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あいつ今何してる?


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:久米 靖(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
アイルランドの祝日に「セント・パトリック・デー」というものがある。3月17日だ。
毎年この日は、アイルランドのシンボルカラーである緑色をテーマとしたイベントが世界中で開催される。
 
会社の取引先にコーポレートカラーが緑色の会社があって、なぜか毎年その日には社内で緑色をテーマにしたイベントを開催していた。
コロナ禍なので今年はオンラインで行うことになり、ボクにも何か「緑色」をテーマにした動画を作って欲しいという依頼が来た。
 
緑色、緑色……と考えてふと、「そうだ……一枚緑色のTシャツがあった……」と思い至った。しかしそれは、苦い思い出とともに長年衣装ケースの奥に封印してきたTシャツだった。
 
大学を卒業してボクはコンピューターメーカーに就職し、都内の会社の寮に入った。
隣の部屋になったのが、K君だった。ボクたちはすぐに仲良くなり、数駅先の研修センターまで毎朝一緒に通った。
 
K君は身長が185㎝くらいあり、竹野内豊をさらに渋くしたような超イケメンだった。
研修期間は半年あった。しばらくすると、学生の延長の乗りでつるむ10人ぐらいのグループができ、ボクとK君もそこに入っていた。
 
同じグループにM子ちゃんという、松嶋菜々子をさらにシャープにしたような綺麗な子がいた。
やがてK君とM子ちゃんはつき合いはじめた。
まるで絵に描いたような美男美女のカップルだったが、二人ともとても気さくな性格で、「久米ちゃん、久米ちゃん!」と親しくしてくれた。
 
よく一緒にカラオケに行ったが、K君の十八番は尾崎紀世彦の『また逢う日まで』だった。
ボクはK君が独特の節回しで歌うその歌を聴くのを、いつも楽しみにしていた。
 
研修期間が終わり、ボクは縁もゆかりもない北海道に配属になった。
現地に赴任する日、二人はわざわざ羽田空港まで見送りに来てくれた。さらに、「飛行機の中で読んでね」と、手紙を渡してくれたのだ。
 
気遣いのある温かい文章の最後は、「また逢う日まで!」とユーモラスに締めくくられていた。
ボクはとてもほっこりした気持ちになって、北海道へ赴いた。
 
2年近くが過ぎ、ボクは転勤になって東京に戻った。
その直後に二人は結婚し、ボクも披露宴に出席した。
「久米ちゃん、ありがとう! 良かったよ~、結婚式の前に久米ちゃんがこっちに戻って来てくれて」
「まだ北海道にいたとしても、駆けつけたよ~!」
「……(笑)」
 
二人はカナダへ新婚旅行に行き、お土産に緑色のTシャツをくれた。
 
その約1年後、ボクは会社を辞めて転職した。
行き来はめっきり減ったが、二人は毎年必ず年賀状をくれた。
やがて女の子が二人生まれ、年賀状はよくあるパターンでお子さんたちの成長記録になった。
 
お土産にくれた緑色のTシャツはとても派手なデザインで、なかなか普段着にはできなかった。だがボクはとても気に入っていて、夏場の旅行やレジャーには必ず着て行くようになった。
 
10年と少し経った頃、突然年賀状が途絶えた。
(……どうしたんだろう?)
その会社の同期に聞いたところによると、K君は鬱病になって休職し、M子ちゃんとは離婚したのだという。
ショックだった。
 
「で、お子さんたちは?」
「M子ちゃんと一緒に大阪の実家へ行ったんだって。家族が住んでたマンションに、Kは今一人で住んでる」
「……そうなんだ」
 
それからもボクはK君に毎年年賀状を出し続けたが、返事は来なかった。
宛先不明で戻ってくることはなかったので、届いているはずだ、読んでくれているはずだと思い、こちらからは出し続けたが、返事は一度もなかった。
 
そのうち、鬱病の時に手紙を出し続けるのもかえってK君を苦しめるかもしれないと思い、ボクは年賀状を出すのをやめた。
 
それからさらに数年が過ぎ、久しぶりにその会社の同期会が開かれて、ボクも出席した。
同じグループの中でやはりK君ともM子ちゃんともつきあいがあり、今もその会社に勤めているH君がいたので、聞いてみた。
「Kって、今何してるの?」
 
H君はとても哀しい眼でボクを見て、つぶやくように言った。
「K、亡くなったんだよ……」
「……!? ……なんで!?」
一瞬、鬱病で追い詰められて自殺をしたのかと思った。
だが、事実はさらに凄絶だった。
 
K君は会社に復帰したが、鬱病は治り切らず、ある日お酒に酔って駅のホームを歩いていた。
ふらついて思わず女性に寄りかかってしまったのだが、その女性は驚いて反射的にK君を突き飛ばした。
運悪く、電車がちょうどホームに滑り込んで来て、その電車に頭をぶつけたのだ。
 
すぐに病院に運ばれたが、最初は意識があった。
ところが2~3日して昏睡状態になり、脳内出血のために頭部が異常に膨らんで、そのまま植物人間のような状態になってしまった。
数ヶ月後、K君はついに一度も意識が戻ることなく帰らぬ人となった。
 
「……M子ちゃんは? Kと会えたの?」
「うん、一度お子さんたちを連れて会いに来たらしい。もちろん、Kはずっと意識が無かったから、話すことはできなかったけどね……」
 
同期の中では、K君を見舞いに行くことも控えていたという。
「親御さんがね、ボクらが見舞いに行くと落ち込まれるんだって。Kと同じ会社で同じ年齢のボクらが元気なのに、なんで自分の息子だけこうなったんだろうって……」
結婚式の時にお会いしたK君のご両親の顔が頭に浮かんだ。
葬式も家族でひっそりと行われたそうだ。
「久米ちゃん、仲良かったよね……」
 
会がお開きになって一人になったとき、ボクは溢れる涙をこらえることができなかった。
「また逢う日まで」と手紙に綴ってくれたK君と“また逢う日”はもう永遠に来ない……。
それを知りもしなかった自分……。脳天気に「あいつ今何してる?」と聞いた自分……。
悲しくて、悔しくて、情けなくて、ボロボロと涙をこぼした。
 
それ以来、緑色のTシャツを着なくなった。
しかし今回、「緑色で何かメッセージを」と言われたことは、K君に背中を押されてきるような気がした。
(うん、いいよね……)。
ボクはそのTシャツを着て、メッセージ動画を作成して送った。
 
K君のことはこれからも忘れない。M子ちゃんは、お子さんたちも含めて今は穏やかな時間を過ごしてくれていることを祈りたい。
 
学校にせよ職場にせよ、一時期時間を共有した人たちときちんとお別れを言わないで、その後全く会わなくなることは多いのではないかと思う。
退職や転職などの理由で別れの場面を作れたとしても、それが今生の別れだなどとはあまり考えない気がする。いつかまた会うだろうと、どこかで思っているのだ。
 
コロナ禍になり、長年会っていなかった友人たちとオンラインで思いがけず再びつながる機会ができた。向こうから声をかけてくれたのだ。
「久米ちゃん、見つけた! 元気?」
コロナが収まったら会おうという約束をした友人もいる。
 
「今何してるの?」という質問は、「元気?」という言葉の後に続くものだと思う。
 
ボクはこれまで、Facebookなどで昔のともだちを見つけても、なかなか連絡できなかった。
(ボクのことを覚えていないかもしれないし……、もし迷惑に思われたら……)などという感情が先に立ち、躊躇していた。
 
しかしこれからは、その一歩を踏み出そうと思う。
そして聞こう!
「今何してるの?」と。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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