、真剣すぎるほどの眼差しでゲームに興じる様は、微笑ましくも一抹の不安を掻き立てた。
 
ゲーム、子供にずっとやらせるのはあんまり良くないのかな。
 
「リングフィットならいいんじゃない? これは運動だよ」
 
夫は楽観的にそう言っていたが、私の疑念は消えなかった。Nintendo Switchでは、ファミコンなどの旧世代のソフトすべてが遊び放題という夢のような目玉コンテンツがある。ファミコン世代ど真ん中の夫は、懐かしい懐かしいといいながら、スーパーマリオなどの過去の名作をプレイするようになった。その横にいる小さな息子は、パパが上手にマリオを操る様を尊敬の眼差しで見つめる。
 
「ぱぱー」
 
息子の前ではプレイするなと釘を刺しておくべきだったか。
 
「ゆーたんも、まりお、やりたい」
 
いや、もう時間の問題だったのだ。歯磨きタイムに見せているYouTubeでは、最近はマリオメーカーの実況ばかり見ていた。スマホの幼児向け知育アプリではない、魅力的なコンテンツがあると、息子はもう既に知っている。夫のプレイでマリオを初めて見たのではなく、「どうがとおんなじのをぱぱもやっている」のだから、自分でも出来るのではないかと期待を寄せるなという方が無茶な話なのだ。既に夫は嬉々としてコントローラーの操作方法を説明し始めている。息子と一緒に昭和ゲームに興じる、それはそれで微笑ましい光景なのだろう。
 
ゲームは1日30分。
母が何度も言っていた声が脳裏に蘇る。
 
「……30分、2時半までね」
「はーい」
 
ゲームの時間の終わりを宣言するなんて、私、お母さんしてるな。だが生まれて初めてゲームに触れた息子、30分で切り上げられるとは思えない。案の定2時半には夫ともども叱る事態となり、もっとやりたい、もっとマリオ、と息子は大泣きした。息子の気持ちは痛いほど分かる、ゲームに夢中になっている時の30分はほんの瞬きしている間に過ぎ去ってしまう。セーブポイントに戻るから、そこまで待ってくれと懇願したっけ。そもそもどうして30分だったんだろう。目が悪くなるからなんて言われたが、ゲームよりも夜中の読書の方が近視乱視を進行させた。子供がテレビを凝視して小さなコントローラーを必死に操作する様は、当時の親世代には受け入れ難い光景に見えたのだろうか。今の私が必死にマリオを操る息子を見ても、可愛いな、大きくなったな、くらいの感想しか浮かばない。その感情そのままに、好きなだけゲームをやらせてしまってもいいんじゃないか……?
 
「…………ダメだ」
 
ゲームの魅力は底が知れない。だから大人でさえ、ハマってしまうと夜が明けるまでのめり込んでしまうことも多々ある。まだ自分で自分を節制し切れない幼稚園児なら尚更だろう。だからゲームは30分なのか。いや、大人になった私も、Switchやスマホでゲームをする時、30分を1つの目安にしている。1時間以上ゲームばかりしていると、なんだか無駄にした」という気持ちが強くなってくるからだ。
 
子供も大人も身体を動かして遊ぶべきだから、その時間を削り取るゲームは制限すべきなのか。
 
身体を動かすと言うならリングフィットはどうだろう、汗だくになるほどの運動を楽しみながら実施できる。友達との交流が断絶するから? オンライン対戦などゲームの進化により、時間と場所の制約は既に取り払われた。何より、ゲームを攻略するためにあれこれ知恵を絞るのは、かなり脳を刺激しており、他の遊びに引けは取らない。おままごとや積み木は時間制限がないのに、どうしてゲームばかり槍玉に挙げられるんだろう。
 
私は疑問を抱えながら、ゲームと出会ってしまった息子に付き合うことが多くなった。操作説明やキャラクターのセリフの読み上げ。難しいところの攻略方法のレクチャー。ある程度慣れてくると、そうしたサポートの出番は少なくなり、息子1人でも難なく操作できるようになってくる。それなら、ゲームしている間に、サクッと洗濯を済ませてしまおうか。仕事のあの処理だけ進めておこうか。親目線で見ると、ゲームの時間を制限するどころか、できるだけゲームに夢中になって貰った方が、家事仕事が捗るではないか。これならいっそ制限などせずにたっぷり遊んでもらった方が、お互い Win-Winなんじゃないか……。
 
ゲーム自体が悪いわけでは決してない。
それでも、ゲームはなんだがずっとやっていてはいけない気がする。
 
「…………」
 
なんだろう、悪いものではないのに、そればかりになることへの抵抗感。
 
「……自己啓発だ……」
 
若い頃、自分のキャリアや存在価値に自信が持てず、自己啓発系の本を読んだりセミナーに参加したりしていた。そのコンテンツ自体は良くても、そこに病的なまでにはまり込んでしまっている人を見た時の強烈な違和感が、今の私のゲームへの思いと似ている。自己啓発することそのものが目的になってしまって、スキルアップした能力を活かす舞台が用意されていない虚しさ。更なる自己啓発を求めてますます自己啓発をする、自己啓発がゲシュタルト崩壊しいくような堂々巡りの感覚。いくらゲームが魅力的で脳トレになって筋トレにもなるのだとしても、そうして得たスキルをゲームの中だけでしか活用できないことが違和感の正体だったのだ。ゲームで得た論理力を積み木に、プラレールに、おままごとに生かし、鍛えられた肉体で公園や自然を思いっきり楽しんでほしい。身体を動かすべきだから、という論理とは少し方向性が違うので、すぐに気がつくことができなかったのだ。
 
ゲームは自己啓発、楽しみながら自分を成長させてくれるツール。
それそのものが目的とならないように、時間を区切ることが大切だったのだ。
 
「ゆーたん、そろそろゲーム終わりだよ」
「…………」
 
マリオに集中している息子は、私の声かけは無視して真剣にボタン操作をしている。いつもならここで渾々と説得するところだが、深呼吸を一つすると、にっこりと微笑んで見せた。
 
「ゆーたん、ゲーム終わったら、公園行ってみようか」
「こうえん?」
 
たくさんゲームをやった成果、とくと見せてもらおうじゃないの、息子よ。
 
「うん、公園。神社の原っぱでもいいよ」
「じんじゃ、いく!」
 
小さなマリオは、本物の冒険に目をキラキラと輝かせたのだった。
 
 
 
 
***
 
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2021-08-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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