メディアグランプリ

世界一のカクテル


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記事:おくだ ひさこ(スピード・ライティング特講)
 
 
私が初めて飲んだカクテルは、缶チューハイのジントニックだった。大学生の時の宅飲みで、誰も手をつけずに残っていたものだった。黒地に、透明の液体とライムが入ったロンググラスと、商品ロゴが入っている味気ないパッケージのものだった。当時、梅酒のような甘いお酒ばかり飲んでいた私には、缶チューハイのジントニックは、初めての味だった。
その後、友人と大学近くの雑居ビルにあるバーに行った。ダーツの機械が置いてあって、お客さんも大学生ばかりのうるさい店だったが、そこでバーテンダーがつくったジントニックを初めて飲んだ。缶チューハイで飲んだ時は複雑な味がしたので、つくるのがややこしいカクテルなのだろうと思ったが、マスターは手際よく、さっとつくった。チューハイ・カクテルとは全然違って、甘味の少ない爽やかな味だった。何より、自分が大人になった気になって、気分が良かった。
ジントニックは、とてもシンプルなカクテルである。材料は、氷、ジン、トニックウォーター、ライム。それをロンググラスに入れて、混ぜて、完成。レシピがシンプルな分、バーテンダーの力量が問われるカクテルだと知ったのは、後になってからだった。また、バーテンダーが、自分の中の基本レシピとして使うジンをどれにするかによっても違う、面白いカクテルである。綺麗な青い瓶が印象的なボンベイサファイアは、飲む香水のようなジントニックになる。ロンドンの街並みがパッケージから覗くビーフィーターは力強いし、龍の顔や果物が描かれたエキゾチックな印象のパッケージのゴードンは、夏にがぶがぶ飲みたいジントニック。最近はやりの、季の実や櫻尾といったクラフトジンも面白いが、私はやっぱり、タンカレーのジントニックが一番好きだ。タンカレーのジントニックは、香りと味のバランスが良くて、まろやかな舌触りがして、それでいてキレもいい。私がタンカレーのジントニックを気に入っているのは、父の影響も大きい。
私の実家はバーである。私が生まれた年にオープンした店なので、地元ではちょっとした老舗である。オープン当初は、飲み屋街のテナントの一室にあった。ダークブラウンの木製の重い扉を開き、白熱球の薄暗いオレンジの照明の中を進むと、カウンターと、ボックス席が一つの小さな店だった。私が子どもの頃、夕方になって出勤する父について行きたいと駄々をこねたことがあった。父は私を連れて行き、長いカウンターの一番端の席に座らせ、オレンジジュースを飲ませた。私はオレンジジュースを飲みながら、着替えた父が氷を割るのを眺めていた。カフスのついた白いタックシャツに、蝶ネクタイ、カマーバンド、黒いスラックス、ぴかぴかの黒い革靴姿の父は、すっかりバーテンダーだった。もちろん、開店前に私は母に家に連れて帰られてしまったが、普段のだらしない父とは全く違う顔をしているように見えた。今は移転して、古民家を改装した店でカジュアルな恰好をしている。昔見た姿よりも随分リラックスした感じである。私に言わせれば、父は特別話が上手な人でも、聞き上手な人でもないのだが、お酒をつくるのだけは本当にうまい。父を尻に敷いている母も同じことを言う。
そんな父のつくったカクテルを初めて飲んだのは、社会人になってからだった。帰省し、店番の手伝いをしていた日のことだった。観光客らしきお客さんがやってきて、ジンバックを注文した。父は間違えてジントニックをつくってしまった。新しいグラスでジンバックをつくって、その足で父はサーブした。私は、喉が渇いていたのもあって、置き去りにされたジントニックを飲むことにした。グラスに口をつけたとき、ふわっとライムとジュニパーの香りがした。口に含むと、香りとまろやかな味が広がって、シンプルにおいしい、と思った。サーブを終えて戻ってきた父が「おいしい?」と聞いた。これまで飲んだ中で一番おいしいジントニックだったが、私は「おいしい」とだけ答えた。父は「へへ」と、なんとも締まりのない顔で笑った。そして、聞いてもいないのに「7回転半」混ぜるのがコツなのだと言った。父の手順を見ていても、他のバーテンダーがつくっていたのと違いはないように見えたが、父はバーテンダーになった頃から、7回転半というのは変えていないらしい。
それ以降も、私は、いくつかの店でジントニックを注文し、飲んでいる。何度見ても、父と他のバーテンダーのつくり方に大きな違いがあるようには見えない。しかし、今のところ、父がつくったジントニックを超える一杯に出会えていない。
 
 
 
 
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2021-09-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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