この世界はたくさんの受け渡されてきたバトンで出来ている
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:早藤 武(ライティング・ゼミ超通信コース)
「なかなか先まで読んで、良い手を考えてるよ。これならもっと強くなれるよ」
私は父親に勝負を挑んで、見事に返り討ちにあいました。
すごく悔しい気持ちの中で父親は私に言葉をかけてくれました。
昔から自分の子どもを滅多に褒めることがない頑固な父親が、数少ない私を褒めてくれた出来事です。
当時、私は小学校4年生でテレビゲームを日頃からやっていたのものあって、父親にゲームで負ける気がしませんでした。
そして、珍しく仕事が休みだった父親に遊んで欲しくて勝負を挑みました。
「父さん、暇なら勝負してよ! 一緒にゲームしよう!」
「うーん、最近の子どもがやるようなゲームとかお父さんわからないからつまらないと思うよ? そうだ、将棋やってみるか?」
「将棋ならゲームでやったことがあるからわかるよ! それなら将棋にしよう!」
父親が持っていた将棋盤を組み立てて、駒を並べていきます。
私は当時、弟や友達やコンピューターを相手に負けたことがなかったので当然勝つだろうと思っていました。
しかし、勝負は始まってみると大苦戦です。
私が父親の王将を取ろうとすると見事に守り抜かれて、私の駒がどんどん減っていきます。
攻め込もうとすると、ひらりと攻撃を避けられては駒が取られてしまいます。
1枚の駒でダメなら2枚の駒で攻め込んでも避けられて、さらに駒が減ってしまいます。
たまに駒が取れたと思って、さらに攻め込もうとしても相手の駒に囲まれて動けなくなってしまいます。
そしてやっとのことで相手の陣地に攻め込めたと思ったら、父親の駒がいつの間にか私の陣地に攻め込んできて玉将を取りに来ます。
将棋は自分の玉将さえ守れれば負けることはないので、玉将の周りを味方で守り固めていました。
普通なら攻め込まれると慌ててしまうでしょうけれども、友達と鍛えている腕は飾りではなく、きちんと負けない作戦や勝つための手段を子どもながらに持っていました。
負けないために玉将の周りを自分の味方で囲んで守っていること。
それが逆に大切な玉将がいざというときのために逃げる道を塞いでしまっていたのです。
必死に守り抜こうと攻めてきた父親の駒に勝負を挑んでも次々と倒されていきます。
そして、どう動いても玉将が取られてしまうことを私も理解しました。
「うう、参りました」
敗北宣言をしても悔しそうに将棋盤にかじりついている私を父親は何も言わずにニコニコと見ていました。
私は負けたのがとても悔しくて、なんで負けたのか。
どうやったら次は勝つことができるのかをずっと考えていました。
「父さん! もう1回勝負しよう! 負けたら肩叩きするからお願い!」
「うーん、そしたら少し休憩してからやろうか」
そして次に勝負を挑んでみたところ、前の戦いよりも駒を取ったり、取り返したりしていますが父親は相変わらず余裕そうにしています。
さっきの戦いで負けてしまった決め手になった私の玉将周りの守りを薄めにして、父親が攻めてきた駒と戦えるように置いていきます。
そのおかげもあって、さっきよりも一気に攻め込まれずに勝負は長期戦になってきました。
「さっきよりも守るのが強くなったね。でもお父さんも肩叩きして欲しいから負けないよ」
そう言ってからの父親の攻め方は今まで私が攻撃をした隙間を突いてきていたところから、ほとんど全ての駒をこちらに進めるような全く違う動きの攻め方をするように変わりました。
焦る気持ちを抑えて、こちらに進んでくる駒をひとつずつ倒そうとしても、次々と増援がやってきて私の駒が減らされてしまいます。
そして健闘するも私の陣地は、勢いに飲まれてまたも玉将を倒されて負けてしまいました。
「よし、今度も父さんの勝ちだね。早速、肩叩きしてもらおうかな」
親子と言えども、勝負は勝負です。
私自身が宣言したからにはと父さんの肩をほぐしていきます。
「うん、勝負に勝った後の肩叩きは最高だ」
「次は勝つからね! 肩叩き終わったらもう1回やろう!」
「流石にお父さんも疲れたから、また今度にしよう。その代わり、さっきの勝負を少しお話しようか」
勝負を断られて少し落ち込んだものの何やら父親が教えてくれるみたいなので、まずは一生懸命に肩叩きをします。
肩叩きに一区切りがついて、ありがとうと言うと父さんは駒を次々と将棋盤に並べながら私に話しかけてきます。
「なかなか先まで読んで、良い手を考えてるよ。これならもっと強くなれるよ」
不器用な父親は滅多に子どもを褒めることはなかなかしませんが、珍しく私を褒めてくれました。
最初は褒めてくれる珍しい父親に驚きましたが、素直に嬉しい気持ちが湧き上がってきます。
きっと父さんは自分が得意だったり、好きなものに関しては言葉が多くなってくるのでしょう。
私も大好きなゲームの話であれば友達といつまでも語り合える自信があるからこそ、なんとなくですがわかります。
「本当にもっと強くなれるの? どうやったら強くなれるの?」
「まずはさっきの勝負をもう1回見てみようか。父さんもおじいちゃんにこうやって教えてもらったからね」
祖父は私が小学校に上がってすぐに病気でなくなってしまったので、どんな人だったのか記憶には残ってはいませんでした。
しかし、ある時に母親から聞いた話だと祖父は生前とっても厳しい人で、父は自由になりたくて一生懸命に努力して、実家の田舎から上京してきたと教えてくれたことがあります。
上京してきたおかげで父は母と出会って私がいるのだと、母親はよく私に話してくれてました。
そんなことを思い出しながら、父親が並べてくれた駒を見ながら話を進めます。
「ここはどうして攻め込まれたと思う? 今だったらどう動こうとか思うかい?」
並べ直してくれた将棋盤の上を眺めて、改めてどうすれば良かったのかを考えてみます。
勝負の最中は、勝つことに夢中で改めて見てみると攻め込まないで守りを固めた方が、相手がどんな手を使ってきても何とかなるように動ける道が見えたのです。
父はさらにそこからどうするのかを聞いてきます。
1度間違ったはずのところから振り返って、誰かの質問に次々と答えていく形で、今までと違うやり方を考えるのはとても新鮮でした。
今までは自分で考えた強いやり方や友達の良いなと思ったやり方を真似して上手くいっていました。
こっちは良いやり方かなと思ったら、間違っていて考え直しを繰り返しました。
父さんは祖父に将棋を教えてもらった時も同じように、たくさん考えて、やってみせて、見守って、導いてくれていたそうです。
祖父は昔ながらのとても厳しい人だったけれども、自分の子どもがきちんと自分の足で立ってどこにでも行けるように鍛えてくれた優しい人だったと父は教えてくれました。
私が小さい頃に祖父が病気で亡くなってから、父は祖父のお墓参りをするようになってから、厳しい中にも祖父の優しさがあったことに後から気が付いたそうです。
だからこそ、父さんは昔の祖父が教えてくれたように、私に将棋という共通の遊びを通じて何かを伝えることができるのが嬉しいようでした。
ひと通りの振り返りが終わって、父さんが休みを取れる時にまた将棋で勝負をしようと約束をしました。
この勝負に負けた悔しい思い出を通して祖父から父へ、父から私へと一生懸命努力し続けて、自分を磨き上げることを教わりました。
そして、この時に父親からもっと強くなれると褒められたことは大切な宝物です。
そして、時は流れて社会人となって働くようになってから新たに勉強することが楽しい日々を送っていました。
そんな中で、社会人として慣れてくる3年目の時に大きな失敗をしてしまいました。
普段は絶対にしないようなミスをお客様の前でしてしまって、怒らせてしまったのです。
社会人になってからも努力を重ねて、日々与えられる課題に一生懸命取り組んで、失敗した時にはどうしたら次は失敗しないのかを振り返るようにしていました。
しかし、慣れとは怖いもので間違えたことのないようなミスを起こしてまうのです。
とにかく精一杯お客様に謝るのですが、謝るだけでは安心して今後もうちを利用できないと言われて私はどうしようと迷いました。
この時に職場の先輩が横から入ってきて助けてくれたのです。
私にこの場を代わるように言葉をかけて、下がらせてくれて私は自分が謝ることしかできなかったことを悔しく思いました。
しかし、自分のミスで起こしてしまったことを2度と繰り返したくない思いから先輩のやりとりをずっと見ていました。
先輩はお客様の話をずっと申し訳ないという表情をしながら頷き、何も反論もしないで聴き続けました。
そして、私が謝るばかりで今後どういう対策をして再発をしないのかを話してこないことにお客様は怒りを覚えていたことにたどり着いたのです。
そこで先輩は、「私が今回の担当者と部門責任者と一緒に今回問題を起こしたことに対する原因を念入りに分析して、今後このようなことが起こらないように対策と教育をします。出来上がったものはすぐにご報告いたしますので、この度は申し訳ありませんでした」と頭を下げてくれました。
お客様は怒りを沈めて、いつまでに連絡を欲しいと先輩に告げて帰られました。
先輩は早速、責任者と私と一緒に今回起きた問題の分析をして、ミスの原因と対策を立ててくれました。
会社とお客様に渡すための報告書を書き上げて、責任者である上司の承認をもらうと今日は家に帰ることができました。
帰るところで、先輩に食事に連れて行ってもらって行きつけの居酒屋で食事をご馳走になりました。
先輩は私に大変だったねと慰める言葉をかけて、どんな流れで今回のことが起きたのかを話し易い柔らかな雰囲気で聴き続けてくれました。
そこで私の慣れからくる慢心があったことや普段できていたことができてしなかったことに私自身で気が付くことができました。
話を聞いている先輩は私を責める言葉は一切出てきませんでした。
私は、怒られている中で横から助けに入ってくれたことのお礼とミスをしたことを謝りました。
先輩は謝ることはないよと返してくれました。
不思議に思って、先輩にどうして謝る必要はないのかと尋ねてしまいました。
「私も、君くらいの歳の時に大きなミスをしたことがあってね。その時の上司に今みたいに助けてもらったよ。そして、責めることなく今度は自分の後輩に同じように優しくしてあげて、導いてあげなさいって言ってくれたからその通りにしただけだよ」
先輩は、昔助けてくれた上司から渡されたバトンを今度は似たような境遇になった私に渡してくれたのだ。
世界はたくさんのバトンを引き渡して、できているのかもしれません。
今度は私が次の人にバトンが渡せる日が来るのが楽しみに思います。
***
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