メディアグランプリ

あやうく一生懸命腹を立て続けるところだった


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ザキタロー(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
私は、カイロの街を散策している時に
「バクシーシ、バクシーシ」と子供たちに追いかけられた。
「金をくれ、金をくれ」と言っているのである。
 
今から30年前、初めて海外旅行をした時の出来事である。
 
当時の日本経済はバブル真っ盛り。日経平均株価も最高値を更新。会社の経費は使いたい放題。昼ごはんはステーキやうなぎ。夜は株で稼いだ金でサラリーマンがクラブ通い。繁華街にはブランド店が立ち並び、プレゼントもブランド品が当たり前。週末の行楽地は大混雑、ホテルの予約もなかなか取れない。
日本人は地球上で一番の金持ちと謳われ、有頂天を極めていた時代である。
 
出発前に、エジプトの情報を得ようと、当時流行っていた観光ガイドブック「地球の歩き方」を買って、事前準備。
各国のシリーズは当時の若者に爆発的な大ヒット。
当時は、ネットのない時代。旅人の口こみコメントが掲載されているガイドブックは珍しく、随分と重宝した。気になったコメントを見てホテル、レストラン、観光地を決めていく。エジプトのお店は、地球の歩き方に紹介されているという看板を掲げ我々に呼び込みを掛けてくる始末だ。今のネットコンテンツの原型が、ここにあったのかもしれない。
 
エジプトに行くなら、絶対覚えておいて欲しい言葉として「バクシーシ」が紹介されていた。冒頭の言葉である。
 
「裕福な者は、貧しい者に施しを与えなさい」というイスラムの大事な教えである。
 
仏教用語では「喜捨」。広義の意味ではチップをイメージしても良いかもしれない。
街を散策していると、子供たちが現れ、相手が観光客だとわかると、「バクシーシ、バクシーシ」と必ず声をかけ追いかけてくるぞ。特に日本人は狙われるので気をつけてと紹介されていた。
 
準備万端、私はエジプトに乗り込んだのである。1週間の滞在予定だ。
カイロに夜中到着。安宿に泊まり、翌朝からカイロの市街探検である。
バクシーシ小僧、いつでも、どこからでもかかってこいと遭遇することにかなりの期待をしていた。
 
アパートが混在するような街並みに差し掛かったとき、その時は訪れた。
子供たち数人、女の子も混じっていた。笑顔で「バクシーシ、バクシーシ」と右手を出して寄ってきた。
私は笑いながら歩き続けると行列になって付いてくる。ゲーム感覚なのだろうか。向こうも楽しんでいる様子である。当然、お金は渡さない。「チッ」と舌打ちをする子供もいる。
だが、とても可愛らしい。
 
しばらくすると、違う子供から「バクシーシ」、また「バクシーシ」と声を掛けられる。
 
子供だけではない。ピラミッドでラクダに乗ったおじさんが、「俺の写真を撮っていいぞ」とポーズを決めてくる。サービス精神旺盛だなと思い、シャッターを押すと、
「バクシーシ」である。
 
だが、エジプト人同士でも「バクシーシ」は存在すると聞く。
 
国内では貧富の差が存在している。日本のような社会保障も乏しい。このような国ではセーフティーネットとして、必要なシステムなのかもしれない。
 
しかし、市内を散策すると毎日「バクシーシ」地獄である。
ナイル川やピラミッド、ルクソールなどの歴史的な観光名所の余韻に浸っていても、この一言で幻滅だ。流石に腹が立ってきた。この言葉を聞くたびにエジプトへの憎悪が増してきた。とうとう、私はエジプト嫌いになってしまった。
 
この気持ちのまま、次の目的地であるイスタンブールに出発する日を迎える。
私は、空港行きのバスに乗るために駅のバスターミナルに向かった。
リムジンバスと市営バスが出ている。
現地通貨の手持ちが少なかったので、安価な市営バスに乗りたいと思い、近くの初老の男性に乗り場を尋ねた。
男性は、「リムジンバスで行け」と言う。
私は、「市営バスで行きたい」と返す。
何回か応酬が続いた。
「リムジンバスで行け」としつこい。
「これだけしかお金を持っていないのだ」と説明した。
男性は、何を思ったか「このお金をあげるからリムジンバスに乗って行きなさい。」と言うではないか。
 
これはもしかして、私に「バクシーシ」なのか。
正直びっくりとともに感動した。
あなた方は、日本人を金持ちだと思い、お金を要求してくる人たちではなかったのか。
「バクシーシ」というイスラムの教えは正真正銘の本物だったのである。
 
申し訳なく思ったのも事実である。両替をすればお金はあるのだ。
そして、とてつもなく恥ずかしく思えてきた。
心のどこかで自分の方が裕福だと思いエジプトの人たちを上から目線で眺め、「バクシーシ」と言われることに優越感を感じている自分がいたのかもしれない。
日本はバブル絶頂期で世界から持て囃されている。自分自身の実力でもないのに、ただこの時代の日本人であったということだけで。
 
だが、私は、大きな勘違いをしていたのかもしれない。
「裕福な者は、貧しい者に施しを与えなさい」と教えているが、裕福な者とは、お金持ちという意味だけなのだろうか。
 
あの時
「心の裕福なエジプト人の初老の男性は、心の貧しい日本人の私に、人生で大切なことを施してくれた」のかもしれない。
 
確かにエジプト人は、経済アニマルと揶揄された日本人が持ち合わせていない、非常識さや楽観的な性格で人生を楽しんでいるようにも感じた。そして、こんな気楽な生き方があるんだと羨ましく思ったことも事実である。
 
一連の「バクシーシ」という行動は、エジプトの経済発展とともに少なくなってきていると聞く。
だが、初老の男性が私に教えてくれた「バクシーシ」は、私の宝物であり、心に刻まれたままだ。
どこかでこの宝物が使えたらいいなと思っている。
 
斯くして、私のエジプト嫌いは、出国前にかろうじて一変されたのである。
あやうく一生懸命腹を立て続けるところだった。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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