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レストランの楽しみ方


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:串間ひとみ(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
私は、とあるレストランに来ていた。少し前に入ったカップルが、案内されていく。
 
「緊急事態宣言中でも、それなりにお客様いらっしゃるんだ。そんなに混んでないのに、いつもと同じくらいスタッフもいらっしゃる。いや、むしろ多くない?」
 
失礼ながらそんなことを思いながら待っていると、
 
「お待たせいたしました。こちらにどうぞ」
 
オープンキッチンのカウンター席に案内された。急にテンションが上がる。私の目の前、数メートルもないところで、料理の盛り付けが行われていた。
 
「いらっしゃいませ」
 
オーナーシェフに声をかけられた。そう私はこの人の料理が食べたくて、今日ここにいるのだ。ますますテンションが上がる。誕生日に1人でディナーに行くなんて、寂しすぎるとお思いだろうか? 1人暮らしなのだから、家にいれば当然1人でご飯を食べることになる。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が出ている最中ながら、誕生日くらいはと、ご飯に誘ってくれた友人や同僚もいたのだが断った。自由の身である私と違って、彼女らはみんな仕事をしていて、職場からは不要不急の外出を極力避けるよう言われているはずだ。私も同じ職場にいたから分かる。
 
先が見えない社会情勢の今だからこそ、このレストランに来たかった。
 
2015年の8月。私は、職場の後輩とフランス旅行に行った。調理科教員である私たちは、いつか本場フランスでフランス料理を食べたいという話をしていた。個人的には世界史が好きで、歴史的な建造物にも興味があり、モンサンミシェルに至っては、見るまで死ねないとさえ思っていた。世間的に教員は夏休み、生徒と同じように時間があると思われているかもしれないが、実際には忙しくて、なかなか旅行のチャンスがつかめずにいたのだが、ついにそのときがきたのだ。
 
そこでフランス在住の友人に久しぶりに連絡をしたところ、快く私たちのツアー最終日のフリーの日につきあってくれ、これでもかと詰め込んだパン屋さん、お菓子屋さん、調理器具のお店などをスマートに案内してくれた。ただ、彼女はパリから離れたところに家族と住んでいるため、ディナーは一緒に行くことができないからと、フランス語の話せない私たちのために、日本人がやっているパリで人気のあるレストランを予約してくれていた。それが、開店からわずか1年半でミシュランガイドの一つ星を獲得したフランスパリの創作料理レストラン「sola(ソラ)」だった。彼女は、日本で料理の先生をしていたことと、フランスではシャンパンの会社に勤めいたこともあり、料理やお菓子についてはそれなりに詳しい。そんな彼女が選ぶのだから間違いないと思ってはいたが、最高の選択だった。
 
というのも、私たちがフランスに行った2015年の5月に、オーナーシェフである吉武広樹シェフが情熱大陸で紹介されたばかりで、とても興味があった。もちろんフランス在住の友人はそんなことは知らなかったはずなのだが、私から連絡をもらってすぐに頭をよぎったのが、その当時パリで大人気だった2つのレストラン、佐藤伸一シェフの「passage53(パッサージュ53)」と、吉武シェフのsolaで、たった1日しかないフリーの日に奇跡的に予約できたのが、solaだったのだ。
 
吉武シェフはすでにフランスでレストランを経営しながら、他の国のイベントにも積極的に参加をし、
夢と野望を抱く、新しい世代の、新しい価値観の料理人(クリエイター)を発掘し、世の中に後押ししていくため、これまでの料理コンテストとはまったく異なる視点で、日本の食業界の総力を挙げて開催している料理人コンペティション「RED U-35」の2014年の優勝者でもある。テレビ的な力があるとはいえ、かっこいいなあと思ったし、出身が、自分が住んでいる所に近いというのも親しみがわいた。
 
「どんなお料理を作られるのだろう?」
 
映像で見たとはいえ、彼の作る料理が楽しみでしょうがなかった。友人と別れた後、慣れない地下鉄に乗り、グーグルマップを頼りに(初めて海外でグーグルマップを使ったが、日本以外でも使えることにやたら感動した)、ようやくお店にたどり着いた。情熱大陸で見た、あの入り口だ。ドアを開けると、明らかに日本人ではないスタッフが出迎え、席に案内してくれた。ドキドキしながら待っていると、ややカトコトめの日本語で、日本語のメニューを渡された。
 
胸をなでおろし、後輩とメニューに目を通す。創作料理をうたってるだけに、バリバリのフランス料理ではなく、柚子、茶といった日本のなじみの食材を目にしてなぜだかホッとする。1週間もフランスっぽいものを食べ続けたせいだろうか。「本場のフランス料理を食べに来たんじゃないんかい!?」 と自分にツッコミを入れたくなったが、いいのだ。ここがフランスであろうとも、いつもは旅先で地のものにこだわりがちな私だが、それ以上に吉武シェフの料理への興味が勝った。
 
せっかくだからと、ふだんは飲まない、というよりも飲めないアルコールを飲みながら待っていると、料理が運ばれてきた。
 
「ん!?」
 
いきなりおなじみでない感じの料理が出てきた。後輩を見ると、同じく「これは何なのだ?」という顔をしていた。そして最後のデザートまで、程度の差こそあれど、ずっとそんな感じだったのだ。
 
レストランやホテルなどの現場で働いたことがないとはいえ、仮にも高校の調理科で調理実習を担当している教員である。現場経験のないコンプレックスから、いろいろなレストランに食べに行ったり、情報ツールを使って自分なりに料理の勉強はしているつもりだ。しかし、言葉を選ばずに言わせてもらえば、それまで見てきた料理の中で、群を抜いておかしい。料理だけでなく、器も含めて、たぶんおかしいのだ。比較できるものが思い浮かばず、まさにオリジナルとか、唯一無二という言葉がぴったりだった。料理を味わうことに加えて、謎解きをしているような気持ちだったため、会話も弾むというものだ。
 
食べ終わって、お手洗いに行ったとき、厨房の横を通った。そのとき、たまたまなのだろうが吉武シェフがスタッフに檄を飛ばしている姿を目にした。情熱大陸でもその様子を見てはいたが、実際に見るとその迫力は映像以上で、できれば帰りに直接ご挨拶できればと思っていた気持ちが、あっという間にしぼんでしまった。真剣勝負のさなかに、声をかけさせてもらってもいいものだろうかと迷ったのだ。
 
「いやー、マジでこわかったよ。忙しそうだったし、迷惑じゃないかな……」
 
そういう私に、
 
「そうそうパリには来られないんですから、声かけてみましょうよ」
 
直前になって告白を渋る友人を励ますような口調で後輩に説得されつつも決心がつかず、いよいよレストランの外に出ようかとしたとき、ようやくスタッフにご挨拶したい旨をお願いしてみた。程なくして本人が現れ、一気に緊張が高まる。
 
にこやかに出てきてくれたシェフに、今日食べた料理が衝撃的だったこと、情熱大陸を見たこと、フランス在住の友人がたまたま予約をしてくれたこと、シェフのご実家近くの高校で料理の先生をしていることなどを話すと、
 
「俺、同じ市内の高校に通っていたんですよ!」
 
と、私もよく知る高校の名前を口にした。私たちが生徒の登下校や学校外での様子を見回りに行く街の通りもシェフにおなじみの場所だった。おかげで、さっきまでの「少しこわそうだな」というイメージはどこへやら。料理への感動と親しみが倍増して、店を後にした。その後、近くの世界遺産の建造物などを見てふらふらしていたら道に迷い、仕事を終えて帰宅途中の吉武シェフの一団に、地下鉄までの道を教えてもらう羽目にあうというオマケもついて、すっかりファンになった。その後、パリのお店を閉められたので、あれがパリのsolaに行けた唯一のチャンスだった。予約を取ってくれた友人には、本当に感謝している。
 
帰国して、2018年に現在の場所でレストランを始められたのだが、それまでにも様々な場所でいろいろな料理イベントをされており、都合がつく限り、私はそれらに参加していた。そのことにより、私は、ふだん生活していただけでは絶対に会わなかったような、シェフや料理、それに携わっている面白い生き方をしている人にたくさん出会うようになった。それはたぶん、吉武シェフ自体が、とても面白い生き方をしている人だからだと思う。「類は友を呼ぶ」という言葉があるが、吉武シェフの周りには、料理と直接関係なくても、生き方の方向性、自分の信念のようなものをしっかり持って、人生を楽しんでいるなあと思う人が、たくさんいるのだ。
 
例えば、びっくりするほどの高収入だったにも関わらず、それらを手放して世界を旅している人とか、もともと秘書で何かのイベントのときに相手先の企業に花を贈る仕事をしていたら、それが面白くなり、日本ででもやれそうなのに、どうせやるならとふだん見ていて気になっていたフランスのお店に修行に行っていたとか、枚挙にいとまがない。
 
それこそトークイベントで、「海外に行きたいけど、なかなか行くチャンスがなくて……」という質問に対して、
 
「飛行機のチケットを買えば行けるよ」
 
と答えてしまうような人たちばかりだ。たったそれだけのセリフだけど、ハッとした。要は行動力。
 
「頭の中で考えているうちは、何も始まらないし、何も変わらない。行きたい国への飛行機のチケット買って乗っちゃえば、とりあえずその国には行ける。もしチケットを買うお金がないなら、仕事してためるなり、親に借りるなりする。パスポートは絶対に必要だから、申請をする。自分がしたいことをやるのは、意外とシンプル。そのためにやらなきゃいけないことなんて、本当はそんなにないんじゃないかな」
 
何かを始めるとき、一応目標やゴールがあって、それまでの私は前から順番に物事を考えていく途中で、無理だと思ってみたり、考え過ぎて行動に移す前に力尽きることが多かったように思う。でも彼らの考え方はゴールありきで、そのために必要なことを後ろからつぶしていく感じ。しかも余計な装飾が、一切ないから、やるべきことも明確だ。
 
それから私は、自分が興味のわいたことや、面白そうだと思ったことは、とりあえず行動に移してみるようになった。もちろん全部ではないし、すんなり上手くいかなかったり、すぐに飽きてしまうこともあったけれど、それでもやらなかった後悔はぐっと少なくなった。そして、自分の世界がぐーんと広がった。思いもよらなかったことをやってみようと思ったり、やりたいことに言い訳をしなくなった。年齢とか、時間がないとか、今まではやらないことの言い訳に使っていたことが、いかに多かったのかと、あまり言い訳をしなくなって実感した。
 
だから、吉武シェフの料理を食べたいなあと思うときは、美味しいものを食べたいときというよりも、今の自分の現状を見つめなおしたいときや、頑張りたいなあと思うときなのだ。
 
目の前の一皿に打ち込んでいる姿は美しいなあと思う。それは私が長く料理の先生をしていたからなのだろうけれど、そうでなくても誰かのために一心に働く姿が見られるのは、美味しい料理を食べることにプラスした価値がある。その姿に勇気をもらい、頑張ろうと思うのだ。お客様の目の前で、料理の様々な工程が見られるのも、solaの楽しみ方なのだ。
 
こんな時期だから、誰にも迷惑をかけずにという思いもあったが、本当は年を重ねた新しい年の自分も、自分らしく生きられるための勇気をもらいに行ったのだと思う。
 
食事が終わると、
 
「うちの厨房見たことありましたっけ?」
 
「ないです。ぜひ見たいです」
 
私はレストランの厨房を見るのが好きで、卒業生の働くお店では可能な限り見せてもらうようにしている。動線の配置や、そこにいる料理人の様子がうかがえて楽しい。裏では、テイクアウト用の料理作りが行われていた。
 
「コロナが始まって、すぐにどうした方がいいかと考えました。こんな機械を入れているレストラン、他にあまりないと思いますよ。だけど、テイクアウトでも料理の質は絶対に落としたくない。おかげさまで、テイクアウトの方も忙しくて、スタッフは誰もきってないし、給料もちゃんと払えてます」
 
失礼ながら、お客様のわりにスタッフが多いと思っていた謎がとけた。20時までの営業とアルコールを提供しない中でも、ちゃんとレストランとスタッフを守っていける方策を打ち出し、かつ私のように1人でやってくるお客様にも大満足の空間を作ってくれる吉武シェフはやっぱりかっこよかった。
 
来てよかった。外はどしゃぷりで、いつもだったら凹んでしまいそうな大雨だったけど、貸してくれそうになった傘がいらないほど、気持ちは晴れやかだった。
 
車に戻ってスマホを確認すると、「まん延防止等重点措置が終わったらお誕生日のお祝いしよう!」という同 僚からのラインが入っていた。

「私を気遣ってくれる人がいるってだけで、幸せが感じられるいい誕生日だったよ! 食事楽しみにしとくね!」
 
そう返事を送った。次は、美味しいものを食べるために、友人と楽しい時間を過ごすために、レストランに行く。
 
レストランの楽しみ方は、いろいろある。ときには、人生を変えるほど素敵なレストランに出会うこともある。コロナが落ち着いたら、ぜひ出会いの一つとして、新しいレストラン探しはいかがでしょうか?
 
 
 
 
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2021-09-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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