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私の知らない私の「思い出」


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記事:杉山佳那恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
最近、あるドラマでの台詞が私の胸に突き刺さった。
父親との親子関係に入った亀裂に思い悩む青年は、劇中で老人にこう尋ねる。
「父と銭湯に来たら仲良くなれますか?」
「僕は父との思い出がないんです」
すると、おじいさんはこう答えた。
「思い出がないだと? 君は覚えてなくても、一緒に銭湯に行ったり海に行ったりしたはずだ」
「仲良くなれるさ」と。
 
この台詞を聞いたとき、自分自身が関わっている家族との「思い出」が気になりだした。
私が覚えていない、あるいは知らないことを。
自分の幼少期をふとした瞬間に思い出すことはある。
しかしそれはもちろん記憶の中にあるものであり、しかもほんのごく一部に過ぎない。
ましてや、自分が母親のお腹にいた時の記憶、まだ赤ちゃんだった頃の記憶は何ひとつとして残っていない。
それでも、今こうして生きているのは、記憶に残っていない期間も、家族や周りの誰かに大切にされていたからだ。
産んでくれた人や、育ててくれた人の記憶の中には、自分自身が知らない「私」との大切な思い出がきっと存在する。
誰かの記憶の中にいる私を今のうちに知っておきたい気がした。
そこで私は一先ず母親に尋ねてみることにした。
 
私の母は36歳の時に私を産んだ。
それはいわゆる高齢出産にあたる。
そして私は3人兄妹の末っ子、つまり3人目の出産であった。
私が母のお腹の中にいたときのつわりは、私の兄や姉のときよりも酷かったという。
大のコーヒー好きの母はコーヒーが嫌いになり、飲めなくなってしまった。
ごはんや味噌汁の匂いは、気分が悪くなる素になった。
そんな当時の母が唯一食べることができたもの。
それは、栗と素うどんであったという。
中でも、「栗」にはあるエピソードがある。
私からみた兄と姉は歳が離れていて、その頃はもう小学生だった。
山に囲まれた学校に通っていたふたりは、その学校の帰り道で、栗をよく拾って帰ってきた。
ランドセルいっぱいに詰め込んで。
「こんなにたくさん、大変じゃなかった?」と聞くと、ふたりはこう答えたという。
「お母さんが食べられないと、赤ちゃんに栄養がいかないから」と。
 
つわりが落ち着いてからも、母の体調は安定しなかった。
早産をするリスクも抱えていたのだ。
安静にしていなければならない期間がその後もしばらく続いた。
しかし、その期間は母にとってかけがえのないものにもなった。
家事をすることのできない母に代わって、私の父、兄、姉が家事を率先してやってくれたことが何よりも嬉しかったようだ。
 
そして、妊娠36週目に「私」が生まれた。
その瞬間には私の父も立ち会い、母は喜びをふたりで分かち合えたことに幸せを感じた。
学校の帰り道で栗を拾ってきてくれた兄と姉も私の誕生を喜んだ。
私の兄の喜びは尋常でなかったらしく、兄の担任の先生曰く、学校でもその喜びを爆発させていたという。
妹の誕生を友だちに報告してまわっていたらしい。
 
しかし、そんな喜びも束の間、ある問題が降りかかった。
生まれて3ヶ月経っても、私の目は見えていなかったのだ。
そのことは健診で明らかになった。
毎日、育児日記をつけるほど面倒をよく見てくれていた私の姉は、「かわいそう」と泣いた。
母もこれから私をどう育てようかとずいぶん悩んだ。
 
ところが、刻一刻と時間が過ぎ、私が生まれてから4ヶ月ほどが経過したある日、ようやくその時が来た。
「かんちゃん!」と私を呼ぶ母の声に、私は反応し母に顔を向けたのだ。
次々と呼ばれる自分の名前。
それに応えようと、「目で」追うように一生懸命頭を動かせてみせた。
家族の不安をよそに、私の目は、同じ年の他の赤ちゃんとは一足遅くに見えるようになった。
そして、母が手を「パチパチ」と叩いて見せると、私もそれを真似るように手を「パチパチ」させてにこりと微笑んだ。
 
ここまで書いてきたことは、母の記憶の中にあるごく一部の私のこと。
そして、同時にそれは私の記憶の外にある、ごく一部の私のことでもある。
会話の途中、母はある一冊のノートを私に差し出した。
それは、姉が昔つけてくれていた、育児日記であった。
妹の私が少しずつ成長していく様子や、クスッと笑えてしまうようなエピソードが当時小学生だった姉の手によって事細かに書かれていた。
それを読んで改めて気づいたことは、私はいつだって家族に愛されてきたということだ。
今、その育児日記をつけてくれていた姉とは、なかなか会えていない。
だから、連絡を入れてみた。
「今度一緒に温泉行こう」と。
 
 
 
 
***
 
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2021-08-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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