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僕と、エステと、腹筋マシーン


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:武田 健人(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
シックスパック。
バキバキに割れた腹筋を表す言葉である。
男なら誰もが憧れる響きだ。
 
書店で雑誌「Tarzan」の表紙を見ると、無意識に手を伸ばしている自分がいる。
たくましさの象徴である割れた腹筋は、男の憧れだろう。
 
しかし、誰もが憧れるのはなぜか。
難しいからである。
 
僕は昔かなり太っていて、糖質制限とジム漬けの日々で体重を85kgから58kgまで落とした経験がある。しかし、痩せただけで腹筋は割れなかった。
 
週3のパーソナルトレーニングに手を出した事もある。腹筋を痛めつけて、プロテインも欠かさず飲んだ。でも筋肉がつかない。コロナ禍でジムに行きづらくなったのも災いして、いつしか諦めてしまった自分がいた。
 
そんなある日、僕はYoutuberの動画を何気なく見ていた。ふと「腹筋マシーン」という言葉が聞こえて、意識を集中する。
 
メンズエステの体験レポートのようだ。お腹に器具を装着すると、高速で振動して筋肉を鍛える仕組みらしい。似たものをジャパネットで昔見たが、それを強力にした機械のようだ。通販だと15,000円くらいだった記憶がある。
 
メンズエステの人の説明が聞こえる。
 
「昔太っていた人は、お腹の深いところに脂肪が残っているから、筋肉がつきにくいのです」
「このマシーンは、筋肉運動と脂肪燃焼も同時に行うので、効果が違います」
 
な、なんと。俺に腹筋がつかない理由は……これじゃないか。
僕は画面に釘付けになっていた。
 
Youtuber が体験して感想を言ったあと、URLを紹介していた。
URLをクリックした。そして値段を探す。
気になるお値段は……
 
158,000円(10回)
 
たっか。
 
さすがに、これは高過ぎる。
ジャパネットより、0が1つ多い。
その機械に魅了されて本当に悩んだけど、高額すぎて踏ん切りがつかなかった。
 
そして1週間後、同棲中の彼女と、夜ご飯を食べていた時のこと。
 
「今日は何してたの?」
「エステに行ってきたよ。腹筋を刺激する機械を勧められて、試してみたらすごく良かった」
 
ん?
 
腹筋を刺激?
 
「それって、お腹に器具をつけてブルブルするやつ?高くなかった?」
「全部で1回15,000円くらいだったよ」
「え、それ本当? 本当に?」
 
僕がやけに食いつくから彼女は少し引いていたが、詳しく教えてくれた。そのエステの経営者が開発に携わったので特別価格で提供しているらしい。
 
「そんなに気になるなら、予約してあげようか?」
彼女はエステの店員さんにLINEで連絡を始めた。するとすぐ、返信がきた。
 
「ぜひ来てくださいだって。しかも、腹筋マシーンだけだったら、初回は特別5,000円でいいみたいだよ」
 
何ということだ。
158,000円払わないと体験できない世界が5,000円で体験できる……!?
 
「予約お願いします」
 
こうして、32歳の男が、女性向けのエステ店に行くことが決まった。
 
しかし、冷静になってみると緊張してきた。メンズの脱毛サロンには行っているが、女性客の多いエステ店には行ったことがない。
 
彼女に聞くと「男性客も1割いるみたいだよ」とのこと。うん、めちゃくちゃ少ない。僕は不安になって、店をインターネットで調べることにした。
 
こ、これは……。内装に驚愕した。赤いシーツのベッドに、豪華なシャンデリア。
お姫様が座りそうな椅子と、かわいいタンス。
 
これはハードルが高い。しかし、腹筋への情熱は抑えられない。
僕は今見たものを、記憶から消し去ることにした。
 
そして運命の日曜日。恵比寿駅から10分ほど。おしゃれな店が並ぶ道を抜けると、お目当てのビンテージマンションが見つかった。
 
ここか。誰かに見られている訳でもないのに、周りをキョロキョロしながらマンションに入っていった。入り口にいたお姉さんに笑われた気がしたが、そんな訳ない。落ち着け、俺。
 
エレベーターに乗ってエステのある階へ向かう。
部屋番号は……ここだ。意を決してインターホンを鳴らす。
 
「はい、どちら様ですか」「た、た、た、武田です」「お待ちしておりました」
ドアを開けると、眼鏡をかけた綺麗な女性が立っていた。お姫様のようなスタッフじゃなくて安心した。幸い、他の客も見当たらない。
 
部屋も、落ち着いたものを選んでくれたようだ。シャンデリアはあったが、そこまでラブリーな雰囲気ではなくて、気が滅入ることもなかった。
 
「まずは、うがいと手洗いをお願いします。その後、この部屋に帰ってきてください」
 
僕は分かりましたと言って、部屋を出た。すると玄関から、女性客と、別の女性スタッフの声がした。ま、まずい……!僕は忍者のように、音もなく動き、洗面所にかけこんだ。見つかったら人生の終わりだ。
 
早々に手洗いを済ませて戻ると、マシーンの準備ができていた。
お腹に器具が乗せられ、テープで固定される。
「じゃあ、始めますね。強度は、真ん中にしましょうか」
 
振動が始まった。
ドッ、ドッ、ドッ、テンポ良く腹筋に強めのパンチを食らっているようだ。
でも思ったより余裕だった。
 
「思ったより、大丈夫そうです」
「まだ準備中ですよ。あと30秒で始まります」
 
恥ずかしい。
 
あと10秒……3、2、1
 
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
 
凄まじい回数のパンチをお腹に食らう。
ブルース・リーがそこにいるようだ。
つい腹筋に力が入る。予想以上に痛い。
 
「大丈夫ですか?」「だ、大丈夫です」
 
僕は痩せ我慢した。
 
「さすが、男性は強いですね。じゃあ、このまま30分です。また見に来ますね」
 
しまった、放置されるのか。
いつ帰ってくるんだろう。耐えられるかな。
 
それから30分、僕は腹筋マシーンと戦い続けた。
最初こそ痛かったが、人間は慣れるものらしい。
後半は楽になり、むしろ気持ちよくなっていた。
 
スタッフさんが帰ってきて「はい、終了です」と言った。
え、もう終わり? もっと、やりたい……!
 
「いかがでしたか?」
「すごく良かったです。はまりそうです」
「実は、あと3回まで、特別料金5,000円で受けられます」
 
さすが、商売上手だ。
分かりました、検討しますと言って、僕は店を出た。
 
家に帰って、さっそく姿見で確認した。
なんか微妙に、腹筋が割れた気がするぞ……!
僕はご満悦だった。また行きたい。
 
けど、そこで1つ問題が発生した。
「エステにはまった男」って、ダサくないだろうか。
僕はなぜか次の予約をいれるのに、理由を探していた。
 
背中を押してもらいたくて、会社でもその話を共有した。
みんな思いのほか、興味を持ってくれた。
やはり、筋肉は人類共通の話題らしい。
 
「でも、また行くかは悩んでいて……」
 
先輩が言った。
「この店リピート率95%だって! もし行かなかったらリピート率下がっちゃうじゃん」
 
そ、それだ。
理由を見つけた僕は、予約をいれた。
 
次の回も最高だった。
パワーを最大まで上げて、ブルース・リーのパンチを味わった。
もはや快感と化して、永遠にパンチを食らっていたかった。
 
あああ、また行きたい。
でも、リピート率の理由は、もう使えない。
どうしよう。
 
……
 
……そうだ。エッセイを書こう。
 
この話をネタに書いたら、
それを話題にして、また予約がとれるじゃないか。
 
そう考えて、僕はPCを開いた。
全世界を探しても、こんな理由でエッセイを書いている男は僕くらいだろう。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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