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赤ちゃんは本当にかわいいのか?


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:蔵本貴文(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「今が一番かわいい時だよねー」
子どもが1歳くらいの時、よくそんなことを言われたような気がする。
 
でも、本当にそうなのか? 私は不思議に思うのである。
それは一種の思い込みで、本当は違うのではないかと。
 
 
今から15年ほど前2005年6月23日のことだった。
妊娠中だった妻が臨月になり、予定日の数日前の日だったと思う。
それは初めての子どもで、検査により子どもが女の子であることは既に知っていた。
 
検査にいった妻から、「分娩を始めたいと医者から言われた」と電話があり、会社から病院に向かうことにした。上司に子どものことは連絡してあり、いつでも駆け付けられるように仕事を整えていたので、スムーズに会社を出ることができた。
 
自宅から病院までは歩いて行ける距離だったので、車で家についてから病院に歩いて良く。「何か必要なものはあるかな?」と頭をよぎったが、まあ何かあれば家に取りに戻れば良いかと考え、身一つで病院に向かった。
 
病院につくと、妻はベッドで寝ており、点滴のようなものを打っている。陣痛促進剤だか、陣痛誘発剤かは忘れたが、そんなものを打っているという話だった。

その時、私は自分の妹が産まれる時のことを思い出した。それよりさらに20年前ほどの話である。その時に私の母は陣痛が始まって苦しそうにしていて、父が会社を早退して、私と一緒に母を車で病院に連れて行った。
 
だから、私は陣痛が始まってから病院に行くものだと思っていた。だから、誘発剤を打っている妻を見て不思議に思った。陣痛が始まるまで待てば良いのではないかと。
でも、無痛分娩で産む予定になっていたから、その場合はある程度計画的に行うものなのかな、と思ったりもした。当時の私は良く分からなかったが、詳しく医師に聞くこともしなかった。でも、後から考えればそれなりの事情があったのだと思う。
 
それから点滴のようなものを打ちながら、妻は病院の中を歩き回ったり、私と話したりしていた。しかし、産まれる気配は全くない。
 
そのうち、私が医師に呼ばれて、何か誓約書のようなものを書いた。
内容を読んでも良く分からなかったが、つまり医師の処置に関して、後から文句を言うことはしませんよ、というような内容だったと思う。
医師が言うには、子どもの状態に少し問題がある。だから、普通の分娩とは少し違う対応をするかもしれないから、ということだった。
今考えれば、そんなことを言われれば少し怖くなると思うのだが、その医師が母子ともに健康上は問題ないからと言ってくれたので、安心してサインしたと思う。
 
そして、その日の夜になっても、結局生まれてくる気配はなかった。
結局その日は私も病院に泊まることになった。その日は分娩予定の人は妻しかいなくて、となりのベッドを使っても良いと言われた。産婦人科のベッドに寝る貴重な機会だった。妻と外泊気分で浮かれていたような気もする。
 
私は数字には少しこだわりがあるので、子どもの誕生日は23日より24日の方が良いなと考えていた。
なぜなら、24は2でも4でも6でも8でも12でも割り切れる。とても好きな数だ。23は素数だから、24日の方がいい。そんなことを妻に言うと、バカにしたように笑われた気がする。何にしろ、幸せな最後の二人の夜だった。
 
 
そして、次の朝、朝一番で医師と話をした。これから分娩を始めるが、どうしても出来ないようだったら帝王切開の可能性もあると話していた。
帝王切開という言葉を聞いて、驚いた。昨日は別に大したこともないという感じだったのだが、なぜいきなり帝王切開になってしまうのだと。
ただ、その時は普通に「はい」と答えることしかできなかった。
 
 
その後、分娩の兆候があって、とりあえず帝王切開は免れることになった。しかし、事態は急を争うらしく、医師を始め看護師の方達と分娩室に行った。立会分娩を希望していたので、私も一緒である。私は血に弱いので少し不安ではあったが、せっかくなので見てみたいと思っていたのだ。
 
分娩室には医師含め、5、6人の人はいただろうか? 今思えば、少し多すぎる人数だ。今となってはどうでも良いが、何かの危険はあったのだろう。
妻は会陰切開で出血はしているので、とにかく血は見ないようにした。夫が分娩室で倒れたとあっては恥ずかしすぎる。
 
しかし、どうしても目がそちらにいってしまって、気が遠くなりそうに感じた。
とりあえず、ここで自分が倒れるわけにはいかない。そんなことになったら、周りの看護師さんにも迷惑だ。倒れてしまってはまずいので、意識があるうちに自分で椅子に座ることにした。
 
とりあえず、頭を低くして体調の回復を待つ。となりで妻が戦っているのに、情けないとは思うが気合だけでは乗り越えられないこともある。ここで自分が倒れてしまうことだけは避けなければならない。
 
そして、いよいよ子どもの頭が見えてきた。その頃にはいくぶん気分も良くなってきていたので、立ち上がることができた。
 
そして、誰かが「始めます」と言った次の瞬間、掃除機の音がした。
「ブオーン」というあのお馴染みの音である。
 
 
後になって、その時に生まれてきた長女には、お前は掃除機で生まれてきたと言っている。そして、その娘は妹より額が広いので「吸引器で引っ張ったから伸びてしまったのだ」と冗談を言ったりしているのだ。
 
 
そう、その時には吸引分娩という方法がとられ、吸盤で赤ちゃんの頭を吸いつけて引き出そうとしていた。当時の私はどこまでが普通の分娩で、どこからが特別なことかはわからなかったので、分娩ってこんなものなのかな、とも考えたりしていた。
 
そして、それから数分経った後、いよいよ子どもが産まれてきた。
鳴き声を上げて、助産婦さんが「女の子ですよ」と言ってくれた。知っていたことではあるが、「ああ、良かったです」といった記憶がある。
 
しかし、その赤ちゃんは妻が抱き上げるより先に、男の医師が素早い動きでどこかに連れて行った。余裕があれば、「えっ、何をしているのだ」と思うのかもしれないが、その時には大変な仕事を終えた妻のことしか頭には無かった。しかも、私も貧血気味であまり頭が回らなかったこともある。ただ、妻のことは心配だった、大丈夫なのかなと。そのことしか考えられなかった。
 
そして、私もソファで休んで回復して、妻の縫合も終わって、分娩室には私と妻だけになった。
戦場のようだった数十分前と比べて、静かで穏やかな時間がそこには流れていた。
 
妻は大きな仕事を終えてほっとしているようで、穏やかな表情をしていた。ああ、妻は無事なんだ、本当に良かったとホッとした。
その日は快晴で、分娩室にも日差しが入ってきていた。
そこで、二人で話をしていた。結構長い時間に感じたが、実際のところはよくわからない。
 
当時は私の仕事の都合で、それまで縁もゆかりもない山形県に住んでいた。
妻の実家は京都で、里帰り出産という手もあったのだが、結局彼女は私と二人で出産することを選んでいた。
それまでは多少心細くもあったが、事が終わった今となっては本当に良かったと感じていた。それは二人に共通していて、お産という大きな仕事を二人で終えた余韻を楽しんでいた。幸せな時間だったと思う。
 
そうしていると、年配の看護師の方が部屋に入ってきた。
「気分はどうですか? 赤ちゃんがいないからさみしいけどね。まあ、元気だし、しばらくしたらだっこできるから……」と。
 
そうか、何か忘れている気がしていた。赤ちゃんだ、赤ちゃんはどこに行ったのだ。
ただ、それよりも私には使命があった。無事子どもが生まれたことを、両親、つまり子どもから見た祖父母に報告しなくてはいけない。
 
その報告では、嫁は元気、そして子どもも元気らしい、と伝えた。少しトラブルはあるが、後に残るものではないし、全然問題はないと医者に説明を受けたまま話した。
 
出産後、素早く子どもを連れ去った男性医師は、小児科医だった。その後何らかの処置をしてくれていたのだ。
処置の内容について色々説明してくれたが、実際のところあまり覚えていない。後遺症のようなものはないからと、その点だけ取り上げて、じゃあ別に問題ないのだな、と安心していた。
そして、異常があるので、保険診療になるという話をされた。出産は病気でないので、子どもの保育料は親が負担するが、異常があったので保険診療扱いになり3割負担になるらしい。親孝行な子どもだなと少し思った。
 
その後、夕方くらいになって、自分の子どもが新生児室にやってきた。しかし、ベッドではなく、一番奥の保育器に寝ていた。その姿を妻と二人で見ていた。妻はどう感じていたかはわからないが、私は不思議な感じだった。つい昨日まで、妻のお腹にいた子どもがあそこに寝ているということが現実だと感じられなかった。
 
その日は会社を休んだが、次の日は出社することにした。妻も元気だし、子どもには手を出せないから病院にいてもやることはない。
出社すると「どうだった?」と、上司が話しかけてきた。実はこの上司もつい半年くらい前に、子どもが生まれたばかりだったのだ。この人は単身赴任だったので、家族とは離れ離れだったが、山形から横浜まで毎週末帰るほど子どもを可愛がっていた。
 
私は正直、まだ子どもを間近で見ていないし、全く実感は無かったのだが「ああ、メチャクチャかわいいですよ。やっぱり自分の子どもってかわいいものですよね」とか言って、その上司と話を合わせておいた。
 
この時になって、自分は少しおかしいのではないかとも思った。みんな子どもかわいいって言っているもんなと。自分には親としての愛情が欠けているのではないかと。
でも、まだ抱きかかえていないのだ。それが原因で実感がないだけで、子どもを抱いたとたん、あふれるような愛情が湧いてくるのだと、そう思ったりしていた。
 
 
そして、出産の日から、3日くらいたった後、恐らく土曜日だったと思う、妻から電話がかかってきた。
「赤ちゃん、だっこして良いって、早く来てよ」
 
この時、私はブログを書き始めていて、そのことに熱中していた。ちなみにテーマは子どもや家族のことではない。
そしてその電話を受けて、「あっ、じゃあこの記事書き終わってからね。一時間くらい待って」と返した。すると妻が「だっこできるのよ。今すぐ来てよ」と言ったので、ブログはそのままおいて、とりあえず病院に行くことにした。
 
今になって考えてみると、生まれた子どもを初めてだっこできるのに「ブログを書くから一時間待って」というのも、すごいセリフだと思う。しかし、何と言うか、この時は本当にこんな感覚だったのだ。
 
そして、病院に行ってみると、妻が愛おしそうに子どもをだっこしていた。妻がとても嬉しそうで、こちらも嬉しい気分になった。そして、ついに私がだっこしてみた。首がすわってないので危なくてしょうがない。看護師さんたちは、よくこんな新生児をキビキビと扱えるな、と感心した。
 
しかしだ。思っていたような、あふれ出すような愛おしさは遂にこの時も感じることはできなかった……。
 
それから5日ほどして妻は退院。子どもも1週間ほど遅れたが、無事退院することができた。
 
でもそれから3ヶ月ほどたって、子どもに夢中になっていた。
面白い生き物だなと。自分達の子どもだという実感も湧いてきて、お世話をするのも楽しくなってきた。やっと、父親らしくなってきたのである。
 
今思えば、父親にとって、子どもが生まれてきた時は、いきなりそれが目の前に現れるのだ。母親は1年ほどお腹の中で、時間を共有しているが、父親はそうではない。
これでは実感がわかないのも当たり前だ。
 
そして、子どもは関われば関わるほどかわいくなるものだと思う。
だから、赤ちゃんの時より、15年の時を経た、今の方が子どもを可愛く思う。
 
高校生だから、完全に口は負けてしまう。この前なんか、「パパは家では、最底辺のくせに」とか言われてしまった。でも、それでもこの子はかわいい。15年前よりも、今の方がかわいい。
 
今だったら、妻と子どもが同時に病院に行ったら、子どものことも少しは心配するだろう。15年前とは違う。でも、一緒に過ごした月日は妻は20年、子どもは15年だから、結局、妻の方を気にするかな?
 
そうだ、子どもは長く時を共有すればするほど、どんどんかわいくなる。
赤ちゃんだった15年前より今、そして25才の娘より、35才の娘……。そうやって、時間がたつほどかわいくなると思えば、夢があるのではないか?
 
赤ちゃんは確かにかわいい。しかし、それよりも成長した子どもはかわいい。そうやって、未来に幸せを先送りすると、親はより幸せに感じられると思う。
 
「子どもは3才までに一生分の親孝行をする?」
そんなのウソだ。子どもは一緒に時を過ごした時間が長いほどかわいくなる。そんな風に信じたい、そして私はそんな風に感じている。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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