メディアグランプリ

私はタイムカプセル選定人

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大村沙織(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「お車ナンバー○○、××市から起こしのお客様、ハザードランプがついたままとなっております」
館内アナウンスで意識が現実に引き戻されていく。それと同時に、足裏に痛みが走った。一旦立ち上がって、大きく伸びをする。一定時間しゃがんで血流が滞ったふくらはぎに酸素が戻る感覚が心地よい。そのまま辺りを見回すと、幸い誰もいなかった。傍から見て、ヤンキー座りをして絵本売場で絵本を読みふける30代女性は相当浮いていること間違いなしだろう。そんな姿を見られていないことに安堵を覚えた。でも仕方ないのだ。これも仕事なのだから。
 
その日私はショッピングモールの一角にある馴染みの大型書店に来ていた。ミッションは我が愛しの甥っ子(2歳)の誕生日にプレゼントする絵本を選ぶことだ。姉夫婦は彼に読書好きになってほしいらしい。退院して自宅での生活が始まったその日から、彼の枕の下に絵本を敷いてお昼寝させるという儀式めいたことまでやっていた。読書好きと言わず、いっそ活字中毒者になってくれれば良いと、どこかの書店の店長と同じようなことを私個人は密かに願っている。そして活字中毒者になるための英才(?)教育を実施すべく、今年のプレゼントは絵本にしようと書店にやって来たわけだ。
書店自体は大好きで頻繁に訪れる場所だが、絵本コーナーを訪れたことはなかった。自分向けの本を買うことが大半だから、当然のことではある。初めて訪れるので店内地図で確認してそのエリアに向かったら、そこは異空間だった。天井から吊るされたデフォルメされた飛行機や三日月や太陽の模型。その下にあるのは円形に配置されたベンチ。それらを取り囲むように並べられた木を象ったオブジェ。ベンチにロープが張ってあるのは感染症対策の影響だろう。
「ここは本当に私が知っている書店と同じ場所なんだろうか?」
そう思ってしまうほどメルヘンな空間に驚きを隠せなかった。
 
気を取り直した私は目当ての本を探し始めた。ここに来る前に調べて、何冊か候補を立てておいた。後は実物があるものをさっさと買えば良いだろう。棚は出版社ごとに分かれているらしく、目についた棚から探すことにした。ところが、私の足はそこで止まってしまうことになる。「はじめてのおつかい」、「ぐりとぐら」、「三びきのやぎのがらがらどん」、「げんきなマドレーヌ」……かつて自分が読んできたラインナップが、目の前にあったからだ。それらの本に再会できた驚きと懐かしさに、胸が熱くなった。特にマドレーヌはお気に入りで、ぬいぐるみまで買ってもらったことが記憶に蘇った。思わず手に取り、読み始める。そう、マドレーヌは虎も怖くないんだよ。手術したお腹の傷を友達に誇らしげに見せる場面は絵まではっきりと覚えている。彼女のお転婆なところが大好きだった。懐かしさに任せて別の棚にも進む。「まよなかのだいどころ」のセンダックも頻繁に読んでいた。「おしいれのぼうけん」のねずみばあさんが怖くて、押入の近くでは母親と一緒じゃなきゃ眠れなかったっけ。記憶の海に潜るにつれて、本格的に座り込んで読みふけるまでには時間はかからなかった。昔私を虜にした物語達は、今でも私を夢中にさせてくれた。
ふと思い立ち、本の奥付を見てみる。私が生まれた頃にはあった本の刷数がどのくらいになっているのか気になったのだ。そしてその数に目を見張った。
「130刷!?」
以前受講したセミナーで、本は刷り数が多いほど古典と呼べるものになってくると話していた。そうなると絵本の世界は古典だらけということになる。同時に以前読んだ児童書で有名な福音館書店の社員のインタビュー記事を思い出した。
「私は子供の本に関しては『ベストセラーよりロングセラー』だと思って作っているんです。子供の本って、いいものを作ったら、時代が移り変わっても、ずっと楽しんでもらえるなあというのが、私達の実感なんです」
まさにその超ロングセラー達の恩恵を、自分自身もしっかりと預かっていたわけだ。そしてそれを今度は自分が世代を超えて与えようとしている。
 
時を超えて受け継がれる絵本は、まるでタイムカプセルのようだ。子供と一緒に開ければ、親は自分が読んだときの記憶を、子供は新しい物語とそこからのメッセージを受け取る。子供は親の記憶も同時に受け取るだろう。それを彼らが覚えてくれるかは定かではないけれど、また彼らが大人になったときに子供に引き渡すかもしれない。そこに私に関する記憶も乗っかってくるかもしれないと思うと、身が引き締まる思いがする。もちろん叔母の記憶は直接読み聞かせをする親の記憶には劣るだろう。でも本を選んでくれた叔母の気持ちを、成長すれば彼も感じるようになるかもしれない。
結局私は悩んだ末、機関車が主人公の話と今回の目的に合わせて「誕生日」というタイトルの本2冊を買うことにした。どちらも私が小さい頃に読んでいた絵本だ。機関車の話からは冒険心を、「誕生日」からは素敵な一日を皆でお祝いできる喜びを学んだ。これらのタイムカプセルから、姉夫婦と甥っ子はどんなメッセージを受け取ってくれるだろう? 甥っ子の口から直接感想を聴けるのはもう少し先だろうけれど、その日が今から楽しみだ。期待に胸を膨らませつつ、私はレジへと向かった。
 
 
 
 
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2021-09-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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