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大人にこそ勧めたい「ごっこ遊び」の効能


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西元英恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「MER了解! 出動します」
今日も飽きずに息子がMERごっこに乱心している。
 
「MER」とはmobile emergency room。
この夏放送されている日曜劇場のドラマ「TOKYO MER~走る緊急救命室~」のことだ。
現実世界ではまだ存在していないが、走るオペ室を持った医師や看護師が命からがら超緊急事態の最中にいる患者たちを助け出す。その姿はまるでヒーロー戦隊のようなかっこ良さなのだ。
 
そもそも、このドラマは私の密かな夜のお楽しみとして録画しておいたものだ。
しかしある時、録画しておいたEテレの子供番組を見ようとしていた息子に見つかってしまった。
「秘密の楽しみが……」と思ったのもつかの間、息子が私に負けじとドハマりしていった。
これが後に、コロナ禍で外出もままならない夏休みを大いに助けてくれることになった。
 
ただドラマを見て終わらないのが、幼児。
このあと壮大なMERごっこと化していくことになる。
 
自然災害や事故という過酷な状況の中で緊急オペをすることもあるMERのメンバーたちは、みなリュックを背負い、その中にはありとあらゆる医療道具が揃っている。
5才の息子は遠足の為にこの春買ってもらったデカいナイキのリュックに、緊急オペに備えてたくさんのおもちゃをこれでもかと詰め込んでいる。
 
中にはいわゆる「お医者さんごっこ」に使う聴診器・注射器・はさみ・ピンセットなどもあるが、かっぽかっぽと両足をそれぞれ乗せて歩くやつとか、100均で以前買ったブックエンドなど、「それは何に使うんだい?」と疑問を抱くようなものも混じっている。
しかし、彼の診察やオペには必需品のようだ。
 
主役が出動前に必ず発する「MER了解、出動します」というセリフ。
これをマネて唱えると、はりきって現場に急行する。「出動します」は5才の彼にとっては「変身!」くらい威力があるようだ。
 
緊急事態を理解したうえで、あえて落ち着きを払った感じで患者のもとに向かう。
決して取り乱したりはしない。
 
鈴木亮平演じる喜多見は、大変優秀で医師としての腕は確か過ぎるくらい確かだ。
南米の医療体制が整わない中での緊急な事例に多く立ち会ってきたという豊富な経験がある。他の若い医師や看護師に対しての指示はいつも迅速で的確だ。それでいてユーモアや低姿勢を忘れない人格者ときている。
 
こんな人見て惚れない女性いる? そう言いたいくらい魅力的な人なのだ。
私がベタ惚れしていくのと競うように、息子も喜多見医師に入れ込んでいるというわけだ。
 
5才になり少しずつ落ち着いてきたとはいえ、気に入らないことがあればまだギャースカギャースカ言う息子。
しかし、喜多見医師になった途端「スンっ」と憑き物が落ちたみたいにやたら落ち着きのある人物になる。これは私にとって大ラッキーな事であった。
 
実はこのごっこ遊び、幼児の成長に欠かせない役割を持っているらしく、そのことは発達心理学の世界では古くから知られているのだそうだ。ある心理学者はごっこ遊びを「認知・情緒・社会的発達を促していく高度な遊び」と考えているという。
 
まさか、ごっこ遊びにそんな効能があったとは……!
 
現代の保育の観点からも注目されており、記憶力・観察力・表現力・想像力・創造力・言語力・コミュニケーション能力……ざっとあげるだけでもこのような能力が身に着くらしい。
これだけの能力が楽しみながら一気に習得できるなら私もしてみようかしら、という気にさえなってくる。
 
夏休みも中だるみしてきた頃、私は二人が遊びに夢中なのをいいことに1人こっそり奥の部屋で昼寝をしていた。アラフォー育児は疲れが抜けないのだ。
すると、突然5才と2才の医師たちが乱入してきた。
 
「こんにちはー、医師の喜多見です。どこか痛いところはありませんかー! ?」
どうやら私は事故の現場に居合わせた患者という設定らしい。
「あ、足が……痛っ……」
顔をしかめセリフを呟き、とっさに足を痛めたことにする。
「わかりました、ここですねー。すぐ治りますからねー」
おもちゃの道具を使って、緊急のオペが始まった。
2才の息子は若手の医師のようだ。5才から指示が飛ぶ。
「Oさん、アンビューしてください」
「あいっ」
アンビューとは呼吸器に異常のある患者に対して蘇生を試みる方法として使われる装置なのだが、それを理解してはないだろう2才が私にアンビューを施してくる。
 
とにかくMERごっこに集中し出すと時間を忘れる息子たち。
先日は私欲に負けて寝ながらの参戦となったが、この後本気の「ごっこ」が待っていた。
 
ある時、私を危機管理対策室の室長に見立てて、指示を仰いできた。
内心(そうきたか)と思いつつ、室長になり切って檄を飛ばす。
「現場では更なる土砂崩れの危険が迫っている! ! 安全を第一に救命を行え! !」
「了解! !」
やたらキリっとした顔つきの息子がリュックを背負い、別の部屋に消えていった。
 
残された私は思う。
「あれ? なんか楽しいんだけど……」
子供の相手をしているつもりでセリフを言い放った後の謎の爽快感。
何かになりきるということは、今いる自分の現実世界から一気に飛躍することだ。
 
そういえば、こんな経験他にもあったぞ?
 
例えばドライブしながら大音量で好きな音楽をかけ、ノリノリで歌う。
するとそこはもう、横浜アリーナだ。
「今日は来てくれてありがとー!」
アリーナのファンたちに声を掛けながら揺れる。
 
子供たちの集中力が途切れだした夕食時、私は急に食レポのお姉さんと化す。
「わー、見てください、この美味しそうな焼き色」
「ちょっと食べてみますね」
と言って、昼間リンガーハットでテイクアウトしたお得セットの残りの焼き餃子を頬張る。
「皮がパリッとして中がジューシーで……何とも言えないですね!」
はじめはポカンとしていた息子たちも「何かが始まったぞ」という気配を察知し、次第にノッてくる。この日も無事に楽しい食事時間が終了した。
 
ごっこ遊びは子供の特権と思っていたが、そうでもなさそうだ。
今向き合っている現実の世界から急に違う世界観に身を投じることは、まるで宇宙旅行に行くことに似ている。スペースシャトルで行けば約8分で大気圏を抜ける。「ごっこ遊び」ならもっと速く、今向き合わなければならない現実からほんの数秒で別世界に行けるのだ。
 
「なんか行き詰まったぞ」「どうも今日は気分がアガらない」
そんな気持ちになってしまった時は、気合いを入れて日常を頑張る代わりにごっこ遊びに興じる。
 
いけないと思いつつ、子供たちに向かってついガミガミと小言を言ってしまう私。
どこかに明るく優しい「良妻賢母」の役、落ちてないかなぁと本気で思う今日この頃なのであった。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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