自販機の下の「ほらね」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:永松 昭徳(ライティング・ゼミ・平日コース)
何かを達成した瞬間には、むしろ大きなガッツポーズなんて出ないみたいなんです。
わたしの場合は、生命の危機を感じたがためにこの疑似体験をすることができました。
20代後半のころ、真夏日の自転車を1時間ほど漕いでお客様のところに行ったときのことです。
汗びっしょりなりながらスーツ姿で自転車を漕いでいました。
40代後半になった今のわたしではとても考えられない行動ですが、若さとはときおり後先のことを考えずに勢いで行動してしまいます。
用意していたスポーツドリンクはあっという間になくなりました。
水を買おうと思い、自販機の前に自転車をとめ財布を探します。
「あれ?ない」
さっき、銀行に立ち寄ったとき、多めにお金をおろして財布に入れたのだから、会社に置き忘れたはずはありません。
「落としたんだ…」
真っ青になり、しばし喉の渇きも忘れ、来た道を戻りました。
出たばかりの給料をおろし、いつも以上にたっぷり入っていた財布です。
しばらく戻ってみましたが、結局財布は見つかりませんでした。
お客様との約束の時間もあるし、とりあえず進もう。
そう心を決めたら、また急にのどが渇いてきました。
自動販売機で、「よし、水を買おう」と思った瞬間、
「あ、そうか……お金がないから買えないのか……」
と気が付きました。
それくらい「水が飲めない」という状況をすぐには理解できませんでした。
水なんて飲みたいときにいつでも飲めるという頭になっていたようです。
とりあえず進もう……。
ゲリラ豪雨でもくぐり抜けてきたのかと思うくらい、すでに汗びっしょりでした。
景色はどんどん田舎道へと変わっていきます。
さらに自転車を漕いで進みました。
何か水を飲む方法はないだろうか。
図書館とかの公共施設や、公園なんかには冷水機とかあるかもしれないと思い、辺りを見渡しながら進みますが見当たりません。
民家を頼るしかないかな……。
いや、それは避けたい!
この21世紀という時代に、玄関ドアを開けたら若い男が雨に打たれたような姿で立っていて、「み、水を恵んでくれませんか?」という状況をすぐに理解してくれるとは思えませんでした。
しかし、もうそんなことを言っているような状況ではない……。
気が遠くなりそうになり、「もう限界だ」と感じました。
もう勇気を出して民家に行くしかない。
そう決めたときでした。
向こうに2つ並んだ自動販売機が見えました。
生命が危機状態だったわたしは、「予見」しました。
「あ、ある」そう思いながら自販機の方へ急ぎました。
自転車を倒すようにとめ、自販機の下をのぞき手を入れました。
つかんだ100円玉。
500㎖の水は一気に飲み干されました。
このときに水のうまさは一生忘れることができないと思います。
5年ほど前、ビジネス界で大きなプロジェクトを何個も成功させている「いわゆる成功者」のインタビューを聞いていたとき、20年前のこの夏の日のことを思い出しました。
「成功したときってどんな感じなんですか?やっぱり『よっしゃー!』ってなったりするんですか?」
「いや、むしろ、感情がないんですよね。成功することってもう分かってやっていることだから。むしろ、アイデアを思いついたときの方が興奮していますね」
なるほどね~と思いながら聞いていました。
たしかに、あの真夏日で自転車を漕いでいたわたしは、自販機の下に100円玉を見つけたときに、「よっしゃー!」って思わなかったなあ。
「ほらね。あった」と、淡々とした感情だったのを覚えています。
まあわたしの場合は、生命の危機を感じてたまたま発動した「予見」にすぎませんので、ビジネス界の成功者と一緒にすることはおこがましいのですが、なんか感覚だけは味わえたような気がしました。
スポーツやゲームのように、直接の対戦相手がいるという世界は、勝つ人がいれば負ける人がいるという世界。
そんな世界は、「勝負はときの運」だし、「結果はいつどう転ぶか分からない」わけですから、勝ったときや得点をとったときは感情を爆発させるのは当然だと思います。
しかし、直接の対戦相手がいないビジネス界や文化創造の世界では、自分が目指した姿のところにいくという世界。
相手が勝てば、自分が負けるという世界ではありません。
そんな世界では、自分のたどりつきたい場所へ自分が到達する姿は、じっくりと作り上げることができるはずです。
じっくりとその姿を思い浮かべて、「そこに到達するのは当たり前」というくらいイメージをしっかりと作り上げれば、到達したときは「ほらね」って感じで淡々としているのでしょうね。
小さなことを達成しただけで、「よっしゃ~」って言ってるようなわたし。
修行が足りないな。
まだまだノドの渇きが足りてないのかもしれませんね。
***
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