この夏の奇跡
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:宮園道太(ライティング・ゼミ超通信コース)
ボクが全てを失ってしまってもう5年となる。少しその事態に至ったかを話しておく。ボクは中堅の中高一貫校に在学していたが、高校2年生の時に落ちこぼれてしまい、退学した経験がある。その後高卒認定を取得し、予備校を経て都内の中堅大学に入学。
卒業後、順調にキャリアを重ねていた。ある意味で過去の暗い出来事は無かったかのように、サクセスストーリーを描いていた。まさに順風満帆だった。当時のボクは誰もがうらやむ一部上場の損害保険会社に勤務していて仕事にプライベートに充実していた毎日を過ごしていた。そんなボクの日常は簡単に壊れてしまった。健康診断のメンタルチェックでうつ病の疑いがあるとの事で、メンタルクリニックを訪れ医師から「軽いうつ病です」と宣告された。ボクは耳を疑った。高校2年生の17歳の時と同じだったからだ……。
宣告を受けた後、ボクは会社に報告し休職に入った。だけど病状は良くなる所か悪くなる一方だった。クリニックを変える度に病名が変わった。最終的には、「自閉症スペクトラム障害」簡単に言うと、「大人の発達障害」と診断された。この障害のため就労困難と会社側から判断され仕事を失った。それと同時に付き合っていた彼女にも別れを告げられ更に友人達もボクから離れていった……。
そんな失意の中、ボクは実家に戻る事になった。
実家に戻った直後、ボクは生きる事に絶望を覚え、自ら命を絶とうとした事もあり精神科病院に入院する事になった。入院しても病状に変わりは無かった。むしろ悪くなる一方であった。両親からも自分の世話は出来ないと言われ、ボクは退院後、施設に入る事になった。施設に入所後は自分が落ちぶれたと思いこの現実を直視することが出来ず、ネットの世界にどっぷりとハマった。ほとんど引きこもりの状態になっていた。
もう社会復帰なんて出来ないと思っていた。そんな中、Twitterでボクと同じような境遇の人が社会復帰したという情報を得たのだ。その時、自分の中で何かが変わったと思う。「もう一度やってみたい」ボクは心の中でつぶやいた。そう決心したボクはすぐさま行動に移した。ネットで情報を収集、実際にハローワークを訪問し、担当者に疑問点を相談したりした。だけど、ボクの納得のいく回答は得られる事は無かった。社会復帰って簡単ではないと厳しい現実を知らされた。
悪戦苦闘した日々を過ごしていたら、市役所で若者相談というイベントがあることを知り自分も該当することから参加してみることにした。それが、ボクの社会復帰への具体的な一歩になるとは思いもしなかった。
「発達障害を持っていて、ハローワークでも相手にされなかったのですが……」
ボクは自分の現状を必死に訴えた。
「私達の事業所であなたのPCのスキルを活かして、働いてみませんか」
相談にのってくれた女性の方は優しい微笑みを浮かべながらボクに話をしてくれた。よく運命の出会いがこの世の中にはあるとか言うが、ボクにとってまさしくこの出会いがその通りだった。
相談してから3日後には連絡が入り、ボクは事業所に見学に行くことになった。社会復帰の第一歩は踏むことが出来た。ボクは少しずつ前に進んでいるという安心感を感じていた。当日は相談会の時の女性スタッフの方が丁寧に説明をして下さった。
「ここでは、自分のやりたい事を仕事にするお手伝いをします」障害の重い、軽いに関係なく支援して下さるとのことだった。ボクが今までのキャリアで積み重ねたPCスキルを活かせる仕事があるとのことだった。ヤフオクの出品・発送業務だった。1日4時間の仕事量で週3日ぐらいからと言われたので自分はこれならいけると思っていた。
だけど、ボクが思っている以上に簡単では無かった。うつ病になって、入退院の繰り返し、引きこもりをしていた自分の体力は想像より弱っていた。それに週3日、1日4時間のリズムになかなか慣れることが出来なかった。事業所に行っても早退したり、仕事が出来なかったりと納得のいく仕事は出来ずに自信を無くしかけていた。そんなある日、ボクは管理者の方から話があるとのことで相談室に行った。
「今度、新しく就労移行支援事業所を作ります あなたはそこで訓練した方がいいです」
責任者の方は優しい声でボクに話してくれた。ボクのキャリアと今の事業所の仕事よりも一般就労の方がベストであるという判断をされたとのことだった。
ボクにとってはチャンスかも知れないが、躊躇してしまった。だって、仕事が出来ていないからだ……。だからボクは正直な思いを伝えた。
「ボクは週3日もロクに出来ていません それなのに訓練は出来るでしょうか」
責任者の方は口調を変えずにボクに話してくれた。
「問題ないです。だって1年後、未来の状況は良い意味で変わっているはずです」
ポジティブな意見にボクは思わずびっくりした。
「分かりました。訓練に参加してみます」ボクは未来に賭けてみた。
数週間後、新しく出来た就労移行支援事業所に通所することになった。本当にゼロから始まる感じで思わずボクは高揚してしまった。利用者の方も5人ぐらいだったと記憶している。ボクと同じように障害を持っていても、「働きたい」という思いを持った方々だと責任者の方から言われていた。自己紹介する時もみんなその思いを持っていた。みんな優しい方々ばかりでボクも安心して訓練に励むことが出来たと言いたいが、現実はそうはいかなかった。やはり、体調不良が問題となった。早退、事業所に来たけど訓練が出来ない。そんな日々が続いた。
「やっぱり、ボクには無理なんだ……」ボクはこの状況に悲観することが多くなっていた。障害の方は落ち着いていたが、処方されている薬の副作用に苦しんでいた。
そんな苦しい状況が続いていたが、救いだったのは利用者の方々やスタッフの方々からのサポートだった。事業所に行くことがボクにとっては精神的に楽しかった。あまり訓練は出来なかったが……。元々、人間関係が得意じゃないボクは利用者の方やスタッフの方と距離をとっていた。だけど、みんなが優しく話しかけてくれるうちにボクも距離を縮めるようになっていた。次第に事業所に行ける回数が増えていった。そして行くだけではなく訓練にも集中して参加出来るようになっていった。事業所に通所し始めて半年ぐらいが過ぎた頃、ボクにスタッフの方から話があった。
「4月からA型作業所が出来るから仕事をしてみないかな」コロナ禍のせいで障害者雇用も少なくなっていたので、ボクはこの話をチャンスだと思い承諾した。
4月になり、ボクは新しく出来たA型作業所で仕事をし始めた。最初の頃は順調だった。本当にゼロからの会社だったので、今までの自分の経験を活かし業務を行っていた。そうしたらある出来事が発生した。
「利用者の人の悪口を言う人がいます!困っています」同じ職場で他人の悪口を言う人が出てきた。ボクは悪口とかが嫌いだ。その言っている人に注意しようとした所、ストップがかかった。責任者の方がそれは止めて欲しいとのこと。悪口を言うのも障害だからということだった。悪口を止めてと言えない方々のことを思うとボクは許せなかった。だからボクは職場で大きな声で怒鳴ってしまった。この出来事のせいで、ボクの障害が表面化してしまった。一言で言えば、「白か黒か」という考え方になってしまった。良くならない職場環境に嫌気が指してしまい、睡眠薬と一緒に飲酒をしたりした。障害が悪化し始めた。そのため主治医から「入院してください」との一言でボクは入院となった。
それは本当に突然の入院だった。ボクにはするべきことがあったのに……。入院を宣告された日は新規事業のプレゼンがあったのだ。ボクは約3ヶ月、閉鎖病棟という社会から隔離された環境で生活をすることになったのだ。今回の入院は誰かに迷惑をかけたとかではなく自分自身の問題だったのでいくらかは精神的にも楽だった。入院がきっかけで主治医も変わった。主治医の方針は今回の入院をフルに活かして欲しいとのことだった。ボクは自分の持つ「自閉症スペクトラム障害」について、今まで納得のいく回答を得られていないことを伝えた。そうしたら自分が納得のいくまで説明をして下さった。自分は約5年かかっても分からなかった自分の障害について知ったのだ。
「この社会は不完全なものです 白か黒かではなく灰色もあります」主治医の一言には考えさせられた。ボクはようやく信頼のおける主治医と出会えたと心から思えた。この主治医と出会えたこともこの夏の奇跡の一つと言えるだろう。
入院生活が静かな環境だったかと言われれば、それは違った。病院とはいえ、面倒な人間関係はある。ボクはそれに巻き込まれてしまった。主治医は社会復帰の練習になると言われ戸惑ってしまったところもあった。入院生活が1ヶ月ぐらい過ぎた頃、作業療法士の方から今回の入院のきっかけになったことや自分のストレスの対処について考えてまとめてみないかと提案を受けた。特に何もすることはないし、時間だけは無限にあるように感じていたので、ボクはやってみることにした。入院したことで強制的に何もかもリセットされた環境で物事を考えてみることは容易だった。ペンがスラスラと進むのだ。ボクはあんまり物事を整理して考えることは苦手だったのにと思ったぐらいだ。まとめたワークシートを提出した。作業療法士の方がそれをA4用紙1枚にまとめてくれた。ただ、ストレス要因は分かるのに、その対処の仕方が分からなかったので今後の課題となった。そのため治療プログラムの一環として、SSTというプログラムに参加をすすめられた。上手なコミュニケーションを図る意味でも勉強になるとのことだった。そこで思いも寄らない出来事が起きたのだった。
初めてのSSTに参加するために会場に行った所、その時はボクと同じ病棟の参加者1名だった。しばらくしたら、ベルが鳴った。他の病棟から参加者が来られた。その女性の方を見た時、何かを感じた。最初は何でもないと思った。自己紹介の時、その女性の方の声を聞いた時、ボクは耳を疑った。「昔、聞いたことがある声だ」確かに自己紹介の時に名乗った苗字はボクの記憶の人と同じだった。ボクはドッキリした。しかし、その時ボクは、よくある苗字だからきっと違うと思っていた。だけど、週1回のプログラムに出席し、その女性の方の仕草や表情を見たりしているうちにあの人ではないかと次第にボクは思うようになっていった。だけど、あの人と確定するための行動はなかなか出来なかった……。ボクは臆病だった。何とも言えない感じであの人の面影だけでも感じられて良かったんだと自分自身に言い聞かせていた。だけど、そうはならなかった。
ボクは以前の環境には戻ることは最適ではないと主治医から言われていた。そのため新しい環境を探さないといけなかった。そのため色々な事業所やグループホームを見学に行ったりした。たまたま見学する日程がSSTと重なったのだ。ボクはちょっぴり残念な気持ちを感じた。見学後の翌週のSSTに参加した時にその女性の方から話かけられた。
「先週は見学に行かれたと聞きましたよ 感じはどうでしたか」まだプログラム開始までは時間がある。今なら話せる。ボクは決意した。
「大変失礼ですが、有川まりえさんですか」ボクは勇気を出して確かめてみた。
「そうですよ 宮園さんですよね 覚えていますよ」
彼女はボクのことを覚えてくれていた。素直にボクは嬉しかった。
そう彼女はボクにとって初めての彼女だった人だ。あれは、ボクが17歳の時だった。ボクが受験ストレスでうつ病になった時だ。当時、流行りだしたブログを何もすることがないからやっていたら、ボクと同じような境遇の彼女と出会うことになった。
あの日のことは今でもはっきりと覚えている。当時出来たばかりの駅ビルの前で待ち合わせをした。あの時のドキドキはどう表現しようか。あの時もあなたから話しかけてくれた。
「お待たせしました 有川です 宮園さんですよね」
「よろしくお願いします」ボクは初めてのことで声にならない感じで答えた。
あなたにリードしてもらって初めてのデートというものをした。あなたと観た観覧車の一番上からの景色は今でもリアルに覚えている。だけど、そんなあなたとは、別れることになった。ボクの両親が交際には反対した。当時のボクは意見が言えなかった。
そんなあなたとまさか再会出来るとは思ってもいなかった。本当に数分間の会話だけしか出来なかった。その後ボクは退院が決まり、新しい生活が始まった。もうあなたとは会えないかもしれない。だけど、同じ時代を生きていてくれて嬉しかった。本当にこの夏に起きた奇跡だと強く思った。
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